良い子

『<躾>と言えばなんでも許される空気感が支配的』

 そんな中で取り残されてしまった子供は、玲那だけではなかっただろう。他にもそういう子供はたくさんいたのだと思われる。『熱心な親による厳しい躾』という美辞麗句の陰で、人間として扱われなかった子供達は。

 もちろん、子供に人としてどうあるべきかということを伝えるのも親としては大切な役目であるのは確かだ。しかしだからと言ってそれを伝える手段に人としてどうかというやり方を用いていい訳ではない筈だ。暴力で相手を支配するという行為が人として正しいのかどうか悟るのは、冷静的かつ客観的に考えればそれほど難しくない筈なのだが……

 いずれにせよ、躾と虐待の狭間のエアポケットのような部分に、玲那ははまり込んでしまっていたのだと言えた。そのエアポケットのような部分が、この頃はまだとても大きかったのだ。

 身近な誰かがそれをおかしいと気付くことができたなら、あるいは彼女は救われていたのかもしれない。

 だが残念ながら、この時はまだ誰もそう声を上げてくれなかったのである。

 そんな中で、彼女は十歳の誕生日を迎えていた。誰一人祝ってくれる人のない誕生日を……


 あれから一週間。玲那はまた家から連れ出されていた。

「へえ! この子がそうですか! 可愛いですやん! まさかこのレベルの子が来るとは思いませんでしたわ!!」

 興奮を隠しきれない感じでテンション高くそう言った、どことなく痩せたネズミをイメージさせるその男は、前回の男の知人だった。あの男の紹介で今回、玲那を<買う>ことになったのだ。

「……」

 この時点でもう、彼女の顔は蒼白で、

『また…あれ…されるんだ……』

 と悟っていた。なのに逆らう術を持たない玲那は、言いなりになる以外にできることがなかった。

『子供は親に従うべき』

 その理屈で言うのなら、玲那は実に<良い子>だった。親に歯向かうことをせず、自分のことは自分でできて、それどころか、掃除も洗濯も自分で行い、ご飯も自分で炊き、最近では焼き魚くらいなら自分で用意するようにさえなっていた。

 ようやく十歳になったばかりの子供がである。それだけを聞けば、

『なんて良い子!』

 と誰もが絶賛するだろう。

 だがそれは、彼女にとっては生きる為に仕方なく身に付けていったことでしかない。しかも親に教わったのではなく、テレビなどを見て自力で身に付けていったのだ。

 これを認めるのなら、親など存在しなくてもいいだろう。子供は親から離れて暮らし、政府が親から金を徴収し、それを子供に生活費として支給して勝手に大きくなってもらえば済む筈ではないだろうか?


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