第2話「紅葉とカラ元気」

「――ねえ、起きて――」

「ん……だれ?」


 夢の世界から無理やり呼び戻されると、一つ大きなあくびをした。


「おはよう、悠真ゆうま

「……かえで?」


 あれ確かかえではもういないんじゃ……。

 一向に動きださない頭で考えようとしたせいだろうか、現実と夢の区別がつかない。


「違うよ、紅葉もみじだよ」


 頬を膨らませながら少し不機嫌そうにそう言う。

 そのしぐさも楓そっくりだった。


「ああそうか、もういないんだよな」

「目腫れてるよ、大丈夫?」


 まだ目に涙が残ってる気がする。

 なんどか目をこすると、なるべく平静をよそおって言った。


「平気」


 実際平気なわけがない。

 昨日だって泣き疲れるまで寝ることができなかった。

 あんな約束をしなければ、今俺の体があるのは霊安室だっただろう。


「無理しないでね」


 そう言うとぎゅっと抱きしめてきた。

 驚かなかったと言うと嘘になる。

 ただ全身を紅葉で包まれている感じがして、言いようのない安心感があった。


「紅葉?」

「なに?」

「そういえばなんでここにいるの?」


 ちらりと時計を見ると時間はまだ八時前。

 さすがに誰かに会うには少し早い時間だ。

 なんか約束してたっけ。

 それにここって俺の部屋だよな?と思ったが間違いない、俺の部屋だ。


「悠真に会いに来たってお母さんに言ったら勝手に起こしていいって言われたから」

「幼馴染だからってガバガバ過ぎだろ……」


 見られたくないものだってあるのに。

 今はそこまで汚い部屋じゃないよなと見渡していると、机の上の写真が目に入った。

 あのクリスマスに二人で撮ったやつ、ICUに入るときほしいって言うから俺の分も現像したんだった。

 もう今更ではあるが、慌てて写真を伏せる。

 あまり紅葉にはこういうのは見せないほうがいいだろう。


「迷惑、だった?」


 危ない危ないと冷や汗をぬぐうと後ろから悲しそうな声が聞こえてくる。


「ごめん、迷惑じゃないよ。少し驚いただけ」


 何度か楓に起こされたことはあった。

 ただここ数か月はずっと俺が通ってたからな。

 朝誰かに起こされるというのはいい意味でも悪い意味でも新鮮だった。


「よかった、ならまた明日も来ていいかな?」

「いいよ」


 それまでにきれいにしなきゃなと思い再度部屋を見渡すが、これ以上隠す必要があるものは一旦見つからなかった。


「よかった、ところでさ今日ってこれから予定ある?」

「いや特にはないよ」


 いつも通りだとこの後身支度を整えて楓の病室に向かうことになっていた。

 ただもうそこに彼女はいない。


「ならさ、今日一緒に居てくれない?」

「一緒に?」

「まだバタバタしてて一日中誰もいないんだよね。昨日の夜もすごい不安だったし悠真と一緒に居れば少しは安心できるかなって」


 あと悠真を一人にしておくのも不安だしね、と小さく付け加えた。


 まあその気持ちもわからなくはない。

 昨日何度も『死ぬ方法』と検索した。

 そのたびに紅葉のあの顔が浮かんできて、結局実行することはできなかったが。


「ならどこか行く?」


 外をながめる感じ、雲一つなく、出かけるのに最適な天気だった。


「いいの?」

「いいよ、せっかくだし行こう」

「……よかった」


 一瞬曇ったような表情を見せた後、嬉しそうに笑った。


 紅葉も楓に悪いとか思っているんだろうか。

 楓が亡くなった翌日に紅葉と遊ぶのは気が引けた。

 ただ「カラ元気でも元気」という言葉があるように、少し無理をしてでも楽しくしていないと絶望に押しつぶされそうになる。

 楓の性格からして後追いを望まない以上、どんな方法を使っても生きるしかなかった。

 楓には向こうへ行ったときに謝ればいい。


「じゃあ私は一回戻ってるから、支度したくが終わったら教えて」

「わかった、すぐ終わらせるから」


 彼女が居なくなると異様な静寂が広がった。

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