第一章 魔王の娘と最強勇者
第1話 魔王の命
閃光が
瞬間、遥か上空から
太陽に照らされギラギラと乱反射する、意匠の凝った銀のフルプレートの鎧。
美しい純白のマントをたなびかせながら、獅子を象った兜は威圧感を放つ。
両手に雷の魔力で具現化した剣を手に、魔族埋め尽くす戦場に…勇者は現れた。
◇
「我が娘ティアナよ」
薄暗い大広間。
「はい、お父様」
名前を呼ばれ、燃えるような紅色の髪が揺れる。黄金のように輝く瞳、血が通っているのか怪しい真っ白な肌を持つ少女の名前はティアナ。
巌のような大男…魔王の娘である。
黒を基調にしたドレスを身に包んだティアナは、はっきりとした声で顔を上げた。
魔王に呼ばれた理由はティアナ自身分かっていた。
先の戦争で現れた雷を操る銀の鎧…勇者の存在によって、数で圧倒していた魔王軍は敗走を強いられた。
勇者の存在は魔王を
その戦いぶりは見たものを戦慄させ、恐怖させ、戦意すらも削いでしまうような圧倒的な強さ。
ティアナ自身も遠隔で見ていたため、勇者自身の強さはよく理解していた。
そして、知っているが故にティアナは思う。
(いや、無理でしょ!?)
ぶっちゃけると…無理。
むりむりのむーりーー!たった一人で戦況を覆す人間なんて、ハッキリ言って殺す事なんて不可能だ。
それも魔王にだって手が届き得る程の実力者。
ティアナはどっちかと言うと戦意を削がれてしまった側なのだ。
が、しかし。
魔王は知ってから知らずか…重く響く声でティアナに命令を与える。それはティアナ自身分かっていた命令だった。
「貴様に勇者暗殺を命じる」
「あ、暗殺ですか?お父様」
「そうだ、我が覇道の邪魔になる者は早急に排する…我が娘であるならば、勇者の暗殺など簡単なものだろう?」
簡単な訳がない。
魔王の勝手な期待がやけに重い…だが、ティアナはそんな魔王の無理難題を聞いて尚。
期待に応えたい…そう言わんばかりの澄み切った瞳で、ティアナは声を上げた。
「〜〜ッ!はいっお父様!!私が勇者の暗殺をやってみせます!!」
「ほう、良い返事だ…楽しみにしているぞ?ティアナよ」
「はいお父様!必ずや…勇者の首を取って差し上げてみせましょう!!」
高らかに宣言をして、ティアナは立ち上がる。
黒のドレスがくるりと舞う。それはまるで舞踏会のようにひらひらと華麗に。
そうして、ティアナは
それを見計らったように魔王は吐き捨てた。
「ふん、出来損ないが…貴様如きに期待などするものか」
踵を吐くように悪態付いて…魔王はニヤリと口角を歪める。
「これで面倒臭いヤツも居なくなるというものよ…クックック」
薄暗闇に覆われた大広間で、不敵な笑みを溢す魔王。ティアナ自身、魔王の本心なぞ知るよしもなく…期待に応えんと子供のようにスキップをして暗闇へと消えていった。
私は出来損ないだ。
魔王の子供として生まれてきた私は、圧倒的な力を持つ魔王の血を継ぐ者として期待されていた。
天地を揺るがす程の力、万の軍勢を率いるようなカリスマ、他の追随を許さない知能。
そんな才能なんて私にはなくて…お父様の期待に応える事は出来ずに、私は出来損ないのレッテルを貼られた。
妹達に虐められ…お父様からも見限られ、魔族の皆も私を白い目で見ている。
辛い、寂しい、悲しい…けど、それは私に才能がないから。だからこんな目に遭っているんだって思うと、私自身が酷く憎かった。
私だけが世界の除け者。
期待もされない出来損ない。
だからこそ、お父様から命じられた勇者暗殺は私にとって一筋の光明だった。
昔読んだ、悪党が気まぐれに助けた蜘蛛が助けにきてくれた話のように…か細くも希望に満ちたチャンス。
お父様に褒められたい、認められたい!
出来損ないではなく、私も魔王の血を引く者なのだと!皆んなに認めてもらう為にも!!
