第9話「紅葉との朝デート」

「今日何時からだっけな?」


 シフトを確認するためにスマホを立ち上げると、紅葉もみじからメッセージが届いていた。


『おはよう悠真ゆうま、今日暇?』

『ごめん、六時までバイト』


 いい機会だから一緒にシフト表も送っちゃうか。


『これシフト表ね』

『ねえ邑崎むらさきさんと被るの多くない?』


 返信早っ!

 もう見たのか。

 さすがに送られてから一時間以上経っていたので次返信するのはバイト終わったらかなと思っていたが、一瞬で帰ってきた。


『楓が三人で遊ぶとき楽だからなるべく被せてって、みおと被らせないほうがいい?』

『お姉ちゃんがそう言ったなら別に平気……』

『わかった』


 そう送って時計を確認するともういい時間だった。

 返信が来るよりも早く『またバイト終わったら』と送ると、ジャケットに腕を通した。


「よしっ、行くか!」


 自分を奮い立たせるためわざと大声を出すと勢いよく玄関を開ける。


「おはよ~」


 よく見慣れた人物が手を振っていた?


「紅葉? え、どうして?」

「バイト行くんでしょ? 話しながら行きたいんだけど、いい?」

「わかった、いいけど……」


 咄嗟のことに頭が追い付かずつい「いい」と言ってしまったが本当にいいのか?

 楓の時はバイト先まで一緒に行ったことなんてなかった。

 ただお互いのことを知れるように少しでも長くいられるようにしてくれてるって考えればいいのかな?

 それに紅葉はいかにもデート服って感じのを着ていて、ファッションとかよくわからず適当なの羽織ってきましたって感じの俺とは明らかに釣り合わない。

 下手しなくても異性慣れしてないやつが、レンタル彼女を利用したなどと思われるだろう。


「なんか出かける予定があったとかじゃないの?」

「え、違うよせっかくピアス選んでくれたんだしそれに似合うの着たいなって思ったらこうなっちゃった」


「悠真だってせっかく選んだんだし、ちゃんとつけてるところ見たくない?」そう言って髪を耳に掛けると、この間買ったピアスがきらりと光る。

 ファッションや組み合わせに明るくなくても彼女の格好は似合ってると感じた。

 どういう仕組みかはよくわからないが、羽織っているブラウスでも、その整った顔でもなくちゃんとピアスが主役であると主張している。


「似合ってるよ、つけてくれてありがとう」

「そう言ってくれてよかった!」


 ねがわくばかえでが着けているところが見たかったが、そんなことを口にしてはいけないことぐらい容易に想像できた。

 それに、多分楓が付けるとあくまで楓が主役でピアスは引き立て役になってしまっただろう。

 そう考えると、紅葉に付けてもらったほうがよかったのかもしれない。


「ねえ悠真、歩きながら手繋ぐのと腕絡めるのどっちが好き?」

「手かな?」


 なんか腕絡めるのはこけたりしたときに相手を巻き込んでしまいそうで怖いんだよな。

 その点手ならこっちから離せるし、向こうが転びそうになってもフォローしやすそうだから気が楽だ。


「わかった、手ね!」


 そういうと躊躇うことなく手を握ってきた。


「え、今?」

「うん、だって手繋ぐの好きなんでしょ?」

「まあそうだね?」


 なにかきつねにつままれたような気分になるが、気のせいだろう。

 楓とも一緒に登校するときに少し手をつないだことはあるし、その一環だと思えばおかしくは無いはずだ。


 しばらく手を繋いだまま世間話をしていると、スマホが鳴り出した。

 誰だ?と思い画面を付けると『澪』と表示されていた。

 なんで澪が?

 まあ何か必要な用事でもあるのかと思い取ろうとしたら、紅葉に取り上げられた。

 ちらっと名前部分を確認すると、躊躇ためらいなく拒否のボタンを押した。


「お、おい」

「ねえなんで取ろうとしたの?」

「いや急ぎの用かもしれないじゃん?」

「どうせあと少ししたら会うんだからよくない? お姉ちゃんとデートしたときも電話とか取ったりしたの?」

「いやごめん、してない」

「なら私の時もいいよね?」


 そう言って電源を落とすと、無理やりポケットの中にねじ込んできた。

 なんの用だったんだろうか。

 少しだけそのことが引っ掛かりながら歩いていると、後ろから元気のいい声で呼ばれた。


「おはよう悠!」


 振り返ると澪が少し息を切らせながら駆け寄ってくるのが見えた。


「なんだ澪か。おはよう」

「澪かってひどくない?」


 そう彼女がけらけらと笑う中手を解こうとするが、しっかりと握りしめられた手はどんなに頑張っても緩むことがなかった。

 澪は楓と付き合っていることも知ってたし、流石にまずいだろ。

 ただ気づいているのか言わないように配慮してくれているのか、とにかくこの場で手について触れない彼女はありがたかった。


 あの電話のことについてなにか言った方がいいのか悩んでいると、納得したと言わんばかりの顔をしたのでどうやら伝わってしまったらしい。

 そんなことに気が付かないのか、紅葉は少し緊張しているようなさっきよりもワントーン低い声で話しかけた。


「あの生前は姉がお世話になったようで。ありがとうございました」

「いえこちらこそ。あの……三日前はすみませんでした。『元気?』なんて聞いたりして。悠もごめんね」

「大丈夫」

「気にしないでください」

「ありがとうございます」


 お互い二回目ということもあって緊張しているのか、少し固い感じに挨拶を終えると澪が言った。


「ところで時間ギリギリだけど平気?」


 そう言われて見せてきたスマホの画面はあまり時間の猶予がないことを示していた。

 やばいじゃん。

 幸いにもこの横断歩道を渡ったらもう店だが、着いたあと着替えなきゃいけない。

 信号が青になった途端澪は走りだし、対岸からこちらに向かって叫んでくる。


「悠! 遅れるよ! 早く!」

「ごめん行ってくるわ、独りで帰れる?」

「大丈夫だよ」

「今日終わるの六時だから」

「わかった、待ってるね。行ってらっしゃい」


 そう言いながら小さく手を振る紅葉に手を振り返すと、澪の元まで走り出した。

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