第5話
新品かと思うほど白い皿に乗せられてきたのはオムライスだった。ケチャップライスの上にオムレツが乗った形。ぷるぷると揺れる卵の上にはケチャップが波を描いている。意外に本格派で驚いた。人のことは言えないが、葵さんは質素な食事を取っていそうなイメージがあったからだ。お洒落な洋食屋さんに来た気分で、しげしげとオムライスを眺めていると、二人分のスプーンを持った葵さんが目の前に座った。葵さんがテキパキと準備をする中、私はずっと座ったままだった。今更になって申し訳なくなってきた。それでも腹の虫は待ってくれない。ケチャップライスが奏でる甘辛い音色に、腹の虫達がセッションを始める。要するに、盛大にお腹が鳴りました。
「食べていいよ。」
「ありがとうございます。いただきます。」
耳が赤くなっていくのを感じながら、私は急いで手を合わせた。葵さんも手を合わせる。2つのオムライス、向かい合う二人の声が重なる。
「「いただきます。」」
スプーンでオムレツとその下のケチャップライスをすくい取る。分厚いオムレツを落っことさないように口へ運ぶ。
「美味しい。」
「それは良かった。」
口に広がる卵の甘みとケチャップライスの酸味のバランスが良くてスプーンが進む。硬めに作られたケチャップライスと熱々ふわふわの卵は正反対で、だからこそよく馴染む。上にかかったケチャップも味が濃くなくて卵の味に集中できる。こんなに美味しいオムライスを素人が作れるものだろうか。玉子焼きをスクランブルエッグにしてしまう私には、到底できそうにない芸当だ。あっという間に皿の底が見えた。
いけない、料理に夢中になりすぎた、と思って前を見ると、葵さんのスプーンは全く進んでいなかった。それに葵さんのオムライスは少しかさが低い気もする。食欲がないのか、それとも私が食いしん坊だと思われているのか。気にはなったけれど、葵さんが微笑んでいて、そちらに気を取られてしまった。
「不思議な子だね。君は。」
「不思議、ですか?」
「うん、不思議だよ。危険な目にも遭って、暗殺者だって言ったのに、こうして楽しそうにご飯を食べてる。」
「あはは。私は自分の直感を信じることにしたんです。」
「直感。」
葵さんは目を丸くしている。平静に努めているだけで、本当は表情豊かな人なのかもしれない。葵さんの反応はもっともだ。心配した相手が何の根拠にもならないことを信じている、と言うのだから。それでも私の意見は変わらない。
「私の直感はよく当たるんです。」
「君の直感は私が大丈夫だ、って?」
「あー、大丈夫というよりも、もう少し葵さんの話を聞いてみたい、って感じですかね。」
「そう。それなら、聞いてもらおうかな。」
葵さんはさしてケチャップで汚れていないスプーンを机に置いた。それから話だそうとして、ティッシュを箱から一枚引き抜いた。そして、それを私に差し出した。まさか号泣必至の話なのだろうか、覚悟を決めて手を伸ばすと、葵は言った。
「口元にケチャップ、付いてるよ。」
その瞬間の私はきっと、ケチャップが目立たなくなるほど赤くなっていたに違いない。葵さんはよく噴き出さずに私の話を聞いてくれていたものだ、と受け取ったティッシュで口元を拭った。白い紙にはっきりと付いている赤い筋を恨めしくみてから葵さんに視線を向ける。今度こそ準備万端になった私を葵さんはじっと見ていた。その黒々とした瞳は、私を見ているようで私を見ていなかった。ただ、すぐに視線は何処かから此処に戻り、葵さんの話は始まった。
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