第3話 溶ける心
認めたくはないけど…流石は王都。
多くの人が行き来しているだけあって品物が豊富だ。
ミソスープを作るために必須な味噌も、鮭も、お米も探せばなんでもあるのだから驚いた。
こういう、人の多さは欠点でしかないと思っていたけれど利点もあるんだなぁと私は思う。
人間なんて滅んでしまえばいいのに…って前々から思っていたから正直自分の考えには驚いている。
まぁ、今は感情に浸っている場合じゃない!両手いっぱいに買い物をした私は、覚えたての勇者宅まで急いで戻ると、信じられない光景を見た。
「ただいまーーって…うそでしょ」
床、また服で散らかってるんだけど。
さっき畳んで…片付けたハズなのに、どうして戻ってきたら元に戻るどころか、より一層酷くなってんの!?
大量にばら撒かれた衣類の海の中、勇者の姿は見当たらない…。
私は目を凝らして辺りを見渡すと、一面の海に一箇所だけ不自然に盛り上がった所を見つける。勇者だ……。
このまま殺してやろうかしら…。
殺意が迫り上がってくるのを感じる…けど私はなんとか抑えて、私は声を上げた。
「なにやってんのよ…」
「あは、あはは…これは、その」
「買い物を人に任せておいて、帰ったらこんなになってるなんて…正直凄く驚いてるわ」
「いや、その…えと」
「これ、もしかしなくても私が居ないと生活出来ないんじゃ…」
掃除もできない…それどころか悪化してるし。
料理も全く出来ないらしいし……。
顔は良い癖して、生活力は壊滅的。
ああ、なんで私こいつのこと一瞬でも好きって思っちゃったのかしら…。
「と、とりあえず!勇者は片付けをしておいて!私はあなたに出された試練を越えるために料理を作るとするから」
「は、はい…」
近くにあった紺色のエプロンを身に纏い、きゅっと紐を固く結んで私は台所に立つ。
エプロンがある辺り…ちゃんと自炊をしようと思っていたのかな?
なんか失敗して諦めたみたいな想像をすると、悲しくなるというか…泣けてくる。
とりあえず、美味しいって言わせてやるくらいには本気出す!
だから勇者!その散らかった服を畳みながら待っていなさい!!この私があなたを唸らせる程のパーフェクトなミソスープを出してあげるから!!
「さぁ!美味しいの作ってやるわよ!!」
声を高らかに上げて、私は宣言した。
◇
最初は面倒な子に絡まれたなぁ…と面倒臭げに思ったのが本音。
紅色の髪に黄金の瞳、人形のように白い肌。まだ幼い少女の名残が残ったその顔立ちは、男達が襲いたくなる程可愛いと思う。
実際、少女趣味のないボクでも少しだけキュンと来るくらいには可愛いと思う。
彼女の目的はどうやら、ボクの仲間になって名声を得る…そんなありふれた動機でこの王都までやって来たらしい。
正直言って、馬鹿だ。
富も名声も命に比べるなら安いモノ、そんなモノを得ようとボクに近付くなんて馬鹿の極みとしか言いようがない。
実際、その少女を見た限り素質がこれ一つとしてないのだ。
じゃあ、どうして彼女を仮とは言え仲間に入れてしまったのか…それは多分。
「この現状…どうにかしたいから、かなぁ」
散らかった…ボクの服達。
帰ってきた彼女にめちゃくちゃ怒られてしまったけど、これには事情があるんだ。
まず、畳んだ服をタンスの中に入れようとしたんだ。
でもほら?固いじゃん?だからこう…ぐいっと強く引っ張ってみたんだけど、自分の実力を甘く見ていた。
服の雨が降った。
力強く引っ張ったせいで、勢いよく離れて入っていた衣服が舞い散る。
はらはらはらと華麗に虚しく舞い降りると、私の視界には服の海が出来上がっていた。
ボクは舞い降りる服の下敷きになって…それで。
「……………バカだろ、ボクは」
はぁ、と深い溜息を吐いて、ようやく畳終わった服を見て達成感に酔いしれる。
(料理、裁縫、荷物持ち、掃除…全部やる、かぁ)
まさか戦闘スキル皆無で仲間になりたいなんて言う人、初めて見た。
しかし、彼女はなんていうか…見た目に反して意外だと思った。
見たところ、いいとこの貴族のお嬢様…って感じの容姿。
ただまぁテンション高いなぁとは思うけどさ。
「どうしてボクの仲間になりたいのか理由を知りたいし、多分本当の目的は別にあるんだろうけども」
まぁ、君には悪いけど、例え料理が上手くても落とさせて貰うよ。
無慈悲に、冷徹に。
冷たく鋭い眼差しでティアナをじっと見つめるヒナタ。
その眼差しは、どこか遠く…何故か悲しそうな瞳だった。
「お、驚いた……」
料理が出来上がり、ボクは期待もせずに机の前に立つと…並び立っていた料理に思わず驚愕の表情を浮かべる。
香ばしい匂いを放つ…焼き鮭にほっかほかの真っ白ごはん!
ほうれんそうのおひたしに…そして、焼き鮭にも勝るいい匂いを放つ、お味噌汁!!
広がっているのは、私が切に求めた日本食の典型例!!というかこれはもう…!!
