第6話

 葵さんが最初に発音した文字は予想通り、「ま」だった。


「魔法少女は知ってるよね?」

「他の世界から来る化け物とか、違法なステッキで暴れる人達を捕まえる職業ですよね。」


 少し前に魔法少女が活躍したのは、去年の渋谷のハロウィンだ。魔法が本当にある世界で仮装をして、今更何になるんだ、と行かないのに考えていたことを思い出す。想像の怪物や魔法使いの恰好をしなくても、魔法が使えるのに、スクランブル交差点は仮装した人々に埋め尽くされていた。魔を装えば、本物が寄ってきてしまう。渋谷のハチ公前に空間の裂け目が生じた。そこから姿を現したのは、三つ首の犬。窮屈そうに裂け目をくぐって現れたその怪物は、ケルベロスと名付けられた。逃げ惑う人々、暴れ出すケルベロス。一般の人間が使える魔法には殺傷能力がほとんどない、拳銃が通じる相手でもない。そんな時に活躍したのが魔法少女だった。自分と年齢がそう変わらない少女が身の丈を大きく超える怪物を打倒す姿に驚いたことを覚えている。

 葵さんは頷いて、それからさらに問いかけてきた。


「じゃあ、どんな人が魔法少女になるかは分かる?」

「いや、それは……女の子とか。」


 そう答えつつも、同時に違うなと思う。初めて葵さんに会った時、葵さんは「魔法少女には老若男女がいる。勘違いするな。」と言って殴り飛ばしていた。それに、そういうことを聞いている訳ではないとも分かっている。だから、それ以上は何も言わずに葵さんの言葉を待った。


「そうだね。それもあってる。でも、魔法少女になる人はそうしないと生活ができない人達なんだ。」

「それ以外に生きる術がないってことですか。」

「具体的にはお金がないんだ。私も含めてそうだった。まぁ、私の場合は、孤児院で育てられたんだけどね。今はお金が無いわけじゃないけど……まぁ、そこは後でいいや。」


 今はそうではない、という言葉の響きは全く嬉しそうではなかった。今はお金で魔法が買える時代だ。嫌な予感を感じながらも耳を傾ける。

 葵さんは傷を塞いでいたかさぶたを無理やりはがしているように、辛い顔をしていた。


「お金がない、どうしようもない、でも身体は動く。そんな人間の元に奴らはやってくる。外界から来て人間に魔法を与えたふわふわした奴ら……ヌイは契約した人間に衣食住が保障できる位のお金を貸す。その代わりに魔法少女として戦うことが義務付けられるんだ。」

「それだけだと、まぁ、何というか……。」

「普通、もしくは妥当だね。」


 葵さんはあまりにも簡単に認めたので、拍子抜けしてしまう。


「でも、問題はそこじゃない。契約した魔法少女には監視がつけられる。そして、魔法少女には金銭が支払われることはない。一度契約した以上、魔法少女は辞められない。辞めるには、死ぬしかない。」

「いやでも、怪我とかしたら戦えませんよね。そういう時は支援側に回ったりするんですか?」


 戦場にも、兵士だけではなく後方支援をする人達がいるはずだ。魔法少女にもそういう人がいるんだろうか。

 私の純粋な疑問に、葵さんは一際暗い目をした。その顔から、私は自分が核心をついてしまったことを察した。


「そういう場合がないこともないよ。戦えなくなった魔法少女は専用の病院で働いたりすることもある。でも、それが出来ない子やそこも耐えられなくなった子、魔法少女の任務から逃げ出した子は、燃料になるしかない。」

「燃料……?」


 思わず聞き返してしまう。言葉の意味は分かるし、この文脈で意味する所もちょっと頭を働かせてしまえば分かりそうだった。でも、私の直感がそれを拒否している。見てはいけない、聞いてはいけない、と訴えてくるけれど、聞き返してしまった以上、葵さんが答えてくれるのを待つしかなかった。


 

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