第2話 勇者の仲間


 ぐつぐつと鍋の煮える音に耳を傾ける。

 紺色のエプロンを身に包んで、私は味見としてそれを口に含んだ。


 うん、美味しい。


 我ながらいい出来だと思う。

 これならあの勇者も「美味しい!」って褒め称えるに違いない!

 

 美味しさのあまりに頬を緩ませる勇者を想像して、クックックと悪魔染みた笑みを浮かべると…ふと、手を止めて考えに耽る。


 あれぇ?どうしてこんな事になったんだっけ??


 おかしいな、私…勇者を暗殺する為にここまで来たのに。


「なんで勇者の晩飯を作ってるんだろ…」

 

 時は少し遡り…。


 路地裏で襲われていた所を助けて貰った私は…正直に言うと恋に落ちた。

 黒髪でイケメン…。

 颯爽と現れて、男達を倒していく姿はとてもカッコよくて、惚れないなんてそんなの無理な話。

 去っていく彼を見て、私はこのままじゃ終わりたくない!!って焦燥感に駆られて名前を聞いた…けど、聞くんじゃなかったと今になって後悔してる。

 

「ヒナタ。今は勇者をやってる」

「………は?」


 実った恋が…爆発四散した気がした。

 今、なんて言いました?

 ヒナタ?カッコいい名前ですね!すごく素敵です!!いや、それよりも最後のって…いや、嘘。


「え、勇者…?」

「うん、勇者」


 小さく笑って…彼、いや勇者は男達を持って去ろうとしていく。

 私は…衝撃が大きすぎて、ぽかんと口を開けたまま去っていく勇者の背を見つめていた。

 

「……………いや、何してんの私」


 私は恋をしにここまで来たわけじゃない。

 お父様の為に…認めて貰うために!勇者を殺すためにここまで来たのに!なにショック受けてるの私は!!

 どうせたかが人間、助けてもらった事には感謝している。

 だけど私は!!


「あの、待ってください!!」


 声を上げて、勇者の歩を止める。

 まだ何か?といった眼差しで顔だけこちらを見ると、私は咄嗟に声を上げてしまったものだから喉が突っかかる。

 一呼吸を置いて…私は。


「私、勇者を探しにここまで来たの」


 作戦を開始する事にした。



 私は他の魔族と違って人並みに弱い。

 才能もなければ魔力の開花もしないので、出来損ないと言われても反論出来ないくらいには弱い。

 

 そんな私だからこそ、勇者暗殺においては知恵を使わなければならない。

 私と勇者は圧倒的なレベル差だ、さっきの戦闘を見る限り、私がこのまま襲い掛かった所で瞬殺されて終わると思う。


 だから私は完璧な作戦を思いついた。

 勇者の仲間として潜伏する。それが私の思いついた作戦で、長い時間を掛けるものの…より親しくなれば隙を突くことだって多くなる。


 勇者が完全に油断した所を…殺すッ!!


 フフッ私ながらなんて完璧な作戦!

 さぁ!私を仲間として迎え入れて…その隙を突いて殺してやろう!!


「…ボク、仲間とか必要ないから」

「へぁっ!?」


 ばっさり。

 凄く興味の無さそうな顔で…断られた。

 

「え、あの…仲間、いらないの?」

「だってボク強いし」


 いや、そうなんだけど!?


「ほら、仲間との絆…」

「そんなの必要ない、ボクは一人でもやってける」


 興味も関心も何一つない無の表情。

 徹底して仲間を排する姿勢に…どことなく恐怖を覚えながらもティアナは負けないといった姿勢で食らいつく。


「お願い!私だけでも仲間に入れて!!」

「…キミもしかしてあれか?勇者の仲間になって名誉を得ようとか、そういうのだろ?」

「ま、まぁそんなところね」


 本当は殺すつもりですけどね。


 そう答える訳にはいかず、あやふやな答えを返すと勇者はより不機嫌な表情になっていく…そして。


「悪いけどさ、この男達に負けてる時点でキミじゃボクと釣り合わない…もうこの話は終わり。じゃあね」


 一方的に切り捨てられて、勇者は去っていく。

 やばい、このままじゃ作戦通りには行かないどころか…勇者との接点がなくなってしまう!!


「……くっ!!」


 考えないと…勇者が仲間にしたくなるような、なんかすっごいアイデア……!!

 あーーそんなものないって!!ていうかあったら最初から言ってるわよ!!ああもうっ!こうなったら!!


「わたっ、私!料理が出来るわ!!」

「…え?」

「裁縫も!荷物持ちも!掃除だって出来る!だから…」

「だから…仲間にしてほしいって?」

「……そう」


 こんなの、ただのメイドみたいなもの。

 魔王の娘たる私が…こんな召使いとして志願してるなんて、凄く恥ずかしい。

 けど、そうでもしないと…勇者を殺せないと思ってるから。


 その為なら私は…。


「……まぁ、そこまでの気迫で言われるんだったら、とりあえず」

「えっ…もしかして…」


 黄金色の瞳がキラリと潤う。

 期待に満ちたその瞳に、勇者は小さく微笑んで…。


「お試し雇用ってコトで」

「はァッ!?」


 仲間にしてくれる流れじゃないの!?

