第6話 雷光神楽 ①
それは荒れ狂う
轟き響く豪雷の様に。
閃光瞬く雷光の様に…。
まるで、さも自身の手足のように操るソレは、恐怖を体現しているようなモノで。その雷は何者であろうとも灰に還す。
大地すらも引き裂き、
魔力名『
それが勇者ヒナタの最強たる
◇
薬草採取の最中に勇者とはぐれてしまった私は、薄暗い森の中を一人寂しく
勇者という心の支えを失っていた私は、若干泣きそうな表情のまま、生まれたての子鹿みたいにひょっこひょっこと歩く。
「…ぅ、ううっ」
怖い。めっちゃ怖い。
時々響く虫の声や、茂みの動く音…勇者と共に居た時は気にもしなかったのに、いざ警戒していると、どの音も反射的に驚いてしまう。
それに、今もこうして歩いていると…ガサゴソと音が響くのよ。
まるで怯える私を面白がっているみたいに、突然………。
ガサガサ。
「…ひぃっ!?ほら来たぁ!!」
揺れる茂みに私は、ホラ見たことかと半分ヤケになりながら、揺れる茂みを涙目で見つめる。
ドキドキバクバク…心臓が大きく飛び跳ねて、現れるそれに注目する。果たして鬼が出るか蛇が出るか……。
いや、鬼が出ないで欲しいのだけど。
たらりと伝う汗を拭わずに、それを見つめていると…ひょこりと鹿の頭が茂みから現れた。
「………!!?」
一瞬、びくりと身体が揺れて…声にもなってない悲鳴が出かけてたけど、
なーんだ鹿かぁ…と安堵して、私と鹿の視線は互いに交差し合う。
結構大きい鹿だ…。
ツノは鋭く
半ば放心しながら見つめ合うと、鹿がふいっと顔を逸らして逃げていく。
ガサゴソと音を立てながら、細く長いスラリとした足で森の奥へと逃げていった……。
そんな光景を私は見送って「ふう…」と小さく息を吐いた。よかったぁ鹿で…。
というかこれはもう、魔物なんていないんじゃないだろうか?
そう、この森に魔物は既にいなくて…ああいう鹿とかが……。
ガサゴソと、もう一度茂みが揺れる。
勝手に理想の想像を押し付けていた私は、ピタリと身体を硬直させた。
また、またかよおおお!!と怒りと焦りと泣き出したい感情に襲われて、なんと言葉に
「……き、来なさいよ」
威勢良く私は茂みの奥にいる何かを
言葉が通じてるのかは分からないけど…。
ただ、今にして威勢なんて張るんじゃ無かったと強く後悔した。
逃げておけば良かったと。
『ン、んンンッ…んわんッ』
酷くくぐもった…
ヒッと小さな悲鳴が漏れて、思わず一歩二歩と
身体が
今にも逃げたいはずなのに、逃げるという選択肢が出てこない…。
まるで足に根が張ったように動けなくなって…もう一度、気味の悪い声が響く。
『ンンンッンンッフ!ンンンッ!!』
まるで
その声を聞いて、私の息遣いは急激に速くなった。
これは、だめだ。
逃げないとまずい。
はやく、はやく!!
本能的に…理解する。
あの茂みの奥には死が居るのだと。
なのにどうして私は……。
「ど、どうしよう…ふ、ふるえ…ふるえて!!」
『ンふふフッ!んンンッ!ン〜!!!』
声が、声が声が声が声が声が声が声が声が声が声が声が声が声が声が!!!
