第7話 雷光神楽②


 戦闘に置いて、体格差は重要だ。

 大きければ大きい程、アドバンテージは強く。巨体から繰り出される攻撃は重い。

 ましてや、リーチすら影響を及ぼすので差が大きければ大きい程、戦闘は不利になる。


 そんな、巨人とも言える魔物を相手に勇者は敵うはずない。そう、ティアナは思っていた。


『ンンンッ!!』


 巨人が大斧を振りかざす。

 ギラリと鈍く光る刃は、見る者に死を想像させ戦意をぐ。

 自身より一回り大きい大斧は、真っ直ぐヒナタの方へと容赦ようしゃなく振り下ろされた。

 空気を切る音と共に、常人では追いきれないスピードで凶刃は勇者の頭上から、そのまま両断する。


 ズズーーンッ!と振り下ろされたと同時に大地が揺れた。

 土埃が舞い、視界が土色に染まる中で勝利を確信した魔物の声が、土埃の嵐の中で響いた。


「そ、そんな…」


 き込みながら、絶望に染まった青白い表情で驚愕の声を漏らす。

 呆気あっけなかった…と絶望する、標的とはいえ、少なからずこの状況をどうにかしてくれると希望を見出していたが故に、ショックが大きかった。


 次は…私だ。


 あの大斧が自身の身体を真っ二つに両断するのだ。

 そう思うと途端に身体が震えた、ガタガタブルブルと想像だけで押しつぶされそうになった……そんな時だった。


「勝手に、殺さないで欲しいんだけど」

「ヒ、ヒナタ!?」

『!!?』


 ゲホッゲホッと咳き込みながら、土埃の中で勇者の声が確かに聞こえた。

 そして、同時に土埃に混じって青白い稲妻が走る。

 バチバチと音を立てて、そして閃光をまたたかせて大きく弾けた。


 閃光が…視界を塞ぐ。

 まぶたの裏にも残る強い光に、脳がくらくらと揺れるものの、なんとか目を開けると…土埃は散って、正常な世界が映し出される。


 太陽に照らされて、勇者は立つ。

 勇者の横には大斧が地面に刺さっていて、見事に外れていた。


「…よ、よかった」


 ほっと胸を撫で下ろし、安堵する。

 いや、なに安心してんだ私!!って脳内でセルフツッコミをするのも束の間、巨人は納得がいかない様子で狼狽うろたえていた。

 正直、私自身不思議だった…だってあの大斧は確かに勇者の頭上へと振り下ろされ、そして両断した筈だった。

 

 この目で見たはずなのに、どうして…?

 困惑する私を他所に、二人して驚く巨人と私を交互に見た勇者は快活に笑う。


「べつに、避けただけなんだから…そんなに驚かなくてよくない?」

「いや、速すぎて避ける事なんてムリだと思うのだけど……」

「それはボクが攻撃よりも速かったってことだよ」

「いや、いやいやいやいやいや!!」


 す、凄く無理がある!!

 いや、勇者ならそれも可能なのかも…?


「いやでも…!」

「無理じゃないよティアナ」


 無理と言いかけて、言葉がさえぎられる。

 そして勇者は振り返ると、自信に満ちた口調で言った。


「ボク、超強いから」

「は、はぁ!?」


 それ、理由になってないと思うのだけど!

 ツッコむ私を他所に、勇者は聞こえてないのかすぐに巨人の方へと向いた。

 彼女の周囲が、パチパチと弾ける…そして、青白い閃光を瞬かせて。


 勇者のターンが始まった。


電光ライコウ……石火セッカッ!!」


 いかづちが駆けた。

 それは瞬く星のように一瞬で、閃光と化した勇者は空高く舞い上がると…青白い軌跡きせきを描きながら不規則ふきそくに旋回する。

 勇者の姿が全くとて見えない。

 私は光の軌跡を目で追っていると、そこからスピードは更に上昇じょうしょうしていく。

 

「は、はやぁっ!?」


 いや、速すぎるってレベルじゃない!