「き、キミって…日本人だったりするの?」
「んぇ?ニホ…ジン?なによそれ…?」
日本人じゃないのか…じゃあ、ここまでの完成形をどうして異世界の少女がこんなものを!!?
驚くヒナタを横に、ティアナは「どうだ!」と言わんばかりに勝ち誇った笑みを浮かべる。
昔読んだ異世界料理録、それを思い出しながら作ってみたが、反応を見るにどうやら好評の様子。
心の中で「よっしゃ!」とガッツポーズをして、ティアナは優しい笑みを浮かべて口を開けた。
「どうかしら?あなたの要望通り作ってみたのだけど…?」
「か、完璧…だよ、これはもう」
やばい、まさか…ここまでの実力があるとは思ってもみなかった。
いや、まてまてまてよボク!問題は見た目より味なんだ!前に日本食と思っていて、食べてみたら別物の味でガッカリした経験を忘れたのか?ボクよ!
油断大敵。
長い時間戦闘に費やしてきた経験を基に…ボクは恐る恐る箸を取る。
「い、いただき…ます!」
ごくりっと生唾を飲み込んで、いざ実食。
まずはお味噌汁を啜る。
「……!」
優しくて、ほっとする味だった。
身体の奥底から温まるような…優しさに包み込まれるような美味しさに、ボクは「ほうっ」と小さな息を吐きながら、ぽつりと言葉が呟かれた。
「おいしい…」
ボクが追い求めていた味…。
三年前にこの世界へと召喚されてから、何度も夢にまで見た…優しい味。
お母さんが作る味噌汁に似てる…。
味を確かめるように、ボクは何度か味噌汁を啜っては飲んでを繰り返して…。
気が付けば、ボクは夢中になって口に運んでいた。
二度と食べる事は叶わないって思ってたからか、ボクの胃袋は止まらなかった。
逃げる訳もないのに、まるで逃がさない!という気迫でボクは食べる、食べる、食べる。
綺麗に、残さずに…無言のまま食べ終えてから、ボクは思う。
しまったなぁ…本当は彼女を落とすつもりだったのに、こんなの出されたら何も言えないじゃないか…と。
チラリと彼女を盗み見た。
落とされる訳にはいかない、そんな気迫がボクの方にも伝わってくる。
緊張で張り詰めた硬い表情に、最悪の未来を想定して震える身体。
申し訳ないけど、それがちょっと面白くて…ボクはふふっと吹き出した。
「ちょっ!なにが面白いのよ!!」
「ごめんね?なんだか小動物みたいでおかしくてさ」
「は、はぁ!?私これでも160はあるんですけど!?」
「ふふっ、ボクは180くらいかな?20センチも差があるね♪」
「で、でかぁ!?」
自慢げに小さな身体を自慢するけれど、生憎ボクは君の倍以上は大きいのさ。
彼女に対抗してボクは彼女を見下すように見つめると、彼女は驚きに満ちた表情を浮かべると…すぐに悔しさに満ちた表情に変わっていく。そして。
「は、はぁ!?私だって将来的にはそれくらい伸びる予定なんだからね!!」
悪役の捨て台詞みたいに、彼女は未来に自信の希望を託していった。
これが、ボク的にはツボに刺さった…というより面白すぎて、口から笑みが溢れ出した。
まるで水の湧き出る壺みたいに、あっはっは!と愉しさに満ちた笑い声を上げる。
「ちょ、笑わないでよ!私は本気なんだから!」
「あははっ!君ってばホントに…!面白すぎるよ!あっははは!!」
「んなぁっ!?」
大笑いしながら、ふと思う。
ボクって、こんなに笑えてたんだ…って。
勇者としてこの世界に召喚されて、三年。
毎日毎日、訓練や殺し合い…自分を見失ってしまいそうなほど、摩耗した魂。
好きだった服も、散らかすくらいにはどうでもよくなったし…自分自身もどうでもいいって思ってた。
なのに、なんでだろ…。
初めて会った君に…ここまで惹かれるのは。
「…ねぇ、君名前は?」
「な、名前って…ティアナだけど」
ティアナ…ティアナ、ティアナ。
心の中で何度も復唱する、忘れないように覚えていられるように。
何度も心の中で唱えて、ボクはティアナを真っ直ぐ見つめてぽつりとその名を告げた。
「ティアナ」
「…な、なによ?」
怪訝そうにティアナは訝しむ。
どうやら笑いすぎて距離を置かれてるみたいだった。
そんなティアナにボクはおもしろいと思って、ふふっと微笑むと。
「ごちそうさま、すごく美味しかったよ」
心を込めて、ボクはティアナに最大限の感謝を告げた。
(キャラクター紹介)
主人公 ティアナ 16歳
種族 魔族
黄金の瞳、死体のような白い肌、ツインテールで紅色の髪が特徴の、魔族の国の第二王女。
生まれつき才がなく、おちこぼれのレッテルを貼られており、魔王の命令によって現在は勇者暗殺を目論んでいる。
おちこぼれの自分がイヤで、誰かに認められてくれる事を切に願う少女。
根は良い子で、すごく面倒見がいい。
家事のスキルが高いのは、おちこぼれが故に誰にも頼れない環境にいたから。
要するに可哀想な子。
ヒナタのようなイケメンが好み。ノンケ。
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