「い、いやっ…い、イヤァッ!!」
来ないでと拒絶する。
なんと言葉に表したらいいのか…私にはわからない。
ただ、酷くおぞましく…醜いものなのだというのは見た瞬間思った。
体色は…ペンキで塗りたくったような白だった。いや真っ白…というよりかは
なんだか吐き気を
体躯は…私よりも何倍も大きい。
巨人のような体躯なのだけど、まるで筋肉の塊とでも言えばいいのか…。
けれど歪で、人と人が混ざり合ったような奇怪な見た目をしていた。
白濁色の人が混ざり、連なり…巨人の形を
両手には私よりも何倍も大きい大斧を装備していて、まるで処刑用の斧を
これが魔物。
生物の枠組みを外れた、奇怪かつ悍ましく恐ろしい……規格外の怪物。
『ンッンッンッンッンッ〜』
大口から聞くに堪えない歪な声が響く。
けれど私はその様を放心するように見つめて…そして。
張っていた根が…取れた。
というより、
付けられていた枷が壊れ、すぐに背後を向いて私は駆けて、悲鳴にも似た声を上げた。
「あ、ああああああああああああああああああああああああああッ!!!」
薄暗い森を駆ける。
木々の間を抜けて、見知らぬ土地をひたすらに走る。
走る、駆ける、逃げる。
そんな私を面白いとでも思っているのか、楽しげな声で魔物はずしんずしんと音を立てて走る。
『ンンンッンッンッンッ!!』
巨大な体躯の癖に、スピードは異常なまでに速かった。
このままでは追いつかれると、全速力で駆けるが…体力のない私は、次第に底へと尽きてゆく。
そして、傷だらけのまま森を抜けて…広い所へと出た。
眩しく輝く太陽が、私を迎え入れる。
ほんの少しの安堵感が私を支配して…足を止めた。
はぁはぁと急激に酸素を取り入れようと呼吸を繰り返していると、ずしん…と死の足音が聞こえた。
「……いやだ」
こんなところで…まだ。
「死にたくない…!」
『ンフッ!ンンンッ!!』
切に願う。
けれどその願いも不気味な声と共に掻き消された…。
白濁の巨人が…斧を
ぎらりと太陽に照らされて、鈍く光る大斧。
これが振り下ろされた時、私は死ぬ。
脳内で、死のカウントダウンが開始された。
振り下ろされるまで3秒くらいか…。
3
無慈悲に斧が進む。
2
斧の先に私が映る。
1
死にたくないと願った。
0
そして、斧が振り下ろされ…私は一刀両断される……筈だった。
豪雷が世界を引き裂いた。
ビリビリと揺れるその
白濁の巨人は
一体そこに何があるの?と私も不思議に思って…その方向を見た。
「……ッ!」
思わず、息を呑む。
青白く輝く豪雷、雷鳴を轟かせ閃光を瞬かせるソレは見るものを驚愕させた。
巨人も私も、その大雷を見つめていると…「みつけた」と聞いたことのある声が耳に届いた。
瞬間、青白い雷が不規則に
轟音と共に大地を爆発させると、雷から人影がゆらめいた…。
「やっと、みつけた」
怒気を含んだ低い声が、辺り一体を包む。
それが私を指しているのか、魔物を指しているのか…誰に向けられているのか分からない声色に、思わず
「あ、ああ…」
瞬間、涙が流れた…。
恐怖による緊張が解かれて、涙が洪水のように溢れ出す…。
トレードマークの紺色のロングコートを
逆立つ髪を気にもせずに、勇者ヒナタは鋭い眼光を携え現れた。
「……スゥーーーーー」
「ゆ、勇者?」
様子が、おかしい。
勇者の表情が酷く鋭くなっていた、それはまるでナイフを彷彿とさせて、今なら何だって切ってしまう程の恐ろしい顔付きだ。
勇者は息を吐いて、そして私の方をギロリと睨んだ。
「…ティアナ」
「は、はいっ!!」
やばい、怒られる。
ていうかめっちゃ怒ってる!!
眼光に気圧されて、私は震えて目を
元はと言えば私の不注意のせいでこうなったのだし、怒られるのは無理ないのだけど…それはそうとして怒られるのはイヤ!!
だから怒んないで勇者!!と私は祈る。すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「無事で、良かった」
「あぇ…?」
優しい声だった。
今の勇者からは想像出来ないその声に、私は素っ頓狂な声を上げると、勇者は矢継ぎ早に喋る。
「凄く心配したんだ、君がいなくなって何度も何度も何度も何度も何度も探して…それでも見つからなくて…」
「ボクは…あの時より強い筈なのに、またあの時を目にするのかと思うと、凄く怖かった…!!でも、でもでもでもでもでもでもでもでもでも!!」
「…ゆ、勇者?」
情緒がおかしくなってないかしら?
涙を拭って、震える勇者へと駆け寄ると…彼女は酷く暗い表情のまま…
「今度は救えてよかった」
「え、ええ…」
なんて反応したらいいのか分からない…。
何故だか、触れちゃいけないと思って…私は微笑み返すと、勇者はすぐに剣呑とした表情に戻った。
「さて、ティアナが生きてて良かった…なら次は」
『ンッンッンッンッンッ〜!』
「テメェだ」
獅子にも似た眼光で、嗤う怪物を睨む。
表情が更に険しくなり、勇者の周囲には青白い稲妻が駆ける。
バチバチバチと痛々しい音が私達の周りを駆けると、バチンッ!と音と共に激痛が身体に走った。
「痛っ!!」
「ああ、ごめんティアナ…今からボク、かなり暴れると思うから…巻き添え食らわないように離れててほしい」
荒れ狂う勇者の怒りを
私は、勇者の言った事が恐ろしくなって…すぐに逃げるように勇者と怪物の二人から離れていく。
そして、遠目から見れる距離に立って…息を呑んだ。
大斧を持った巨人と、雷を走らせる勇者。
素人の私ですら、これから戦いが始まるのだと予感した…。
そして、ここから…一方的な戦いが繰り広げられるとは、まだ私は知りもしなかった。
※補足
生物の枠組みを外れた怪物。
魔物は本来、
ヒナタの魔力の本質。
雷を発生させ、自身もそれと化すことが可能で幅広い活用方法と、その威力の強力さから最強と名高い。
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