魔王の娘、勇者に愛されてまして。

プロローグ 勇者に愛される魔王の娘


 まず最初に寝込みを襲った。

 ぐっすりすやすやと眠る標的を横に、月光に照らされてギラリと歪に輝くナイフを容赦なくおもいっきり喉元に刺してみせた。


 けれど、ナイフは見えない壁に弾かれると同時に「ボキリ」と音を立てて、刃が折れるとどこかへとぽーんっと飛んでいった。

 標的は…こういう事態を予測して自動防護オートガードの魔術を仕掛けていたみたいで、自分の攻撃では自動防御の硬度を上回る事が出来ないと静かに悟って、折れたナイフを見てしくしくと一人寂しく泣いた。


 お小遣いで買ったナイフが……。


 次は毒を盛った。

 標的はこちらを信用しきっていたので、毒を盛るのは非常に簡単だった。

 彼女が使うティーカップに紅茶と一緒に毒を盛ってみる…変色して毒々しい紫色になって焦ったけど、標的はそんな事はさして気にしない。

 これは成人男性が一滴だけでも昏倒し、数分後には死んでしまうという超危険な激毒だ。


 これなら標的を殺せる…と思わずニヤケ顔が溢れてくる。

 そんな怪しさ全開のまま紅茶を差し出すと、標的は警戒もせずに一口啜った。


 バカなやつだと内心ほくそ笑んだのも束の間、数分…数時間経っても効果は現れなくて…のち猛毒完全耐性ヴェノムレジストのスキルが常時発動している事を知って、その時は深く絶望した。


 毒、すごく高かったのに…。


 三度目の正直、次は騙し討ちをする事にした。

 罠が張り巡らされている迷宮にて、事前に入手しておいた情報を使って危険な場所へと標的をいざない、送り込む。

 その奥には巨大で凶暴なモンスターが暴れており、自らの手で殺す事が出来ないのは大変悔やまれるが…それでも標的はモンスターによって殺されるのだと思うと、ウキウキで心がぴょこぴょこと跳ねるような気分だった。


 けれど標的はモンスターを狩ってみせた。

 きちんと証拠となる部位を持って帰って、ニコニコと満面の笑みを浮かべると。

 『これで沢山金貨貰えるね』と言っていて、とても腹が立った。


 けど、分け前はきちんと貰えたので…胸の内に巣食っていたイライラはすぐに消えた。

 その日は欲しかったアクセサリーを買えて、少しだけ嬉しかった。


 そうして、何度も何度も何度も手を変え品を変えて魔王の娘である私、ティアナは勇者ヒナタを暗殺せんと仲間のフリをして暗躍をし続けていた。

 しかし、依然として殺せる気配はなく…勇者の仲間として日々を過ごす毎日、なんだけど。


 一つだけ、大きな誤算があった。


「ねぇねぇティアナ」

「はいはい、なんですかヒナタ?」


 背後から聞こえる勇者の声。

 私、ティアナは面倒臭げかつ苛立たし気に声をあげながら、声の方へと顔を向ける。

 すると、ふにって柔らかい感触が唇に伝うと…思わず反射的に体がゴムのように飛び跳ねた。


「どわほぉっい!!?」

「えっへへぇ…キスしてみた!」


 頬を紅色に染めた勇者ヒナタは、へらへらとだらけきった笑みを浮かべて、チロリと舌先を出す。

 反省の色もない彼女だが、右手には空の酒瓶があって…ふらふらと今にでも転びそうな足取りだ。

 酔っているのは一目瞭然いちもくりょうぜん…しかし、ティアナは騙されないという勢いでキッとヒナタを睨みつけた。


「毒に耐性あるクセに、酔うなんて有り得ないでしょう!」

「あっはは!ばれちゃったぁ?完璧だと思ったんだけどなぁ〜?」

「完璧とかバレない以前に突然キスをしないで!!!」

「えぇ〜?いいじゃん好きなんだからさぁ」


 ヘラヘラと反省もなくヒナタはティアナに詰め寄ると、傷ひとつない真っ白な手で触れて、味わうようにティアナの身体を撫で回す。

 すりすりとティアナのお腹を撫でて、へその周りを指先でツゥーっと回して、もてあそぶ。


「くぅっ…変態っ!!」

「イヤなら拒めばいいのにさぁ〜?ていうかティアナってば相変わらずすべすべだよねぇ〜♡」


 ずっと触っていた〜い!と声を上げながら、ヒナタの手は服の下を潜って、至る所を許可なく触れる。

 お腹から背中、背中から胸へ…巧みな指遣いで蛇のように這うとヒナタは勇者らしからぬ卑猥な笑みを浮かべている…。

 

 なんたる屈辱。

 魔王の娘たる私が、高貴な血族たる魔族が!こんな勇者の慰め者にされてるなんてぇっ!!


