第4話 馬車に揺られて
ざわざわがやがや…。
鬱蒼とする喧騒の中、黒のドレスを見に纏う、明らか場違いな少女は勇者に連れられて中へと入る。
冒険者組合、またの名をギルド。
ならず者と夢を抱く者で構成された、やや治安の悪いギルドは突如としてやってきた見知らぬ人間を許さない。
ギロリと殺すような目付きで睨んだ。
それと同時に、ティアナは睨む男に対してビクリと身体を震わせる。
昨日の件もあってか、男に対してトラウマを抱えていたティアナは、悠々と歩く勇者のコートを握って助けを求めるように、か細い声で尋ねた。
「ね、ねえねえねえ…!す、すごく怖いのだけれど!?」
目元がじわりと滲む。
恐怖に呑まれてこのまま泣き出しそうな表情で助けを求めるティアナ、そんな彼女の態度が勇者にとってはツボなのか「ふふっ」っと小さく微笑んだ。
「な、なに笑ってるのよ!!」
「いやなに、大丈夫だよティアナ」
一体何が大丈夫なのか?
殺される程の視線を向けられてるにも関わらず、飄々としている勇者の態度は些か腹が立つ。
けれど、やはり勇者という存在感もあってかヒナタの背中には安心感があった。
だから、決して離れないようにとコバンザメみたいにピタリとくっつく。
「彼らはティアナを襲いはしないよ、なんてたってボクの仲間だからね」
「そ、そうは言ってもその保証がどこにあるのよ!」
「ん〜〜……つまりはこういうことサ」
軽々とした口調のまま、睨む男達を睨み返す。
途端、身体に悪寒が走った。
全身が硬直する程の…今にも逃げ出したくなる程の強者の威圧感がギルド全体に走った。
この感覚には覚えがある。
お父様と同じ威圧感だ…身体が縮こまるくらいの恐怖!
「……ッ!!」
驚愕する。
本当にお父様と同じ領域に立っていたのだと、今更ながらに実感した。
勇者の放ったプレッシャーは私以外にも作用していた…逃げ出さなかった者はごく僅かだ、私を睨んでいた男達は恐怖のあまりに物音を立てながら、無様に逃げていった。
もぬけの空となったギルドを見て、唖然とする。
正直、私ってばよく逃げなかったなって思ってる。
「ほらね?ボクの仲間に手を出すヤツなんていないのさ」
「そ、その通りのようね……」
これでも、まだ全力じゃないんだと思うと震えが止まらない…。
垣間見せた威圧ですら、あの領域ならば一体全力になるとどうなるの!?と私は焦る。
暗殺だなんて言ってるけど…本当にそんなこと、出来るのかしら?
「…な、なに考えてるの!私!!」
「ん?」
かぶりを振って、本来の目的を取り戻す。
恐怖に負けてる場合じゃないんだ、私はなんとしてもコイツを暗殺して…。
お父様に認めてもらうんだから!!
◇
昨日の試練である、料理はドキドキしながらもなんとか突破できた。
しかし、勇者の試練はここで終わらない。
次に出された試練は、所謂実戦においての私の立ち回りだった。
「ティアナの実力は既に分かってるから、とりあえず仲間としてボクに着いてくるのなら…戦闘中の立ち回りは見ておきたくてね」
そう言って連れて来られたのはギルド。
男達に睨まれて、勇者のプレッシャーに逃げ出したくなる事もあったけれど、なんとか依頼を受けて、今は馬車に揺られて目的地へと移動していた。
「…す、すごく揺れるわ」
「ティアナって昨日会った時も酔ってたよね?もしかして乗り物とかダメな感じかな?」
「そ、そうなのかしら?…でも、確かに揺れてるとすごく……うっ!!」
胃が揺れる…逆流する、反転する!