 雷は巨人の周囲を回って、そして突然急降下を始めた。


 轟音ごうおん轟かせ、雷が巨人の背を貫く。

 地面に着地したかと思えば、それでは終わらず雷は地面をうように駆けた。

 

『!?……ッ!!』


 巨人は貫かれた背を確認する。

 焼かれたような跡は痛々しく、白濁色の肌は真っ黒に焦げていた。

 流石の巨人も驚愕を隠せずに、なんども傷口に触れて狼狽うろたえる。


 先程の勝利の表情はどこにもない。

 完全に形成逆転され、巨人は初めて一歩退いた。


「凄い…」


 最早、何が起きてるのか私には分からないけれど…これが勇者の実力なのだと、思わず感嘆かんたんの息を洩らす。

 これが…私が殺すべき相手。


 さっきまで逃げ惑っていた魔物を圧倒するその姿は…すさまじいとしか表せなかった。


『…ンンンッッッ!』


 巨人が、抵抗するように大斧を振るう。

 空を切るその横払いは、旋回していた雷を断ち切ろうとするも、直撃する寸前にカクンッと上に上昇する。

 当たらない…空振った大斧が、そのまま地面へと突き刺さる。


『…ッ!!』


 そして、それを待っていたかのように雷は急停止して…人の形が光の中から現れた。

 

「…落ちろ、雷槌イカヅチッ!!」


 左の掌を広げて、右の拳を振り翳すように掌にぶつける。

 声を高らかに宣言した瞬間、極光が降り注いだ。


 世界が光る。

 大きな衝撃が辺り一体に走り、衝撃波が発生すると身体はふわりと宙に浮いた。

 衝撃だけがこの世界に存在している…音だけを置き去りにして、極雷は巨人の真上へと落ちた。


 数秒遅れて、鼓膜が震えるほどの爆音が耳を攻撃した…。

 ビリビリと大気が震え、大地は揺れる。

 極光はやがて薄れて、そして元の世界へと戻っていく…。


「は、はぁ?はぁああああああ!!?」


 私は、全てが終わったその光景を見て…困惑の叫び声を上げることしか出来なかった。



 雷の衝撃は森全体に走った。

 周囲の木々を薙ぎ倒し、倒壊させ…その場には超巨大なクレーターが出来上がっていた。

 さっきまでの草木で生い茂っていた姿はどこにもなく…森と今の姿を比べたら「嘘だぁ」と鼻で笑われてしまうかもしれない。


 それくらいの変わりようだった…。


「……す、すご」


 魔物は既に消滅していた。

 いや、まあ、あれで消滅してなかったどんな化け物だよって絶望するけど、そこまでの化け物じゃなくて安心した…。


 安心…するべきなのか?


 クレーターの中央に目をやると、疲れているのか身体を伸ばす勇者の姿があった。

 ぐい〜〜っと呑気に伸ばすその姿は、とてもこのクレーターを作った張本人とは思えない。


「あれを私がくらったら、間違いなく死んじゃうんだろうなぁ……」


 どこか他人事のように、さっきの極光を思い出す。

 あれが勇者の実力。映像で見るのと実物を見るのとでは迫力が全然違っていた。

 それと同時に…勝てるビジョンが到底とうてい思い浮かばない、というのが私の答えだった。


「でも、私は…」


 やらなくちゃいけない…。

 呪文を唱えるように言い聞かせて、迅る心臓を抑える。

 荒い息遣いを何とかなおして…それで。


「勇者ーーーー!!」


 私は勇者の元へと走った。


【補足】


電光石火ライコウセッカ

 電光石火でんこうせっかではなくて、ライコウ。そっちの方がカッコいいからってヒナタが名付けた技名。

 自身を魔力と一体化させて、雷と化して走る技。めちゃくちゃ速い。


雷槌イカヅチ

 ヒナタの技の一つ。

 ものすっごいデカい雷を相手の頭上に落とす。当たったら相手は確実に死ぬ。

 

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