地獄の始まり
「なんだよふざけんなよ! 無責任な奴だな!!」
玲那を残して丸磯家の人間が夜逃げしたことに
とはいえ、残された彼女は両親の下に戻るしかなかったものの、ここからまた、彼女の地獄が始まることとなった。育児放棄と暴力だ。
食事は一日に一回出ればいい方だった。それもコンビニ弁当や総菜パンばかり。両親はひたすら遊び歩き殆ど家にいなかった。二日に一度程度の割合でふらりと家に帰っては弁当などを置いていくだけである。
「…ごはんは…?」
玲那がそんなことを口にしようものなら、
「は? あんた、親に指図するつもり!? 食わしてもらってる分際で何様!?」
などと怒鳴りながら小さな体が吹っ飛んで壁に叩き付けられるほどに激しくひっぱたいたりした。それで彼女が泣きだすとさらに何度も叩いた。
「うぁあぁぁああぁ~! あぁぁあぁぁ~~~~~っ!!」
無論その尋常じゃない泣き声は、周囲に響いていただろう。しかし近所の人間は、
『あれがあの家の方針だから』
と口出ししない。
実際、伊藤家は代々そのようにしてきたのだという。そういうものだと思い込んできたのだ。『子供の為』という大義名分を掲げてそこに潜んでいる問題に目を瞑って耳を塞いで考えることを避けてきたのだ。暴力で相手を従えるのが正しいことだと言い聞かせてきた結果がそこにあった。
人は、自分が正しいと思い込めば、いくらでも残酷なことができるともいう。
『悪いのは相手なのだから、自分は正義を執行しているだけだ』
と思い込めば、幼い子供の目玉をえぐり出し耳をそぎ首を鋸で引くことさえできてしまうのだそうだ。この時の判生や
「親に生意気な口をきくガキは厳しく躾けなきゃいけねえよな!!」
と思い込んでいたから、僅か三歳の少女にさえこれほどのことができてしまったとも言えるのだと思われた。なにしろ、自分達も、父母や祖父母にそのようにされてきたのだ。それと同じことをしているだけでしかない。
だが、それは<思考停止>というものではないだろうか?
自分はそうされてどう感じたのか? そのやり方で自分は世間から<不良>と呼ばれるような人間になってしまったではないか? どうしてそれをおかしいと思わないのか?
『なぜ自分は正しく育たなかったのか?』を考えることができればここまでの行為はしなかったのかもしれないというのに。
判生や京子も、生まれてからこのかた、自分が幸せだと思ったことはなかった。
しかし、だからといってそんな苛立ちを幼い我が子にぶつけることを『間違っている』と気付けないこともまた、大きな不幸と言えるのかもしれない。
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