私は勇者暗殺を遂行させる。
確固たる意志を秘めて、ティアナは見えてきた街を睨む。
時刻は夜、黒の帳に閉ざされた世界は恐怖を
グランサス王国。現在魔国と戦争中の巨大な人間の国。
夜の帳ですら拒む営みの光に、ティアナは目を眩ましたのか薄ら眼のままそれを見つめる。
王国の中心にある王都…あそこにティアナの標的。勇者がそこにはいる。
「勇者…」
脳裏に浮かぶのは銀の鎧。
遠隔水晶から覗いた戦争の景色は、それはそれは酷いものだった。
勇者が現れるや否や、閃光と共に雷鳴が戦場を轟かせた。まるで勇者に付き従うかのように雷は埋め尽くしていた魔族の軍勢を焼き払ったのだ。
雷鳴と雷光。
ピカピカゴロゴロと、雷に触れた者は焼かれて灰になり、それは波紋のように広がって魔族を灰にしてみせた。
勇者自身、殆ど何もしていない。
時折生き残った魔族が勇者に刃を向けたが、垣間見せる勇者の強さはかなりもの。
あの重鎧を着込んでいるにも関わらず、素早く移動し手に持っていた剣で、圧倒的スピードで切り刻む。
それは見事な微塵切り、ティアナも目を覆いたくなる程のグロテスク…。
最後に残ったのは太陽に照らされて光り輝く銀の鎧だけ。
空からは雪のように虚しく舞い散る灰の雪。
戦場の真ん中で一人立ち尽くす銀の鎧は、まさに怪物としか言いようがなかった。
いや、これどうやって勝つの?
というのがティアナの感想。
だがしかし、暗殺ともなれば手段は簡単だ。
そもそも正面から戦う必要がないのだ。それもバレない限りは大丈夫…そう思いたい。
「けど、弱音なんて言ってられないわ」
きゅっと両手を握る。
視線の先には王都の光、けれど見ているのはそこではなく…王都の何処かにいる筈の勇者の存在。
かくして、魔王の娘ティアナの勇者暗殺の物語が始まったのだった。
◇
「うぐっ…揺れすぎててぎぼちわるいぃ」
馬車に乗って数日間。
人間に扮して馬車から王都までやって来たは良いのだけど…問題が発生。
長時間揺られすぎていて…すごく吐きそう!!
胃の中がぐるぐるするような、むかむかするような…そして今にもひっくり返ってしまいそうな、そんな不快感。
け、けれど私は魔国第二王女ティアナ!!こんな馬車酔いなんかで吐いてる場合じゃあ…。
「う"むっ!?」
あ、やばい。吐きそう。
喉の奥が熱くて膨れてる気がする、ていうか今にでも出そう。
というかここに出す訳にはいかない!人がすごい多いいし!!
人間に変装してる身とはいえ、王女が…こんな街中で吐く訳にはいかない。
私は限界が来る前に全力で駆けた。
目指すは人気のない路地の裏、丁度よく路地裏があったから私はすぐさまそっちへと急いで…そして。
「ハイッ!カモゲーーーット!!」
不快極まる声が背後に響いた。
咄嗟に振り向いて相手を確認しようとするが、そうはさせまいと背中に衝撃が走る。
どんっと手で強く押されたのか、体勢を崩して地面に身体をぶつけてしまう。
吐き気も相まってか、最悪の気分だった。
ぐわんぐわんと揺れる視界の中で、隅の方から足元が見える。
薄汚れた皮のブーツ…そして、視線を上へと移動させるとチンピラ染みた男が不快な笑みを浮かべながら立っていた。
「うっ…ぐ、ぇ"ぇ"」
「へぇ〜?この状況で俺らを睨むとは随分と威勢が良いんだなァお嬢さん?」
「おい見ろよ、コイツ結構良い服着てるぜ?それもツラもいい…売り飛ばせばかなりの値になるんじゃねぇのかァ?」
最悪だ…。
人間の国なのだから、もっと警戒しておけば良かった!!
しかも、これは計画的犯行なのだろう。
この男達は最初からこの状況を狙っていたのだ。馬車酔いで弱った状態…そして路地裏へと逃げ込む事を。
自分の浮かれぶりに嫌気が差す。
せっかくお父様に期待されてるのに…こんな所で終わるなんて、そんなの!!
