捨てられた
それから、どのくらいの時間が経ったのだろう。ひんやりとした板間の床の冷たさを感じ、玲那の意識は急速に覚醒していった。
「……」
静かだった。何の気配もなかった。視線の先には、すすけた陰気臭い天井だけがあった。ゆっくりと辺りを見まわすと、誰もいなかった。自分一人だ。
『…ゆめ……?』
ぼんやりとした思考の中でそんなことを思ったが、少し体を動かそうと身を捩ると、ビリッとした痛みが股間から背筋を奔り抜けた。
「……あ…」
痛みを感じた先に視線を向けると、そこには血まみれの自分の下腹部と脚が見えた。床に打ち捨てられた下着とワンピースも見えた。
『ゆめじゃ…なかったんだ……』
玲那は再び頭を床に下ろし、両腕で顔を覆った。涙が勝手に溢れ出して、
「…ひっ、っぐ……えぐっ…」
としゃくりあげてしまう。止めようとしても止まらない。
彼女は泣いた。古びた家に、ぼろ雑巾のようにボロボロにされて一人捨てられたことを思い知らされて、
「うぁあぁぁん」
と声を上げて泣いた。
「うぁあ…あぁあぁぁぁぁぁ~っ……」
泣いて泣いて、喉が痺れて涙が枯れるまで泣いた。そうするしかできなかった。今の彼女にはそれ以上のことは何もできなかった。
まだ十歳にもなっていない幼い子供だから。大人に歯向かえるだけの力を持たないから……
それから彼女はゆっくりと体を起こした。
『おふろ……はいらなくちゃ……』
殆ど夢遊病者のように呆然としたままで風呂釜のスイッチを入れ、風呂が沸くまでの間に下着とワンピースを洗濯機に放り込み、自分の小便と血と男の精で汚れた床を雑巾で拭いた。
下腹部にズキズキとした痛みがあったが、我慢できない程の痛みではなかったから気にしないようにした。それよりも、何度もドロッとしたものが自分の股間から溢れてくるのが困った。男に刺されて自分の体の中にあるものがこぼれ出てきてるのかと不安になったが、それもしばらくして収まったから少し安心した。
沸いた頃を見計らって風呂に入って体を洗った。男に体中を触られ舐められたことを思い出してしまって、それを洗い流したくて何度も何度も洗った。体を洗ってるとまた涙が勝手に溢れてきた。
玲那は、そのことを誰にも話さなかった。話せる相手もいなかったし、話したところでどうにもならないと思っていたからだ。
それから数日後、彼女を襲った男が、別の少女に乱暴しようとしたところを取り押さえられて逮捕されたというニュースが流れたが、基本的にアニメ以外を見ることのない玲那がそれを知ることはなかったのだった。
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