喉に熱いものが込み上げてきて、青い顔をしながら両手で口を塞ぐ。
そんな一連の動作を見ていた勇者は、呆れた様子で言った。
「なんの為にタリスマンをあげたと思ってるのさ…」
「た、タリスマン?」
「ほら、昨日あげたでしょ?翠の宝石が付いてる魔法陣が描かれたやつ」
詳しく言われて、私は思い出す。
言われた途端、すぐにタリスマンを探そうと服やバッグの中を探る。
吐き気を堪えながら「どこだ〜?どこだ〜?」と漁るけれど…クエストと聞いて準備をしすぎた事が仇になったのか、バッグの中は物でいっぱいでそれらしきモノは見つからない。
「……もしかして、なくした?」
少し不機嫌な声が耳に入ると、焦って言い訳にしか聞こえないことを私は口走る。
「い、いや!そんなハズはないわ!!ちゃんと中に入れたハズなの!!えっと〜えっと〜!」
「ないんだね?」
呆れながらも、何故か楽しそうに勇者は言った。すると、勇者は私の方へと寄ると何故か背後に回って、勇者の腕が私の身体を包み込んだ。
「え、あえ?ええっ!?」
「? なに驚いてるの?」
「いや、だって突然抱きつかれたら驚くのも無理ないと思うのだけど!?」
驚く私、けれど勇者は関心のなさそうな表情で「ふーん」とだけ答えると、その首には翠色の宝石が埋め込まれたタリスマンがぶら下げられていた。
「抱きつけば、タリスマンの効果も君に乗るから…治してあげようと思ったんだけどな」
「え、あ…もう一つ…」
そんなに拒むならいらないっかー!
わざとらしく声を上げて、包み込んでいた抱擁が解かれる…。
けれど、それと同時に吐き気が込み上げてきて「うっ」と小さな悲鳴を上げると…耐えきれなくなって勇者の手を取った。
「お願い…抱きしめて」
「うん、いいよ」
恥を偲んでお願いすると、勇者はしたり顔で笑った。
なんだか乗せられた気分になって、すごく悔しいって思った…けど、勇者の言ってる通り効果は私にも乗っていた。
あれだけ込み上げてきた吐き気が、すぅーっと消えていく。
背中にはぬくもりが伝わっていて、心がほっとするような…安心感があった。
誰かに抱きしめてもらうなんて…初めて。
お父様にも、誰にも…私にぬくもりを与えてくれる者は、一人としていなかった。
唯一優しいお兄様やお姉様も、いつも忙しい忙しいって感じで相手にされていなかったからか…初めての抱擁は、失っていたはずの何かが埋まっていくのを感じた。
「……………」
イヤな筈なのに、イヤじゃない。
矛盾してるこの気持ちが、凄くもやもやする…!私は勇者を殺す暗殺者なのにどうしてこんな気持ちになるのか、私自身わからない。
もやもやが私を覆う中で、ふと抱きしめていた勇者が口を開いた。
「君といると楽しいなぁ」
「え?」
「最近は忙しかったからなぁ…依頼に戦争、殺し合いに訓練」
な、なんて殺伐としたスケジュール…。
ドン引きする私を他所に、勇者の表情は重く暗いものだった。
その表情から察せられる暗いそれは、軽口を言える雰囲気ではなくて…私は静かに勇者の告白を聞いていた。
「あ、ごめん…唐突にこんな話しちゃって。昨日出会ったティアナに何話してんだろ…ボク」
慌てて勇者はかぶりを振るう。
自分で言ってて事の重さを理解したのか、何度も「ごめんね?」と私に謝る勇者。
「…まぁ、別にいいわよ。愚痴りたいなら愚痴ればいいわ…私は聞き逃しておくから」
自分から言い出しておいて、謝るなんてなんなんだこいつは…と内心悪態をつく。
だから、私は聞き逃すことにした、誰だって文句を言いたいことだってあるから…今のはそういうやつなんだって言い聞かす事にした。
「ティアナ」
「なに?」
「君が仲間になってくれて嬉しいよ」
囁くように感謝されて、私は心の中でガッツポーズをした。
これはもしかしたら、かなりの好感度を稼げたんじゃないかしら!?
暗殺のチャンスがくるかも!私はそう喜ぶと、ぽそりと呟く勇者の声に気が付かなかった。
「君だけは…去らないでほしいな」
そうしてる間にも、目的地に迫っていた。
(キャラクター紹介)
種族 異世界人
鋭く尖った眼、雪のように白い肌、中性的な顔立ちに短く切った黒い髪が特徴のボーイッシュなお姉さん。
三年前に召喚された異世界の人間で、訓練と戦争の日々に明け暮れていた最強の勇者。
まだまだ謎の多い人で、時折暗い闇を持つ。
要するに可哀想な人。
突如として現れた謎の少女ティアナに、深い興味を抱いている。
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