第7話「紅葉とバイト先」
「ご馳走様、本当にいいの払わなくて?」
「いいよ」
店を出るとすぐ、
それに元々そのつもりで来たから大した出費じゃない。
「ありがとう」
「これからどうする?」
「お茶飲みたいな」
お茶かー。
なんかおしゃれなところ知ってればいいんだけど、楓とはほぼ行かなかったからな。
チェーンかあとはバイト先だけか。
ならチェーンにするかな。
彼女連れてバイト先はなんか自慢しに行くみたいで感じ悪いし。
それにチェーンの方は最近改修して個室付けたって聞いたしゆっくりするにはちょうどいいだろ。
「ねえ
「ごめん、チェーンでいい?」
「悠真のバイト先行きたいって言っちゃダメ? この近くなんだよね」
「……わかった」
一瞬遠いよと嘘を付こうかとも思ったが、わざわざ言ってくるということは知ってるんだろう。
まあ楓には言ってたし、知っててもおかしくはないのかな。
「バイト先はいや?」
「いや大丈夫行こう」
若干
◇
「いらっし。お、よっ!」
「よ!」
店員はこちらに気づくとすぐ客に対する態度から知り合いに対する態度に変えた。
まあほかに客はいないみたいだし、いいか。
それに普段普通に話してる分、敬語で話されるとなんかむずかゆいしな。
そういや客もだけど店員も一人足りない。
「なあ今日ワンオペだっけ?」
「いやあいつは遅刻、寝坊したとよ」
またか……。
まあ閑古鳥が鳴いてるみたいだし、一人でも問題ないのか。
「そうなのか」と流しながらメニューに目を落とすが一人でやってるなら楽なのがいいだろう。
「紅葉は決まった?」
「悠真と同じのがいいな」
「じゃあブレンド二つ」
「はいよー」
そう注文を受けると慣れた様子でペーパーフィルターの中に粉末状の豆を入れ、お湯を注ぎ始めた。
本来ならほかのオーダーでてんてこ舞いなせいか入れながら話すことはないのだが、よっぽど暇だったのかいつもの様子で話しかけてきた。
紅葉をほっとくのもって思ったけど、メニューを面白そうに見てるからいいか。
「彼女?」
「……まあそんなところ」
「ふーん。いいね色んなやつにモテて」
「お前だってふ――」
「はいブレンド二つ。どこに運びますか、お客様?」
わざと遮るようにそう言うと、よっぽど聞きたくなかったのか早く行けと目で
いきなりなんだよと思っていると、店長の車の音が聞こえる。
ああそう言うことか。
二人きりなら怒られないかもしれないが、紅葉を連れてきた以上ちゃんと店員として仕事をしないとあいつが怒られる。
よかった迷惑かける前に教えてもらえて。
「紅葉、どこ座る?」
「あのテラス席がいいな!」
「じゃああそこで」
そう店員に伝えると心配そうな声で紅葉に
「ねえ悠真お金は?」
払う気満々だったのか、財布を広げたままこちらを見てくる。
「大丈夫、店員は月末精算だから」
「ほんとに?」
「ほんとだよ、冷めないうちに飲もうぜ」
店員に片手を上げて謝意を伝えると、コーヒーカップを指さしてきた。
なんだ?
なにかあるのかとソーサーを見ると小さな紙切れが挟まっていた。
そこには『
別にばれても後ろめたい気持ちなんかないんだけどな。
あ、いや入院してたの知ってるし、紅葉と一緒に来てたのがバレたら詰められるかもな。
同僚の心遣いと温かいコーヒーでほっとしていると、思いつめたような顔の紅葉は「ごめんちょっと行ってくるね」とだけ言って店内に戻っていった。
一人になった後、コーヒーを舐めながらぼーっと眺める景色も悪くなかった。
あの走ってくるのは遅刻した奴かなど考えていると、店内から笑い声が聞こえてくる。
後ろ姿からでもわかるくらい楽しそうに笑う紅葉を見ると心がざわついてきた。
一瞬初対面の店員と話す姿に嫉妬したんじゃとの考えが頭を
しばらくして笑顔でカヌレを買って帰ってきたが、「なに話してたの?」なんて聞く勇気は持ち合わせていなかった。
「ねえここって美味しそうなメニュー結構あるね」
「なんか店長が面白半分で色々作ってるからね」
「また来てもいい?」
食べ終えると、深刻な許可でも取るかのようなトーンでそう聞いてきた。
そんな深刻に聞かれようが、適当に聞かれようがどちらにせよ断る理由はないんだけどな。
どうせ数日すれば
隠す必要はないんだ。
「いいよ」
「よかった。ならバイト終わるの待ってようかな」
「ならシフト出たら送るわ」
元々楓にも送ってたしな。
それに誰に待っててもらえると思えばバイトも頑張れる。
「ありがとう!」
弾んだ声でそう言うと、「もう行く?」と付け加えてきた。
「行こうか」
そのあとなるべく辛いことを思い出さないようにカラオケや映画、水族館などを回るとあっという間に日が落ちた。
玄関先まで送っていくと、ぎゅっと抱きつかれ動けなくなってしまった。
「どうした?」
「ごめんあと少しだけ」
切なそうな声でそう頼まれるので、黙って抱き返すと満足したらしい。
「おやすみ、また明日」と言うと、ゆっくりとドアが閉められた。
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