楓の葉は紅に染まる~彼女を亡くしたその日彼女の妹と付き合うことになりました!? 姉の代わりとして付き合わせてほしいってどういうことだよ?!~
下等練入
第1話「楓が紅葉に変わるまで」
「ねえ見てよ
光に包まれた中で笑う
「すごいね」
駅前がイルミに力を入れ始めたと聞いたけど、こんな綺麗だとは思わなかった。
「ねえ写真撮ろう?」
「いいよ」
彼女の方にレンズを向ける。
するとすこし不満そうな顔をした後、向けられたスマホを奪い取って肩を寄せてきた。
「違う、一緒に撮るの! ほら、
彼女は目一杯手を高く伸ばすと、フラッシュを
いくら周りカップルがいるとしても少し気恥ずかしい。
撮り終わったし、少しだけ離れようとすると、がっしりと肩を掴まれた。
「ねえもう一枚撮ろうよ!」
「恥ずかしいし、これが最後だからね」
せっかくのクリスマスだ、このくらいはしゃいでも罰は当たらないだろう。
「いくよ~!」
フラッシュに少しだけ目を細めると、頬に暖かいものを感じた。
「これだけじゃないけど、クリスマスプレゼント」
恥ずかしそうに笑う彼女はとても魅力的だった。
◇
半年後、楓は死んだ。
病院での看取りを終えると帰るように促された。
婚約ですらない恋人を最期まで立ち会わせてくれるのは異例らしい。
きっとただの恋人というだけでなく、幼馴染だったということもあって最期まで居させてくれたのだろう。
葬式の日程が決まったら連絡すると言われ、彼女の家族や看護師さんたちに礼を言うと、病院を後にした。
親には遅くなると連絡を入れていたが、時間は夜十時を回ろうとしている。
ただ誰かに合う前に心の整理をつけたかった。
もうこの世界に彼女は存在しないと頭では理解しても、心では理解できるわけがない。
ただ彼女が死んだという事実が淡々と頭の中を駆け巡り、悲しさではなくまるで自分を失ってしまったような虚しさが体中を満たしていた。
「まだ半そでだと少し寒いな」
歩きながら彼女のことを思い出す。
一歩また一歩と踏みしめるごとに、記憶の鍵が開いていく。
花吹雪の中微笑む春。
人込みの中迷わない様にと手をつないだ夏。
色とりどりのトンネルを二人きりで歩いた秋。
光の中で特別な笑顔を向けてくれた冬。
もうそこに君はいない。
君のいない世界に独り取り残されたと思うと、足は自然と近くにある橋へと向かった。
その橋は峡谷を
夏は川と青々とした木々が、冬は雪景色が一望できるということで有名だった。
橋の
中心に向かって数歩歩くと、楓の無邪気な笑顔と二度と取り戻すことができない記憶がよみがえる。
また数歩歩くと非情な現実が俺を闇へと誘い込む。
渓谷の中に明かりがないせいだろうか。
覗き込むと、夜の渓谷は地獄の入り口のようにすべてを吸い込んでしまいそうな禍々しさがあった。
橋の高さは約五十メートル。
この高さならば確実に死ねるはずだ。
楓の存在しない世界に生きる理由が感じられなかった。
――このまま死んでしまおう。
まさか。
もう死んだんだ。
いるはずがない。
そう自分に言い聞かせながらも実は楓のいたずらだったのではないか。
まだ生きているのではないかとあたりを見回す。
「こっちですよ」
声の方を向くと、光の中から声の主が現れた。
彼女の妹の
走ってきたのだろうか、手を膝につき、肩は激しく上下している。
「橋から、離れてください。危ないでしょ」
「大丈夫、危なくないよ」
紅葉に
「じゃあなんでさっき乗り越えようとしてたんですか?」
若干怒気を
見られてたのか。
彼女に聞こえないよう小さく舌打ちをすると、平静を装った。
「別に、乗り越えようだなんてしてないよ」
「わかりました。けど心配なので欄干から手を放してください」
そう言うと、紅葉は一歩また一歩と距離を詰めてきた。
思わぬ
段々と距離が縮まり、彼女との距離が手を伸ばせば届きそうになった時、突然飛びついてきた。
反動で地面に倒れると、馬乗りのような格好で押さえつけられる。
「どけよ!」
痛みと死を邪魔されたストレスを怒りに任せて吐き出す。
ただ彼女が動揺する気配はない。
「ダメです! 死なないって約束するまでどきません!」
どうにかこの状況を打開できないかと懸命に体を動かしたが、体勢が変わることはなかった。
心の中でため息をつくと、諦めたような口調を
「わかったよ、死なない。だからどいてよ紅葉」
