第6話「紅葉のピアス」
「お待たせ!」
袋を持ってどこかに行った後『そこに居て』と言われたので何台かエレベーターをやり過ごしていると、弾ませた声をした紅葉が戻ってきた。
「どこ行ってたの?」
「ちょっとね。ねーここ人多いし少ないところ行こう」
彼女に連れられ踊り場まで行くと、大切なことを告白するかのように真剣な顔になっていた。
一体何が行われるんだろうか。
そのまなざしに圧倒され、ゴクリと
「ピアス選んでくれてありがとう
幼稚園の頃からずっと見てきて今更二人を間違えるはずはないのだが、目の前に居たのは完全に楓だった。
声、雰囲気、仕草どれを取っても断じて紅葉ではない。
「かえで?」
「ごめんね、私だよ……」
涙で
どうして、さっきまでそこにいたのに。
「悪ふざけが過ぎたね、本当にごめん」
そうギュッと抱きしめると続けて言った。
「いっぱい泣いていいよ、私がいるから大丈夫。悠真は独りじゃない」
「ごめん……」
あれから何分抱きしめられていたのだろうか。
「ありがとう、落ち着けた」
「よかった、ほんとごめん」
「大丈夫、少しでも楓が感じられて嬉しかった」
「そう言ってくれてよかった。ただね……」
ばつが悪そうにそうと言うと彼女は続けた。
「時間が決まったみたいなんだけど、お通夜が明日の午後六時から、お葬式が明後日の午前十一時からだって」
「そっか決まったのか」
「うん。そこでちゃんとお別れしなきゃね」
「そうだな」
昨日の夜から今までずっと悪い夢でも見ているのではないかと思っていたが、日程が決まると急に現実感が出てきた。
もういないんだよな……。
紅葉が隣にいてくれるおかげでなんとか生きて居られてるけど、早く乗り越えないと。
楓にも悪いし。
「じゃあご飯食べに行こうか」
「そういえばさそのピアス、楓の?」
「ああこれ?」
そう髪をまた耳に掛けるときらりと光るピアスが付いていた。
間違いないさっき選んだやつだ。
「なにも言わなくてごめんね、好きなデザインだったから同じのもう一個買っちゃった」
袋の中を確認すると確かに似た箱が二つ入ってた。
三点ってそういうことだったのか。
「そういうことか、よかった紅葉にも気に入ってもらえたみたいで」
「そうだよ、だからきっとお姉ちゃんも気に入るはず」
「けどそれ楓用に選んだやつだからな、今度は紅葉のために選んだの贈りたいな」
「いいの?」
「今の彼女は紅葉だからね」
「彼女、ですか……」
ぽつりと呟くと、表情がどんどん曇っていった。
なるべく笑顔でいようと振舞っているのはわかるが、その顔には隠しきれない影がある。
「いつ別れても気にしませんからね。可哀想だからみたいな同情もいりませんし、乗り換えても怒りません。お姉ちゃんの代わりってのはわかってるつもりです」
俯きながらそう吐き出した。
こういう時どういう言葉を掛けたらいいんだろうか。
なにも言えず、ただ手を握るとしっかりと握り返してきた。
「ねえ……」
そう言いながら指をもぞもぞと動かしてくるので、慌てて恋人繋ぎに変える。
これで合ってるといいけど。
またしばらくそうやっていると、突然覚悟を決めたかのように顔を上げた。
「ごめんね、ご飯行こうか」
今まで何事もなかったかのように真っ赤に腫らした目でそう言ってきた。
多分ここでなにか言うのは
「何食べたいとかある?」
「そういえば普段お姉ちゃんとはどこで食べてたの?」
「大体チェーンのイタリアンレストランかな」
「ならそこ行こう! 二人がどんな感じで付き合ってたかとか知りたいし」
デパートから出ると、一番近い場所に向かった。
ただほんとによかったのかな、初めのデートだけど。
そんな考えを他所に紅葉の足取りは非常に軽い。
心なしか目の赤味も引いてきた気がする。
「普段なに食べてたの?」
「なんか絶対これみたいなのはないんだよね、だから気分によっていろいろ」
「ずっと同じだと飽きちゃうしね」
「紅葉は?」
「私もいつも食べてるのはないかな、友達が食べたそうにしてるのを頼んでシェアしたりとか」
「いいね、友達思いで」
何気ない会話をしながら歩いていると、あっという間についてしまった。
楓と比べるとそこまで関りなかったから間が持つかとか心配だったけど、意外となんとかなるものだな。
積極的に話し回してくれる気がするし、結構気遣ってくれてるのかもな。
「早く入ろう、お腹すいちゃった」
「いいよ先入って」
そう紅葉を先に店内に入れると、ゆっくりと扉を閉めた。
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