第10話「澪の尋問」

「ねえなんで通話切ったの?」


 急ぎ足で店に向かう中、みおはさっきと比べ、明らかに不機嫌そうな声でそう話しかけてきた。


「いやごめん……」


 紅葉もみじに切られたと言えれば話は早い。

 ただそれを言うには説明すべきことや弁明しなきゃいけないことが山のようにある。

 それにもしそれを話したとして、澪は紅葉に対し悪い印象しか抱かないんじゃないか。

 これはただのエゴだが、お互いかえでを知っていることでいなくなった喪失感そうしつかんを埋めたり、仲を深めることもできるだろうから、悪い印象を抱くきっかけは与えたくなかった。


「言いたくないならいいけど、せめて既読ぐらいつけてよ」


 既読?

 ああそうか、トークの整理だけして、肝心の中身を読むのを忘れていた。

 慌ててスマホを立ち上げ確認すると、三日前の謝罪や、今日働ける精神状態か心配してくれるLINEが何件も溜まっていた。


「ごめん、次からはちゃんと見るようにするわ」

「そうして、友達ってだけじゃなくて仕事に関係するLINEも送るわけだし」

「わかった。で電話は結局なんだったの?」

「既読つかないし、今日来られるのって聞こうと思って」

「今更ですけど、来られます……」

「知ってる、元気そうでよかった。なにか辛いことで私にできることがあれば協力するから言ってね」


 そう言い残すと澪は女性用更衣室へ消えていく。

「紅葉がいるから大丈夫だよ」とはどうしても言えなかった。


 ◇


 シフト終わりまであと一時間、タイミングよく客足も途絶え、大きなあくびをすると澪に肩を叩かれた。


「なに?」

「暇でしょ、在庫チェック手伝ってよ」


 澪が「在庫チェック」と言うときは決まってさぼりのお誘いだ。

 今人はいないし、まあ許されるだろう。

「ちょっと裏行ってきます」とだけ言うと宣言通り倉庫に向かった。


 ここなら欠品が出ない限り誰か来ることはない。

 たださぼっているのがばれないために、仕事中に欠品が出ない様澪が調整しているので、今まで誰か来たことがなかった。

 全くマメなんだかさぼりたいんだか。


「ねえ私になにか言うことない?」


 倉庫に着くや否や澪は冷たく感情のこもってない声でそう尋ねてきた。

 言うことって……。

 なぜ紅葉と手を繋いでたとかだとは思うが、自らそんなことは言いたくない。

 それにただ鎌をかけられているだけの可能性もある。


「楓の病状隠しててごめん」

「それじゃないかな。ほかにもあるでしょ、私に言ってないこと」


 澪は張り付けた笑顔のまま、眉一つ動かさずそう尋ねてくる。

 やばい……、だいぶ怒っているときの顔だ。

 高校生の時、些細なことで始まった喧嘩が思った以上に尾を引き、この顔で二人そろって詰められたのを思い出す。

 あの時詰められてなければそこで別れていたかもしれないからありがたいんだけど、今回の場合は違う。

 怒っているとわかっていても、どうにか誤魔化さないといけない。

 もしかしたら紅葉にも迷惑をかけることになるかもしれないし。


「ない、です」

「なら朝のあれはなに?」

「あれってなんのことですか?」


 そう言いながらゆっくりと距離を詰められるだけで、背中から汗が噴き出してくるのがわかる。

 氷のように冷たい汗を感じながら、願わくば手を繋いだこと以外で合ってくれと思ったが、現実は非情だった。


「なんで楓ちゃん以外の子と手繋いでたの? こう言えばわかる?」

「それは……」

「随分と親しげに話してたけど、どういう関係?」

「えっと……」

「あの子って楓ちゃんの妹さんでしょ?」


 少し返事が遅くなるだけで、矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

 ただ恋人関係、支え合う関係、などと素直に言ってもこの詰問きつもんが終わるわけではないだろう。

 事実が常に価値を持つわけではない。

 お互い立ち直れるまで付き合ってる、と言っても紅葉を利用しているだけだと思われるんじゃないか。


「幼馴染だよ」

「へー、いかにもこれからデートですって服装した人と手繋いでたのに幼馴染なんだ」

「そうだよ……」

「嘘ついてるの知ってるからね」


 澪はさらに一歩近づき、俺の頭をしっかりとつかむと、目をじっと見つめてきた。


「もう一回聞くね、どういう関係? 二人は付き合ってるの?」

「お、幼馴染だって」


 すべてを知っているかのような視線に耐えられず、思わず目を逸らすと彼女は言った。


「なら今確認しようか、あの子に掛けて付き合ってないって言質げんちが取れれば納得してあげる」


 取り出してきたスマホには、紅葉の家の電話番号が写っていた。

 本気で確認する気か。

 もし今の紅葉に「付き合ってないよね?」なんて確認したらどうなるだろうか。

 乗り換えていいなんて言っていたがそんなことしちゃいけないくらいわかっている。

 俺のせいでただでさえ不安定な精神状態にとどめを刺すくらいなら、全部話して澪には付き合っていることを知ってもらった方がマシか。

 心の中で「ごめん」と紅葉に謝罪する。


「嘘言った……。付き合ってる……」

「いつから?」


 澪はさっきよりさらに十度ほど温度の下がった重く冷たい声でそう尋ねてくる。


「楓が亡くなった日の夜から、です」

「ほんとに?」

「ほんとです」


 相変わらずこちらをじっと見つめてくる目に恐怖を感じながらもなんとか声を出す。

 なぜ嘘か本当かわかるのはわからないが、今度のは本当だ。

 嘘も隠し事もない。

 澪にも伝わったのか、普段の声に近いトーンで話してきた。


「うーん、今度は嘘言ってないみたいだし、信じるね」

「ありがとう……」

「生きてるときに付き合ってたら許さなかったから」

「わかってるそんなことしない」


 今も好きになったから付き合っているわけではない、一番好きなのは楓だけだし、もし生きていたらこんな関係になることはなかっただろう。

 ただ「許さなかったから」には真に迫るものがあり、背中に一筋の冷たい汗が伝うのがわかる。


「ところで、なんで付き合ったかとか教えてくれるよね?」


 これで終わったと一人思っていたがそんなことはなかったらしい。

 澪は楓の代わりに問いただすかのようにそう言ってきた。

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