たすけておかあさん!

「じゃあ、いいかな?」

 男が改めて京子けいこに確認を取ると、

「どうぞ」

 と半ば軽蔑したかのような素っ気ない返事が返ってきた。

 しかし男はそれさえ気にせず、玲那に近付く。体をすくめ怯える彼女の脇に両手を差し込み、男は軽々とその小さな体を抱え上げた。

「うはっ! 軽い、小さい! 中学生とか高校生じゃこうはいかないな~!!」

 何を感心しているのか、男はとにかくしきりに感心し、掲げた少女の体を、下腹部を中心に舐めまわすように見る。そんな男の姿に、

『うるせぇよ、この変態。さっさとやることやって終わらせな!』

 と、京子も心底嫌悪した表情を浮かべつつ内心毒吐く。

 もちろんそれが聞こえた訳でもないだろうが、男はいそいそと玲那を抱えたままベッドへと移動して、彼女をそこに横たわらせた。

「……」

 玲那は泣いていた。あまりの恐怖と不安に固く目を瞑り、ポロポロと涙をこぼしていた。しかしそれすら男にとっては劣情を駆り立てる演出にしかならなかったようだ。はーっ、はーっ、と荒い息を吐いて、もどかしそうに自分も服を脱ぎすてていく。

『けっ…! 汚ねえ……!』

 たるんだ醜悪な体が視界に入り、京子は軽く吐き気をもよおしながら目を背けた。しかしその情動は、決して玲那を救う方向には働かない。

 顔を背けたまま手近な椅子を引き寄せて腰を下ろす母親の脇で、来週ようやく十歳になる娘が下衆な男の欲望の餌食になろうとしていた。

『いやだ! いや! たすけておかあさん!』

 勇気を振り絞って目を開けて母に助けを求めようとしたがそれは声にならず、涙で歪んだ視界の中の母は自分のことを見ようとさえせず、幼い心は、真っ黒い泥のような闇に飲み込まれていく。

『おかあさん、おかあさん、おかあさん、おかあさん……!』

 玲那自身は何度もそう呼んだつもりだったが、それもやはり言葉にならなかった。喉に詰まったかのように、声として出てはいかなかった。

 そんな彼女の口を、男の口が覆う。

『う……! …あ……』

 その瞬間、はっきりと甦る記憶。悪い夢だと思い込んでいたあれが現実だったのだと改めて思い知らされ、ぬらぬらと蠢く男の舌に口の中を犯されながら、彼女の心は完全に泥のような闇のような何かに呑まれ、機能を停止した。

「……」

 それからは、もう、ただの人形だった。

 何も分からない。何も考えられない。どこか遠くの辺りで気持ちの悪い感触がうねうねと自分の体を這い回っているのをぼんやりと感じながらも、玲那はただ涙を流し続けたのだった。


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