 

 納得のいかないティアナの叫び、その素っ頓狂な叫び声が可笑しいのか、吹き出すように勇者は笑う。

 こうして、ティアナは仮ではあるが…勇者の仲間として潜入する事が出来たのだった。



「……なんか普通の家ね」

「まぁ、ここはボクの家じゃないけどね」


 あの後、男を突き出して私は勇者に連れられるまま王都の街を進む。

 やはり人の国なだけあって周囲は人の山だらけ…地獄の業火で焼き尽くしたらさぞ楽しいんだろうなぁなんて想像しながら、勇者が住む家にたどり着いた。


 思っていたよりも、普通の家だ。

 ここは住宅街なのか、そこらあたりに似たような家がちらほらと見える。

 私は思わず素直な感想がぽろりと出て、しまったと口を塞ぐけれど…勇者は特に気にもしない様子でそう言った。


「ここに住んでるんじゃないの?」

「いや、住んでるさ」


 じゃあ、別の人の家とか?

 あまり理解が出来ないけど、まあそういうことなんだろうなと勝手に解釈して私はドアノブに手をかける。


「ボクの家は…ここじゃない」


 ふと、勇者が何か言った気がするけど…まぁいいか。



 家の中は…まぁ、うん。


「とりあえず脱いだ服は片付けません?」

「いや、これはそのぉ…」


 バツの悪そうな顔で勇者は唸る。

 床には散乱した服でいっぱいで、ゴミがないだけマシなんだけど…まぁ、言葉通り片付けはキチンとした方がいいと思う。

 けど、どうしてだろう…?脱ぎっぱなしの服が全部女物なのは……。


「それ、全部ボクの服だよ」

「へ?」


 疑問が筒抜けだったのか、私の横で勇者は言った。

 いや、いやいやいや…明らかにあなたは男じゃあ……あ、いや違う。


 私は今更気付いてしまった…。

 男にはない…豊かな胸の膨らみを!!

 ロングコートのせいであまり見えなかったけど普通におっぱいがある!!


「お、女だったの?」

「よく誤解されがちだけどね…一人称とか」


 あっはは…と苦笑を浮かべて、勇者は着ていたロングコートを脱いで…そのまま床にぽーい。

 さっき注意したのに……!と殺意が湧き始めたけれど、なかなかどうして…。


「わっ…スタイルよすぎ」


 スラリと滑らかな曲線美。

 これがモデル体型っていうのかな…羨ましいを超えて美しいっていうか。

 ここまで綺麗だと勇者というのが信じられないというか。


「私の中の勇者って銀の鎧だったから、想像できなかったなぁ」

「銀の鎧?ああ…あれは基本装備はしないんだ。王都にいる時は普段この格好でね」

「へぇ〜」

「ちなみにあれ、すっごい蒸れるんだ」

「そ、そうなんだ…」


 そりゃ鎧だから蒸れると思うけど…なんて思いながら、散乱していた衣服をたたみ終わり…そして、勇者は上から目線で言った。


「じゃあ、まずはその力量を見せてもらおうかな」

「わ、私に何をさせるつもり?」

「それはだね…」


 ごくりっ…。


「料理です!!」


 溜めに溜めて勇者から最初の試練が与えられる。

 料理…出来ると大口叩いて言ったものの、実を言うとあまり自信がないんだよね私。

 元々料理を始めたキッカケが…お父様に褒められたいためだったけど「不味い」って言われちゃったしなぁ……。


 で、でも私はやってみせる!

 こうなったらとびきり美味しいの作ってぎゃふんって言わせてやるんだから!


「わかったわ!それじゃあ早速何か作るけど…何か食べたいものってある?」

「そうだね……えと、その和食が食べたいかなぁ」

「……ワショク?」

「ああ、知らないか…ならいいんだ何か別のもので…」

「いや、いいわ!その、ワショクとやらを作ってみせるから!!」

「えっ?」


 驚く勇者を無視して、私はワショク…とやらを想像する。

 けど、ワショクってどこかで聞いたことがある気がする…昔、レシピ本か何かを読んで見た気が〜〜………。


 あっ。


「昔読んだ異世界料理録!あれだ!」


 少し前に興味を持って読んで、挑戦したことがある。

 異世界料理録とは異世界を旅する商人が書いた本で…あまり信憑性がなくて売れてない変な本なんだけど。

 なんていうかすごく凝ってて好きなのよね私。


 でも、読んだのも昔だしあまりレシピ覚えてないんだよね…あっ、でも一つだけ簡単なのがあったからそれを覚えているし…それでいっかな。


「あのさ、無理なら無理って言ってくれた方が嬉しいんだけど…」

「大丈夫よ、二つほど思い出したから今から作るね!」

「え、それ…ほんと?」

「ええっ!焼き鮭と…ミソスープ!」


「……は?」


 勇者の表情が途端、驚愕に変わった。

 けれどティアナは気にする事なく台所へと行って……そして冒頭に戻る。

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