第8話「紅葉との密会」

 通夜、葬儀、告別式と全ての日程を終え、独り枕を濡らしていると、スマホからうっとおしいほどの通知音が聞こえてきた。

 そうだ、途中で鳴らないように通知オフのタイマー付けてたんだった。


 鉛のように重い体を動かして、画面をつける。

 真っ先に紅葉もみじからのメッセージを確認した。


『お疲れ様、二日間ありがとう』

『紅葉もお疲れ様。ゆっくり休んで』


 あくまで親しかった友人に混じって参列しただけだから、遠目から無理していることがわかってもなにもしてあげられなかった。

 いくら幼馴染だからって言っても言い訳が通じない以上に親しいことはできないからな。

 お互いを支えるためって理由があると説明しても、大抵のやつらは結果にしか興味がないから、かえでから紅葉に乗り換えたと大顰蹙だいひんしゅくを喰らうだろう。

 ただでさえストレスが強いなかこれ以上紅葉に負担をかけるようなことはしたくなかった。


「あとはほかのやつらか」


 普段送ってくることのない友人や、中高で縁が切れたと思っていた元知り合いから届いた山のようなメッセージは全部消す。

 こんなことがなければ送ってこない関係なら切れても不都合はないだろう。

 削除。

 削除。

 これも削……、いや《みお》澪は消したらまずいな。

 紅葉とバイトや大学で関りのある人だけ残すが、最後の一人だけ消せないでいた。

 LINEを始めてからずっと一日も動くことなく一番上に鎮座ちんざし続けた楓とのトーク。

 最後に届いた「私も大好きだよ」というメッセージを見るたびに心臓をいばらで締め付けられるような気分になる。

 いつか乗り越えなくちゃいけないと思ってはいるが、未来の自分に丸投げしてもいいんじゃないかとも思ってしまう。

 覚悟を決められるように頑張っていると、紅葉からの返信が届いた。

 話さないといけないし今日は消せないな。

 そう適当な理由をつけなんとか自分を納得させると、だれに伝えるわけでもないが「ごめん」と呟いた。


 紅葉を上から二番目に固定すると、トークを開く。


『今から悠真ゆうまの家行っていい?』


「家、かー……」


 バレない様にそっと一階まで降りるが、リビングからはテレビの音が聞こえてきた。

 この様子ならバレなそうだな。


『いいよ。外で待ってる』とだけ送り外に出ると、一分もしないうちに出てきた。


「ごめんね、急に家行きたいとか言って」

「大丈夫。それより早く入ろう、風邪ひくといけないし」


 ゆっくりドアを開くと、静かに紅葉を玄関へ滑り込ませる。

 楓だったらこんなことしないで普通に通せばいいんだろうが、相手もタイミングも時間帯も何もかもが悪い。

 さすがに朝はセーフでもこれから深夜になる時間帯に部屋にあげたのがバレるのはやばいだろ。

 しばらくは楓と付き合ってたことを知ってる人には内緒にしないといけないな。

 なんとか部屋までたどり着き音を立てない様ドアを閉めると、二人そろって息を吐いた。


「バレてないかな?」

「大丈夫でしょ?」


 階段を上がるとき、テレビの音は止まなかったし、誰かが動く音も聞こえなかった。

 多分バレていないと信じたい。

 まあ最悪ばれても楓の私物を取りにきてもらったとか言い訳はいくらでもある。

 それより問題は紅葉の親だ。

 ただでさえ気が沈んでいる中、紅葉もいなくなったとなれば大事になるんじゃないか。


「それより紅葉こそバレないの?」

「夜風に当たって来るって言ったから多分平気。帰るのが遅くなりそうなら友達の所に泊まるって言うし」

「なら大丈夫かな」


 まあ友達の所に泊まるって完全な嘘じゃないからな。

 問題は俺の部屋に泊まっていたことだけど、こんなことで嘘を付かせなくてすんでよかった。


「ねえ悠真さん、抱き着いてもいいですか?」


 どこに座ってもらおうかと悩んでいると、苦しそうな笑顔をしながらそう言ってきた。


「いいよ」


「おいで」と言いながら抱き寄せると、力いっぱい抱き返してくる。

 胸に顔を埋め一向に動く気配を見せない彼女をじっとながめているとくぐもった声を出してきた。


「もうお姉ちゃんはいないんですよね」

「そうだね」

「ちゃんと代わり務まってますか?」

「大丈夫だよ、すごい支えてもらってる」


 段々と鼻をすする音が増えてきた紅葉の頭をそっと撫でていると、真っ赤に腫らした目でこちらを見てきた。


「キスしたいって言ったらお姉ちゃんに怒られますかね?」

「大丈夫だと思うよ」


 多分紅葉は怒られないだろう。

 楓にとって目に入れても痛くないくらいかわいくて大切な妹だ。

 姉妹仲は幼稚園のことからずっとよかったし、喧嘩したところも見たことがない。

 絶望しないためと言えば納得してくれるに違いない。

 その代わり俺が地獄の底まで追いかけられるぐらい怒られるだろうけど。


「そっか……、けど悠真さんがひどいことになりそう」


 目に涙を浮かべながら笑うと、続けて言った。


「急なお願いだったのに顔見せてくれてありがとうございます。大好きで……。大好きだよ悠真!」

「ありがとう」


 時折見せる表情に楓を感じることがあるが、もういない。

「俺も」と口走りそうになったが、なんとかのどのあたりで止めることができた。

 下手にその印象に引っ張られ好きと言っても誰も幸せになれないだろう。


「じゃあそろそろ帰ろうかな」


 満足したのか、笑顔を浮かべながらそう言ってくる。

 ただ相変わらずその笑顔は作りもののようで、無理しているのが伝わってきた。


「大丈夫?」

「……大丈夫だよ、音立てないで帰るから。じゃあおやすみ!」


 なにか考えたみたいだがあえてなにも聞き返さず大丈夫で押し通したあたり、こっちに伝える気はないんだろう。

 楓の代わりに恋人になると言うなら本当の恋人のように頼って来てくれればいいのに。


「わかった、おやすみまた明日。無理になったら言って」


「うん」とだけ言うと、音を立てないように帰っていった。

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