「い、いい加減その手を離してヒナタ!さもないと本気でキレるよ!!」

「え〜?でも、キレても怖くないしいっかなぁ〜むしろその方がかわいいし?」

「なんだとぉぅ!?」


 カッチィ〜〜〜ンッ!!!

 喧嘩売ってんのか勇者めぇ!!ぶちころだぞぶちころ!!地獄の業火で焼き切るぞ!!

 こんがり焼いて美味しくたいらげてやるからなぁッ!


「それにさぁ?それだけうるさいと口を塞ぎたくなるんだよねぇ」

「ちょ、はぁ?何言って……ってなに!?近付かないでって、ちょぉっとぉ!!」

「こんな風にさ♪」


 ぐいっと勇者の怪力で身体を引っ張られると、ヒナタの身体に無理矢理抱き寄せられる。

 柔らかい胸に顔をうずめられると、強いお酒の匂いが鼻を刺激する…。

 そして、その奥底からヒナタ本来から香るほのかに甘い蜂蜜のような匂いが鼻腔をくすぐると…。


 もう一度、私の唇にやわい感触が伝った。


 今度は口全体に、柔らかくねっとりと湿《しめ》った…生温かい感触。

 粘ついた粘液は勇者の唾液、私の舌が無理矢理ヒナタの舌に犯されると口の中でぐるりぐるりと絡めあい、のたうち回る。


 唾液が混ざり、微量のお酒が残った口内でお酒特有の熱がふわりと包み込む。


 ティアナはそんな熱にあらがうが、自然と嬌声のようななまめかしい、声にも満たない甘い吐息が室内に響き渡った。


「ん、ぁっ…やめ、てっ…あ、んぅっ…ねぇ、あっ…む、ぅぅ」


 思考が停止しかける。

 長時間の長いキスをして、呼吸を一旦挟もうと口が離れた…。

 キラリと艶かしく光りながら、唾液の糸が橋となって両者の舌先に架かる。


「はぁ、はぁ…」

「相変わらずティアナのナカは気持ちいいね♪」


 両者共に息を荒げながら、溶けた瞳で見つめ合うとヒナタはクスクスと楽しそうに微笑んだ。

 そんな勇者の姿を見て、ティアナは思い出したようにキッと強くヒナタを睨んだ。


「こ、こんのぉ!!」

「あははっ!効かないってぇ〜」


 抵抗として細く白い両腕で、何度も何度も突き放したり殴ってみる。

 けれど、鍛え上げられた強靭な身体を細木のような細腕では突き飛ばすことは叶わない。

 

 ヒナタは抵抗するティアナの姿を愉快なショーとでも思っているのか、愉悦に浸った意地悪な笑みを浮かべて舌を舐めずると。

 もう一度ティアナの五月蝿うるさくのたまう口を塞ぎ込んだ。


「ぐっ、むむぅっ…」

「んふふっ」

 

 じたじたばたばたじたばたばたじた。

 何度も何度も抵抗するけれど、勇者には敵わずティアナは貪られ続ける。

 そして、諦めたのか遠い目のまま天井を見つめた。


 魔王の娘、魔姫ティアナのたった一つの大きな誤算。


 魔王であるお父様に勇者暗殺を命じられてから早数ヶ月。

 寝込みも毒殺も騙し討ちも全てが失敗に終わり、長い時間ヒナタと過ごしていたせいで…。


「ティアナぁ…大好きだよ♡」

「く、くぅっ…こ、このっ!このぉぉっ!!」


 勇者に惚れられて…溺愛と呼べる程に一方的に愛されていた…。


「ほら、もう一度キスしよ?ね?」

「やぁめぇろぉ〜!!近付くなぁあ〜!!」


 その日は、何度もヒナタのキスに付き纏われて、深い絶望を味わった。

 それでも、勇者暗殺の命をティアナは諦めてはいない…。


 じっと耐え続け、その日が来る時まで諦める訳にはいかないのだ。

 でも…ちょっと折れそうです。


プロローグ END

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る