第5話「楓へのピアス」

「結構混んでる?」


 ガラス張りのドアから店内をのぞくと、せわしなく行き来する人影ひとかげが見える。


「はぐれたら迷子になりそうなくらい」

「デパートっていつも混んでるもんね、手放さないでね」


 そう言うと改めてぎゅっと手を握ってきた。


紅葉もみじこそね」

「絶対離さないから平気」

「アクセサリーって何階だっけ?」

「えーっとね、一階と二階だって」


 そう言って首を伸ばすと、少し奥まったところに有名ジュエリーブランドの看板が見える。

 彼女にもわかるように指さすと、たずねた。


「あそこらへんかな?」

「あ、そうかも見に行ってもいい?」

「いいよ、行こう」


 そう言って人込みの中を踊るように抜けていくと、ショーケースの中にはキラキラと輝くネックレスや指輪などが並べてあった。

 さりげなく値段を確認するが、よかったまだ何とか買える範囲だ。

 ただ彼女も値段を気にしているらしく、先に値段を見てから取り出してもらっている。


「どういいのあった?」

「結構いいの多くて選ぶのが大変そうなくらい」


 そういう彼女の目の前には五種類のネックレスが並んでいた。

 それぞれに個性があり、どれか一つに絞るのは難しそうだな。

 彼女が自分のネックレス選びに夢中になっているなか、ショーケースに目を落とす。

 様々なアクセサリーが飾られている中、ピアスが目に留まった。

 そういえばかえでも退院したら新しいのほしいって言ってたよな。

 元気になったら買いに行こうって約束したっけ。


「あのピアス見たいんですが、大丈夫ですか?」

「かしこまりました」


 そう言うと、よく楓が着けていたデザインに近いものをいくつか出してもらったが、どれなら気に入ってくれるだろうか。

 正直全部似合いそうだけどそういうわけにもいかないしな。

 それにせっかくなら一番似合うのをおくりたい。


「なあ紅葉、どれがいいかな?」

「ピアス見てるの?」

「楓にあげようかなって思って」

「そういえばほしいって言ってたね」


「どれが似合うかな」とさっき自分用のを見ていた時と同じくらい真剣な眼差しで選び始める。

 よっぽど難しいのか、何回も持ち直しながら見比べている。


「やっぱ簡単に選べないよな」

「そうだね……、これって試着できるのかな?」

「ご試着いただけますよ。ご用意いたしましょうか?」

「すみませんお願いします」


 ピアスって試着できたんだな。

 あれかな、対面販売だと終わった後に消毒できるからかな。

 ぼーっとそんなことを考えていると、「ねえ試着するときに見てる気?」と話しかけられた。


「あ、ごめん見ないほうがいいか……」

「当たり前でしょ、どうせなら一番似合ってるの以外見てほしくないし終わるまであっち向いてて」

「わかった」


 背中で試着の雰囲気を感じていると、楽しそうに選んでいるのが伝わってきた。

 喧騒けんそうに混じって時折店員さんとの弾んだ会話が聞こえてくる。

 よかった楓に似合いそうなのが買えそうで。

 ほっと胸をなでおろしていると、肩を叩かれた。


「ねえ悠真ゆうまはどっちのが好き?」


 そう二つのピアスを見せられた。

 どっちのが好きか。

 目の前に並ぶピアスを付けた楓をイメージするがどっちも似合ってそうだから困るな。

 けど強いて言うなら右かな。

 花をモチーフにしたアクセサリーは気に入って色々集めてたみたいだし。


「右側の方かな?」

「ならこっちにしようか! お姉ちゃんも喜んでくれると思うよ」

「だといいな」

「私の分も決まったからもうお会計できるけど、まだ何か買う?」

「いやこれでいいかな」

「すみませーん」


 紅葉がそう店員さんに声を掛ける。

 すると試着の時に話が付いていたのかすぐにデパートの名前の入った紙袋が出てきた。


「お会計三点で五万五千円になります」

「じゃあこれでお願いします」


 六万円をトレーに出すと、彼女も何万円か握っていた。

 出されちゃったと言う顔をしてこっちを見てくる。


