過剰適応
「……」
学校では目立ったイジメなどを受けることはなかった玲那だが、さりとて、口数少なく表情も乏しくいつも俯き加減で怯えたような様子を見せる辛気臭い彼女と積極的に仲良くなってくれる生徒はおらず、酷くイジメられることはなかったものの、当然の如く孤立した存在にはなっていた。
「伊藤さん、孤立してますね……」
担任教師が職員会議でそのようなことを口にするほど、学校側も玲那の様子には懸念を抱いていたのだが、当時はまだ現在ほど家庭内での虐待について理解が進んでいなかったこともあり、児童相談所にも通告はするもそれ以上の踏み込んだ対応が取られることはなく、結果として苛烈な虐待が見過ごされたまま時間だけが過ぎていくこととなったのだった。
「……」
誰にも救ってもらえない玲那は、授業が終わっても、すぐには家に帰らなかった。
学級文庫の本を読み漁り、それを読みつくすと今度は図書室に入り浸って本を読み漁った。そこに描き出される物語の世界に没入していると、その時だけは嫌なことを忘れることができた。彼女は、僅かな時間とはいえ自分が救われる方法を、自分で見付けるしかなかった。
家に帰っても他にすることがなかったこともあり、彼女は宿題などはきちんとやっていた。二年生になる頃にはテレビなどを見て家事の仕方も自分で覚え、拙いながらも掃除や洗濯を自分でやった。両親が持ってくる食事を一度に食べてしまうのではなく、冷蔵庫に保管して何度かに分けて食べることを自ら編み出した。やがて両親は食べ物ではなく、現金を置いていくようになった。
「それで自分で何か買って食べな」
要するに自分が買ってくるのが面倒臭くなっただけだったのだが、これは玲那にとっては逆に幸運だった。テレビで、スーパーなどでは終了時間近くなると弁当や総菜が安くなるというのを知り、近所のスーパーの営業終了直前に自分で出向いて半額になった弁当や総菜を買うようになった。これによって、それまでの倍近い食事にありつけるようになると、彼女はさらに知恵を絞り、金を使い切るのではなく少し残してそれを貯め、そして米を買って自分で炊くようにまでなっていった。
五キロの米を持って帰るのは幼い彼女にとっては大変な労力だったが、彼女の曽祖父が借家として人に貸していた時の住人が残していった台車に気付くとそれを押してスーパーまで行き、そこに米を乗せて家に帰るようにもなった。
この頃になると玲那もさらに知恵がつき、両親が家に顔を出す時には機嫌を損ねないように淡々と接するようになり、それでも機嫌の悪い時には八つ当たりされたが敢えて逆らうこともせず、金を置かれれば『ありがとうございます』と
「やっぱガキはちゃんと躾けなきゃダメだな」
と、自分達のやり方が正しかったのだと満足げに笑うこともあったのだった。
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