第5話 依頼


「今回の依頼は薬草採取だよ」

「や、薬草採取ぅ…!?」


 目的地にたどり着いて、馬車から降りるや矢先に勇者は依頼内容を平然と告げた。

 対して私は、その依頼に納得がいかずに不満に塗れた表情を浮かべて、声を上げていた。


「あれ?イヤだったかい?」

「いや、イヤという訳じゃないのだけれど…その、えと、あまり勇者が受けるような依頼じゃないと思うの」

「……もっと危険な依頼をするのかと思ってた?」

「まぁ、そうね」


 そう。勇者なんだからもっと刺激に満ち溢れていて、危険でいっぱいな…ドラゴンとか倒しに行く系の感じだと思ってたから。なんだか。


「拍子抜け、そう言いたいんでしょ?」

「な、なんで私の心の中が…って、べ、別にそんな事思ってないわよ!!」

「それ、もう言ってるようなもんじゃん♪」

「ぐぬぬぬぅ…」


 口を走らせすぎた。

 あまり不満ばかり言っていると、仲間から外されそうだから気を遣っていたのだけど、気が緩んでたのかも知らない。

 けれど、勇者自身は気にもしてない様子で、私の失言を聞いて愉快そうに笑っていた…すると、勇者は語り始める。


「危険な依頼は、その手の人達がやってくれるからねぇ…。ボクがこなすのは誰も受けたがらない地味な仕事が大半でね」


 だから勇者であるボクが率先してやってるんだ、と勇者は振り返って言った。

 それ、果たして楽しいのかしら…?なんて思いながら、とりあえず納得する。


 するのだけれど、した途端に勇者は「あっ!」と声を上げて、爆弾を投下した。


「薬草採取って言ってるけど、基本この手の依頼はとんでもない魔物が出たりするからね。気をつけてよティアナ」

「……え?」


 時間が止まった。

 それってつまり、この依頼は……。


「そ、それを早く言いなさいよ!!」



 薬草採取は地味で、冒険者の間でも大した旨味がないと知られた…誰も受けたがらない依頼だ。

 冒険者は魔物との戦いを生業としているからか、血生臭い戦闘とは真逆の草拾いはまさに嫌われ者だった。だからこそ、この手の依頼はあぶれているし…何より、その真の危険性というのを殆どの人間は知らないのだ。


「いやぁ、わざわざ王都まで来てくださって…ありがとうございます冒険者のお二方!」


 村に着くと、痩せ細った丸眼鏡の青年が笑顔で迎え入れてくれた。

 ただ、そんな笑顔の歓迎を他所に…私は彼の放つ匂いに顔を顰めてしまう。


 酷く失礼なのだけれど、とても苦くてイヤな匂いだったからか…私は自然と匂いから逃れるために勇者の背へと移動する。


「こら、ティアナ…!」

「だ、だって…」


 これには流石の勇者も怒らずにはいられない、細々とした声で叱られると私は子供みたいに言い訳をする…。

 そんな私たちのやりとりを見ていた彼は、申し訳なさそうに苦笑して、深々と頭を下げた。


「申し訳ない!ついさっきまでポーションを作っていたからか、匂いがうつってしまったようで…」

「ああ…だから」

「すみません…僕、薬剤師をしてまして。だからその手の反応はよくされるので大丈夫ですよ」


 慣れているのか、彼は笑ってそう言うと「では」と言って本題へと切り替わる。

 

「ええと、まず依頼の件なのですが…村から離れた森で籠が一杯になるくらい薬草を採取してほしいのです」


 そう言いながら、彼は腰のポーチから一枚の葉を取り出した。

 ギザギザで特徴的な葉だった、見た目は黒くどんよりとしていて薬草のイメージからはかけ離れている。

 しかし、薬草なだけあってか臭いが凄い…独特のつーんとするような臭いが私の鼻を突いた。


「このように、かなり分かりやすい外見をしてるのですぐに見つかると思います。ですが……」


 言いかけて彼の表情が曇る。

 何か言いたげなその暗い表情からは、此方まで不安になるほどで、私は思わず生唾を飲み込んだ…。


「その森には最近魔物が住み着いていまして、もしも危険と判断したなら薬草の採取は中断しても構いません」


 その分、報酬は減りますけどね、と言い切ると私の前で、黙りながら聞いていた勇者が「わかりました」と声を上げた。そして。


「一つ質問ですが、魔物はどのようなタイプでしょうか?」

「……はっきりと見てないので分かりませんが、かなり巨大な魔物でしたので…」

「そうですか、ありがとうございます。じゃあボク達は早速依頼に取り掛かろうと思いますので、森までの地図を渡してくれませんか?」



 薬剤師の青年からある程度の情報を聞き出した後、私達は村から遠く離れたその森へと足を運ぶと、ふとその足を止めてしまう。


「う、うわぁ…」

「どうしたの?ティアナ」


 視界に広がるのは鬱蒼と茂った黒い森。

 陽の光を完全に遮断しているのか、森の奥は薄暗闇が広がっていて…思わず入るのを躊躇してしまう。

 それに、すごく…そう、すごく!!