「行こう紅葉」

「私の分のお金……」


 誰にも聞かれないためかそう耳元で囁いてくる。


「いくらかわからないしいいよ」

「私自分のがいくらか覚えてるからわかるよ」

「絶対それ間違った値段だよ」

「そんなことないから」

「楓へもだけど紅葉へもプレゼントってことじゃだめ?」


 手をつなぎながら申し訳なさそうに小さな声で話しかけてくるが、今更お釣りをもらう気はない。

 こんなのでお礼になるとは思えないが、自分も辛いはずなのに支えてくれてるんだ。

 このくらいプレゼントしたって罰は当たらないだろ。

 そういえば三点ってことは自分のは二種類買ったのかな?

 まあいいけど。


「わかった……、なら別の時に私からもなにかプレゼントするから受け取ってよね」


 少し不満そうな声色だがどうにか納得したのかそう返事をしてきた。


「わかったよ、楽しみにしてる」

「これからどうする?」

「なんか食べる?」

「いいね、行こう!」


 二人並んでエレベーターを待っていると、「ゆう?」と声を掛けられた。


「なんですか? あっみお?」


 振り返ると「よっ!」と手を上げている中高の同級生でありバイト仲間でもある邑崎澪むらさきみおがいた。


「こんなところで会うなんて奇遇だね」

「ああほんと」

「ところで――」


 そう言いながら澪は不思議そうな視線を紅葉に向けていた。


「ああ紹介するよ、楓の妹の紅葉。何回か見たことはあるだろ?」

「写真ではね。ただ直接会うのは初めてかな。はじめまして邑崎澪です」

「こちらこそはじめまして、宮瀬紅葉みやせもみじと言います」


 澪はあくまで自然体に、紅葉は少し緊張した様子でそれぞれ挨拶をしていた。

 人見知りの気もあったのかな?

 記憶にあるのは仲良くなった後だから初めて会う人に緊張するとは思わなかった。


「楓ちゃんは元気?」

「あ、ああ……」


 なんて答えたらいいのかわからず助けを求める視線を送る。

 ただし目がちの彼女にSOSは届かなったようだ。


「そっか、よかった。あ、ごめんねせっかく会えたしもっと話したいんだけど予定あるんだ。またバイトでね」


 スマホに目を落とすとあっという間に去ってしまった。


「ねえ、今の誰?」

「中高の同級生で楓の友達」

「またバイトでってどういうこと?」

「バイト先が一緒だから」


 彼女が去った後、あの緊張した様子は消え失せたが、気を抜くと潰されてしまいそうなぐらいどんよりとした雰囲気が漂ってきた。


「お姉ちゃんはほかの女と一緒に働いていいって言ったの?」

「ああ、澪となら安心って言ってたよ」

「……そう」


 はじめは席の並び順が近かったからという理由で仲良くなったらしい。

 その縁で俺とも仲良くなって、楓と付き合う前には両方からの相談を受けてたみたいだし。

 気心知れてる以上、澪が牽制けんせいしてくれるという信頼感でもあったのだろう。


「あの人美人だったね」


 美人ねー……。

 まあ一般的に見て整っている方ではあるんだろうな。

 年に数回はファッション誌のストリートスナップには載ってみたいだし。

 顔、スタイル、ファッションセンスどこを取っても隙がない。

 中高共に澪と付き合いたいって言ってたやつは何人も見てきたし。

 あーけどそれは誰にも分け隔てなく接してた所為もあるんだろうけど。


「楓のが美人だったよ」


 実際の所、二人ともかわいさのベクトルが違うからどっちのが美人とか言えないけどな。

 歌の上手さとスノボの上手さを比べるようなものだ。

 そもそも同じ土俵に立ってない。

 ただ最近は元気になったら双子コーデするとかで大分楓に寄ってきた気がするけど。


「ふーんあの人お姉ちゃんに似てたけどね。ねえ袋貸して」

「袋ってこれ?」

「そうそうそれ」


 何を思ったのか突然そう言う。

 紙袋を受け取ると、「ちょっと待ってて」とだけ言い残しどこかに行ってしまった。

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