第38話 力よ我に還れ

 起き出さぬように荷物からロープを取り出したヒメノは気絶したトゥルースを縛り上げる。

 ここまで豹変した彼との戦いに気を取られていたのもあるだろう。

 あれこれと手間取って15分ほどが経過し、目を覚まして治療が不完全な傷を押して下から上がってきたガクリンの目にあられもない姿のヒメノが飛び込んできた。


「無事か……って、なんて格好をしているんだよ!」


 驚くのも無理はない。

 トゥルースに脱がされたズボンだけでなく、上着もはだけていて裸同然の格好になっていたのだから。

 下着も汗が染みて透けそうな状態で尚更である。

 その格好を見て驚くよりも笑いが先に出たのがもう一人。

 まだ目覚めないアズミを背負って姿を表したミオは大笑いだ。


「前のときも裸だったけれど、もしかしてヒメノちゃんは脱ぐと強くなるんじゃない?」

「そんなわけないよ!」


 二人に言われてようやく裸の状態を自覚したヒメノは座り込む。

 こうなると先程まで騎士を相手に殺し合いをしていたとは思えない年相応の少女の姿であろう。

 そんなヒメノにガクリンは自分の上着を脱いでそっとかけてあげる。

 怪我を負った際にところどころ裂けていて穴開きなので、むしろ卑猥に見えるのだがミオもここでは茶々を入れずにこらえた。

 ふざけるよりも先にヒメノにはやってほしいことがある。

 そのためにはからかう余裕はない。


「ありがとう……ガクリン……さん……」

「トゥルースに脱がされた服を見つけたらさっさと着替えろよ。その上着だってボロボロだし」

「うん」

「ハイハイ、青春はそのくらいにして一旦ストップ。それよりも先にヒメノちゃんにはやってほしいことがあるぜ」

「何をさせる気だよ? お姉さん」

「元々サンスティグマは全て産まれたばかりのヒメノちゃんが持っていたって話だったよね。だったらたぶん行けると思う」

「それがなにか?」

「サンスティグマを使って刻んだ入墨の痣はサンスティグマの持ち主ならば消せるのよ。だから本来の持ち主であるヒメノちゃんにもその力は残っているハズさ」

「まさか」

「わたしがヒメノちゃんに水の痣を刻んだときに感じたんだけれど、ヒメノちゃんの体には薄っすらとサンスティグマの跡が残っている。ウチの親父もわたしにサンスティグマを渡した後でも痣の力が多少残っていたし、ヒメノちゃんだってやれば出来るぜ」

(本当かな?)

「ほら……こんな感じに」


 ミオはヒメノの手を取って縛られて横たわるトゥルースの脇に彼女を連れ出すと、縛り上げる際に手甲を外してあらわになっていた左腕の痣の上に手を置いた。

 そして耳元で囁く。


「復唱して……力よ我に戻れ」


 ミオの言葉にヒメノが従うと、左腕に薄っすらと浮かぶ痣が少し熱を帯びた。

 そしてトゥルースに刻まれた痣が次第に薄まっていき、ヒメノのそれが逆に色をほんの少しだけ増す。

 続けて右脇腹の痣にも同様に手を添えて真言を唱えるとこちらも痣が消えていった。

 トゥルースの持つ痣がすべて消え失せたことで彼はもう痣の力が使えない。

 普通の人間と同じになったとミオは笑う。


「聞いた話だと騎士としてのコイツの強さは痣の力ありきだというしもうオシマイだぜ」

「そういう言い方はちょっと酷いですよミオさん」

「前にも言ったけれど……気を許すのも相手を選ぶんだよ。特にコイツの場合は周りを長年欺いてきた嘘つきなんだ。実際ヒメノちゃんだって騙された結果、犯されそうになったんだし。それともカッコいい先生が自分に欲情したら体を許してもいいってちょっと思っちゃっていた? だったらわたしよりもスケベだぜ」

「そんなんじゃないですって」


 ヒメノとしては教官としてトゥルースを慕っていたガクリンら教習所の生徒を気遣ってのフォローだったが、邪推したミオの言葉にはヒメノも顔を赤らめた。

 実際、異性からむき出しの性欲を向けられたのが初めてだったこともあり変に緊張していたのもあるので余計である。


「それじゃあ、わたしはそろそろズラかるよ。アルスくんがまだ本調子じゃないから隠れ家に置いてきちゃったし」


 それからガクリンの治療が一段落したのと、そろそろホテルの人間が様子を伺うのを抑えるのには無理があるということで、ミオはこの場を立ち去ると言い出す。

 ヒメノの前からも姿を消して、アルスが待つ隠れ家に行くつもりのようだ。

 だがヒメノは再会したら彼女に聞いておきたいことがある。

 そこで少し辿々しい口調でたずねた。


「あ、あの……帰る前に、ミオさんに一つ聞いておきたいことがあります」

「なにさ」

「奴らのアジトはデジマの何処にあるんですか?」


 ヒメノがたずねたこの情報は近衛騎士団も知らない秘密。

 王宮の人間からすればサンスティグマーダーに依頼したい人間も、逆に潰したい人間も、喉から手が出るほどに欲しがるだろう。

 しかしミオはすぐには答えずに少し黙る。

 それには彼女なりに理由があった。


「──」

「ミオさん?」

「それは今は答えられないな。アジトはいくつかあるからコレと断言出来ないし、何よりわたしも返事を寄越せと言い出すオッサンどもからの連絡をガン無視してたせいで変に追われている最中でね。ぶっちゃけ今のヒメノちゃんに猪よろしく突進されたら迷惑ってワケ。だからヒメノちゃんは今のうちは修行に明け暮れたり、パチゴー周りで殺しの仕事が起きたら潰しまわっていてほしい。アルスくんが本調子になったら一旦わたしの方から乗り込んで、頃合いを見て連絡するからさ」

「確かにヒメノが早くアジトの場所を知りたいって気持ちもわかるけれど、今は力をつけることを優先するってのは俺も正論だと思うぜ。こちらから攻めても返り討ちにされたら意味がねえし」

「そうよヒメノちゃん。先生のことは残念だったけれど、こっちのお姉さんが探りを入れると言うのならそれをドックウッドの家で待ったほうが得策だと……って、あれ? お姉さんは?」


 ミオは伝えるべきことは伝えたと言うことなのだろうか。

 ガクリンらがミオの意見に賛成しヒメノを説得した数秒の間に姿を消していた。

 入れ替わるように部屋に押し込んできたホテルの従業員とパトロールに状況を説明することになったガクリンは苦労をするが、騎士の見習いとメイド二人という三人組では彼以外に適任も居ないため仕方がないだろう。

 事後処理を終えるとトゥルースは近衛騎士団員としての立場もあってか馬車で王都まで護送されることとなり、その先で沙汰にかけられる。

 それに付き合っては時間がかかると言うことで、ガクリンとアズミはこのままコノースで一夜を過ごしたら馬で先に王都へ帰ることになった。

 当然、外遊の引率者を失いドックウッド家に戻ることにしたヒメノも一緒である。

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