「虫がいそうで怖い…」

「虫…」

「そう、虫!」

「…………ブフッ」

「ちょっ!?何笑ってんのよ!!」


 唐突に吹き出した勇者を睨んで、私は咎める。けれど勇者は笑い続けて…そして目元に涙を浮かばせながら言った。


「フフッ…それでよく冒険者になろうなんて思えるね」

「んなぁっ!?馬鹿にしてんの!?」

「大体、冒険者やってると虫なんかよりよっぽど気持ち悪いのが出てくるんだよ?良いのかなぁ?それでも」


 両手をわきわきと踊らせて、悪戯っぽく笑う勇者。

 虫なんかより気持ち悪いもの……そう聞いて私は想像する。あの手足が何本もあって気色の悪い虫よりも気持ち悪いのが…この先現れる?いや、いやいやいやいや……。


 ゾゾゾゾッと背筋に悪寒が走った。

 澄ました顔をしてたけど、嫌な汗が一気に吹き出して…顔面蒼白になる。

 そんな私の様子を、勇者は面白そうに眺めているのが癪で…。


「そ、そんなのが出てきたって私はやめたりしないからね!?」


 対抗するように虚勢を張った。

 大体、いくら虫が嫌いでも…私は冒険者を、勇者のパーティから外れる訳にはいかない。

 そんな熱意が、勇者にはお見通しだったのか…何故か知らないけど、目を大きく開かせて私を見つめていた。


「…………そう」

「? なによ」

「いや、少し嬉しかっただけ」

「……?」


 何が言いたいのかよく分からなかった…。

 まぁ勇者の真意なんて分かるはずもなく、私達はイヤイヤながらも森の奥へと入っていく。


 真っ黒な森…このまま薬草だけ手に入れて、無事に終わってくれるなら良いのだけれど…深く暗い森は私の奥底にある不安を刺激する。

 

 そんな、不安に支配されたまま薬草を採取していると、ふと気付いた。


「……勇者がいない」


 私達がはぐれていることに。



「…しまったな」


 ボク達が薬草採取を始めてから数時間。

 最初こそは二人して順調に集めていたが、ほどなくして見つからなくなっていた。

 だからか、早く見つけなければ…という焦りのせいかボク達は、はぐれていた。


 顔を顰め悪態を吐く。

 それはティアナを見ていなかった自分自身にだ。

 森の中での捜索は…難しい。

 地形も似たり寄ったりで、場所の特定が出来ず…方向感覚も見失いやすい。

 だからこそ気をつけておくべきだったのだと今更ながらに自分を恥じて…ボクは強く両の拳を握った。


「クソ」


 探さないと、まずい。

 彼女の戦闘能力はハッキリ言って期待出来ない。下級の魔物ですら正直倒せるかはあやふやなくらいだ…。

 もしも、そんな彼女が大型の魔物にでも遭遇したなら……。


 途端、焦る。

 ゾワッと全身に悪寒が走って、嫌な汗が頬を伝う。


 想像するは、惨たらしい彼女の死体。

 顔は血に塗れ、判別は出来ない。

 腹は裂かれ、既に臓物は喰われていた。

 四肢はあらぬ方向に曲がり、赤黒い血が彼女を覆う。


「………ッ!!」


 イヤな想像だ、最悪な未来だ。

 ボクはかぶりを振って想像を散らす、そして蒼白ながらも鋭い眼差しで、深い暗闇を睨んだ。

 

「あの時のボクじゃないんだ……助けるくらいなんだって出来る」


 ぶつぶつと独り言を喋る。

 それは過去の、自身への戒めなのか…酷く暗い表情で喋ると。

 ふわりと髪が舞った。

 静電気で浮かび上がる髪のように、ふわりふわりと舞って……。


 パチンッ!と痛々しい音が弾けた。

 青白い線が、駆けた。

 それは小さな雷で…音と共に次第に大きくなっていく。


 そして。


 深く暗い森に、豪雷が轟いた。

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