第12話「二人の対面」

『着いた』

『もう少ししたら行く』


 紅葉もみじからのLINEに返信していると、急いだ様子のみおが更衣室から出てきた。


「ごめんお待たせ、行こうか」

「その前にいつものやろうぜ」


 そう言って握りこぶしを差し出す。

 二人の上がり時間が被った時はじゃんけんで負けたほうが飲み物を奢る習慣が出来ていた。

 かえでが待っていた時は三人分の飲み物代を出すことになるので、ちょっと痛い。


「え、やるの?」

「なんか勝っても負けてもこれしないと働き終えたって感じがしないんだよね」

「まあ悠の言いたいこともなんとなくわかるけどさ」


 軽く笑いながらそう言うと、澪はいつも通りに音頭を取った。


「行くよ、じゃんけん」


 合図に合わせて澪が出したのはパー。

 それに対し、俺はチョキ。


「よし、俺の勝ち! デカフェのブレンド二つな」


 勝ったのはいつ振りだろう。

 ここ最近誕生日とか、天気が悪くて誰かから奢られないと気分が乗らないなど適当な理由をつけて八百長やおちょうを強要されていたから、数週間ぶりと言っても過言ではなかった。


「え、いいのなに飲みたいか聞かなくて?」

「なんか前は同じがいいって言ってたからいいかなって。違うのがいいって言われたら買うからいいよ」

「わかった、じゃあ行こうか」


 カウンターまで行くと、満面の笑みでオーダーを出す。


「デカフェのブレンド二つ、支払いは澪で」

「あ、同じのもう一つ」

「今日は邑崎むらさきさんが負けたんだ」

「久しぶりにね」


 そう言うと澪は困ったように肩をすくめた。

 まあどうせまたしばらくしたら、適当な理由をつけて奢らされるんだろうけどな。

 今日ぐらいは久々におごられたコーヒーなんだし味わってもいいだろ。


「じゃあはいデカフェ三つ、お疲れ様でした」

「お疲れ様でーす」


 一個を澪に手渡すと、二人分のコーヒーを持って外に出る。

 紅葉は駐車場の隅のわかりやすところに立っていたので、すぐ見つかった。


「お待たせ」

「お疲れ様」


 紅葉は一瞬驚いたような顔を浮かべた。

 多分澪のせいだろう。

 それにどうせ説明するから今は何も言わなくていいか。


「飲む」

「なにこれ?」


 コーヒーを手渡すと、恐る恐るという感じで蓋を取った。


「ブレンドコーヒー、カフェイン入ってないやつ」

「あ、ありがとう」


 そう言いながらもコーヒーでなく澪の方にチラチラと視線を送る。

 朝は気が付かなかったがまた緊張しているのか声が震えていた。

 手も掴まれるものがないかと、何かを探すかのように動いていたので、そっと差し出す。

 ギュッと握ってきた手は声と同じように小刻みに震えていた。


「朝も会ったけど、邑崎澪むらさきみお、俺と楓の中学校からの友達。んで楓の妹で今カノの宮瀬紅葉みやせもみじ

「……こんばんは」

「こんばんは……」


 澪も澪で自分から紹介してほしいと言ったくせにどこか挙動不審で、緊張しているのが手に取るように分かった。

 二人、特に澪が緊張してる様子なんかなかなか見ることができないから面白いなと眺めていると、紅葉が不安そうな声でそっとささやいてきた。


「今カノって言ったけど、付き合ってること知ってるの?」

「ごめん言った……、けど多分大丈夫そう」

「そっか、言ってくれたんだ」


 さっきの声色からやっぱり言わないほうがよかったかなと思っていたが、言ったと知った後の声は思った以上に明るかった。

 ただどういった経緯で言ったかは不安にさせそうだから黙っておこう。

 二人から発せられる独特な雰囲気を肴にコーヒーを煽っていたらいつの間にか完全に飲み干してしまった。

 まだしばらく膠着してそうだし、もう一杯買ってきてもいいよな。


「二人はおかわりいる?」

「私は平気」

「私も」

「じゃあしばらくしたら戻るから」


 元は澪が話したいって言ったわけだし、同性同士になればうまく話せるだろう。

 友達多い方だし、コミュニケーション能力は高い方だろうしな。


「いらっしゃいませー、て後藤君? 戻ってくるの早くない?」

「なんか思った以上に飲んじゃってさ、さっきと同じ奴で。今度は俺に付けといてくれればいいから」

「了解、外は邑崎さんと彼女さんで修羅場中?」


 そう言うと同僚はにやにやした様子で、二人を指さした。

 遠目から見ると重苦しい雰囲気が伝わってきたし確かに修羅場っぽく見えるな。

 真っ暗な中、街灯がスポットライトのように二人を浮かび上がらせているから余計そう見えるのかもしれない。


「いや、あの二人に限って修羅場はないよ」


 近くにいた時に感じた雰囲気は修羅場のような一触即発の感じではなかったからな。

 最も楓が生きているうちに付き合っていたことがバレたら修羅場よりひどい惨状が広がっていたんだろうけど……。


「そうなの? 邑崎さんと職場一緒ってなったら不安になりそうだけどな。いかにもモテますって感じだし」

「なるかな?」


 まあたまに告られてはいるけど、彼氏持ちに手出すほどの節操せっそう無しではないしな。

 そもそもあいつが誰かにれてるのは見たことない。

 他人に対する距離感はほぼ一定だし、親しく振舞うのはそれこそ楓含む数人の昔からの友人ぐらいだ。


「いやごめん、わかってないならいいや。はいブレンド」

「ありがとう、じゃあお先です」


 カイロの代わりになるくらい暖かいコーヒーを手に取ると、スポットライトの下に向かって歩き始めた。

 気分はステージの中央に向かう役者だな。

 なんて考えると苦笑いがこぼれた。

 ちゃんと紅葉の彼氏と澪の友達の訳を演じないとな。

 戻る頃には少し打ち解けてくれているといいけど。

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