「や、や"めで!!はなじで!!」
「お、元気じゃん」
「ハハッでも無理無理」
必死に抵抗するものの、男達は嗤う。
所詮、女一人の力…特別な才もないティアナにとってはそこら辺にいる人間と変わりない。
抵抗虚しく男達に両手を塞がれるティアナ…。
「へへっ…丁度いいここでやっちまうか?」
下卑た笑みを浮かべて、男は嗤う。
その意味をすぐに知って、ティアナの顔は深い青色に変わっていった。
いや、やめて。やだ!!いやっ!!
虚弱な身体を必死に動かす。
だけど、ビクともせずまま…そして。
「女の子襲うなんて、キミら最低だね」
凛とした声が響いた。
路地裏の奥、薄闇の向こうからカツコツと音が響くと、徐々にそのシルエットが明らかになっていく。
スラリと伸びた長い身長。
短く切った綺麗な黒い髪。
雪のように真っ白な肌。
鋭く尖った眼差し。
中世的な顔立ち。
それはまるで王子様のような…綺麗で精巧な顔立ちの彼は男達を見るや否や、キッと強く睨んだ。
「最近、旅行客を狙った追い剥ぎが多くてね……もしかして、君らかい?」
「………んだよ、てめぇ」
警戒に満ちた野太い声が響き渡る。
ギラリと狂犬のように血走ったその瞳は、殺すと言わんばかりに強烈で、ティアナは恐怖のあまりに押し黙る。
けれど、助けにやってきた彼はクスクスと可笑そうに笑って…。
「そこのお嬢さん、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ?そんな雑魚瞬殺だからね」
「なんだとごらぁ!!?」
「だって事実だし…?まぁ、追い剥ぎかどうかなんて倒してから確認すればいいかな」
「なんだてめぇ!?やんのか!!」
「ああ、やるさ」
彼は不敵に笑う。
そして瞬間、彼は地を蹴った。
それはティアナ自身目を見張るもので、彼はすぐさま圧倒的なスピードで男達との距離を詰める。
「んなぁっ!?」
「なんだと!?」
驚きに満ちた男の声、けれどそれよりも疾く。
彼の拳は男の左肩、胸、顎を正確かつ素早く突いた。
左肩が衝撃で傾く、胸を突いて後方へと飛んでいく瞬間、顎を掠めて脳震盪を起こす。
まさに神業…男は後方へと吹き飛んでいくと音を立ててその場で倒れ伏していた。
「す、すごい…」
「どう?やるでしょボク」
「な、う…うそだろ!?」
「嘘じゃないさ、これが現実…さ、お前もすぐにぶっ飛ばしてやるからッッさァ!!」
「がぁっ!?」
みぞおちストレート…。
思いっきり入ったみたいで男は白目を向いてその場で倒れてしまった。
そして、この場に残っているのは彼とティアナだけ…沈黙が数秒だけ支配して、くるりとティアナの方へと翻った。
「キミ大丈夫かい?」
「え、ええ…」
「気をつけなよ?王都にはあんな感じで悪い大人達でいっぱいだからね。あっそうだ、キミ体調悪そうだからぁ…はいっ!」
「えと、これは?」
手渡されたものは…タリスマン?
魔法陣が描かれていて、その中央には緑に輝く宝石が一つ…。
綺麗…と感想を抱くのも束の間、どうしてそんなものを?と視線を向けると彼は小さく笑った。
「それ、持ってるといいよ。握っていると体調を良くしてくれるお守りでね、馬車酔いとかならたちまち良くなるから」
「え、あの…そんなの貰っても」
「いーのいーの!じゃあ私、この二人を連れて憲兵に差し出すつもりだから!」
そう言って転がっていた二人を軽々と持ち上げると、じゃあね!と一言言って路地裏から消えていく。
ティアナは…そんな彼の後ろ姿を見ながら。
「ま、まって!!」
宝石のような眼差しで彼を見つめる。
高鳴る心臓を抑えようと手を当てて、必死に音を隠しながら…熱く燃える頬のまま、ティアナは呼び止める。
「ん?なに?」
ドキドキと鼓動がうるさい。
あんな強さを見せられて…高鳴らずにはいられない!!
どうしようお父様…私、もしかして!!
「あのっ!お名前を教えてくれませんか!?」
それはまるで乙女の姿。
恋焦がれ、熱い眼差しで彼を見つめて…。
「ボクの名前?そうだなぁ…ボクは」
そして、彼は。
「ヒナタ。今は勇者をやってる」
「…………は?」
私が殺すと目標にしている…勇者の名前を口にした。
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