彼女には悪いけど、約束してから死ねばいい。
そう考えると自然と死なないと口にしていた。
「――ならもうここにいる理由はないですよね」
少し考えるような素振りを見せた後俺を起こすと、手を引いてずんずんと歩き始めた。
「お、おい、待てよ! 死なないって約束したんだしもういいだろ?」
どうにか振りほどけないかと考えたが、手は固く握られていて、全く離れる気配がない。
「けど私が手を放したら悠真さん死にますよね?」
きょとんとした顔でそう言った。
俺の顔を覗き込む紅葉の瞳はまるで未来を見たかのように真っすぐだった。
「……、死なない、けど」
「なら放します。ただこのまま一人で帰るのは不安なので私の家まで送って行ってください」
ぱっと手を放すと、横に並ぶよう促した。
まあ確かにもう深夜十一時近く。
いくら大学生といえどそんな時間に一人で返すのはさすがにはばかられた。
しかも相手は楓の妹だ。
なにかあったら彼女に顔向けできない。
「わかったよ……」
そう言って橋から離れる。
ただ身内の不幸があったせいか会話はなく、不自然な
なにか話しかけようかと悩んでいると突然紅葉が口を開いた。
独り言のようにぽつりぽつりと言葉を
「実は私も死のうと思ってここまで来たんです。ただ欄干に手をかけていた悠真さんを見かけたら止めなきゃって思って。おかしいですよね、自分だって死ぬ気だったのに」
アハハと今にも泣きそうな顔で不器用に笑う。
どう返したらいいんだろうか。
返答に困っていると彼女は続けた。
「あの、お願いがあるんですけどいいですか……」
「なに?」
「私にお姉ちゃんの代わりをさせてくれませんか?」
「楓の代わり? 紅葉が?」
一瞬なにを言っているのかわからず、たまらず聞き返す。
「さっき悠真さんを止めたのも、もしあの場にいたのがお姉ちゃんだったら止めただろうなって思ったからやったので……」
確かに俺が死のうとしたら楓は全力で止めただろう。
もっとも突き倒されるだけでは済まず、ビンタの一発、いや二、三発はされていたかもしれないが。
そんなことがあったわけではないのに、なぜかぐちゃぐちゃの顔で引き留めてくれる楓が容易に想像できた。
「私がお姉ちゃんの振りをすれば私は死ななそうだし、悠真さんもお姉ちゃんのいない傷を少しは埋められるかなって思って」
紅葉はそっと
「もちろん最低なこと頼んでるのはわかってます。大切な人を失った悲しみをこんな方法で……埋めようとして……いいのか、とも」
いつの間にか紅葉の声は
「わがままで、ごめんなさい、けど……一人じゃどうしたらいいのかわからなくて……ずっとお姉ちゃんの振りをさせてほしいとは言いません。せめて悠真さんが立ち直るまで、私のわがままに付き合ってください」
「もし俺が断ったら紅葉も死ぬの?」
真っ赤に腫らした目で精いっぱい笑いながらこう言った。
「死にませんよ、私は強いですから。だから嫌なら遠慮なく言ってください」
ただその目に生気はなく、断ったら死ぬということを
「……わかった、なら楓の振りをしてほしい」
死ぬのを止めるためにやったと言えば楓も許してくれるだろう。
全額俺持ちで一日中買い物デートに付き合えとか言われるだろうが……。
「ごめんなさい、ありがとう。さっきも言ったけど悠真さんがもうお姉ちゃんがいなくても平気って思ったら言ってください」
「わかってる」
そんなことを話しているうちにいつの間にか家に着いた。
さよならを言おうかと振り向くと、覚悟を決めたような顔で彼女は言った。
「ばいばい悠真、また明日」
「ああ、また明日」
手を振ると、紅葉は恥ずかしそうに小さく手を振り返す。
消えそうな声で「おやすみ」と言うと恥ずかしそうに家の中へ消えて行った。
その姿は楓そのものだった。
――――――――
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もし悠真や紅葉が可哀そう、頑張ってほしいなどを思ったら反応いただけると嬉しいです。
また現在別作品として「妹が猫だと言い張りかわいがる女が、明らかに俺の元カノなんだが……」を連載しております。
こちらも面白そうだと思ったら読んでいただけると嬉しいです。
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