第37話 決着
矢を使い切ったヒメノは弓を投げ捨てると鉈を引き抜いて間合いを図る。
トゥルースの攻撃で最も警戒すべきは先程矢を爆壁で防いだ爆ぜる剣だろうが、そもそも今のヒメノの腕力と技量では覇断でも当たれば即死だろう。
「安心したまえ。今のはキミには使わないよ」
「必要ないってことでしょうね」
「いいや……アレを使ったら加減をしてもキミの体がミンチになる。それでサンスティグマが失われてしまうのは私も好ましくない」
(ボクを生け捕りにするつもりなら今のうちに決着をつけないと)
「しかし……絶対に殺さないとは約束出来ないなあ!」
剣に精気をこめたトゥルースが上段に構えてヒメノに迫る。
彼の狙いはヒメノの手足。
サンスティグマが刻まれている右腕を切り落とせればそれで良し、足を切って動きを封じられれば連れて行くだけ。
先ずは機動力を削ぐ足首狙いに切り落とされた剣をヒメノはタイミングよく飛んでかわした。
空を切る横薙ぎに振るわれた剣先は足元を通り過ぎたところでピタリと静止し、1秒にも満たない呼吸を置いてから地面に対して垂直方向に登る。
これは近衛騎士団式剣気術の技の一つ「曲角」と言い、刀身にこめた精気で剣の動きを自在に曲げる奇剣を実現した。
(とりあえず左腕)
ヒメノは空中にいてこのままでは左腕が体と別れる。
足払いをジャンプでかわされた時点でヒメノはトゥルースの狙い通りに動かされていた。
「はぁっ!」
対するヒメノは鉈の刃先を左腕に向けると、上から腕を押し当てて登り来る剣をガードする。
このまま押し切られれば剣の振るう軌道の先にある脇の下から腕が切り落とされるので、ここはヒメノも渾身の力をこめた。
(思いのほかあの鉈は頑丈だな。曲角では切れぬか)
金属と精気がぶつかり合う音が部屋に響く。
衝撃を受けた左腕に走る激痛をこらえてヒメノは顔を歪ませたが鉈は刃こぼれもない。
逆にトゥルースの振るった両刃の剣が刃こぼれしたほどだ。
(激突の瞬間に感じた手応え……ボクが怯まなければ……)
「今の曲角を防ぐとは……その鉈は予想以上の業物のようだな」
「元々は父が愛用していた品だよ。お世辞でも褒めてくれるのなら父も喜ぶ」
「死人が喜んだところでどうにもならんさ。次は覇断で行くぞ。キミにはこの意味がわかるか? ヒメノ」
ヒメノは痛みで左腕が動かせない様子。
次の攻撃を覇断で行うという宣言はさっきのように防ごうとしても無駄だというサインなのはヒメノも理解していた。
精気を剣に纏わせて斬撃を強化する覇断という剣気術は近衛騎士団では基本にして最大の奥義とされている。
その理由は極めれば柔をも断ち切る一撃必殺の威力にあった。
トゥルースの騎士としての評価は見切りや虚仮落としといった柔の技を不得手とする反面で覇断に代表される剛の技を得意とするというもの。
これらは複数の痣を持つことにより操れる精気のキャパシティが多いことに起因したインチキのようなものだがそれでも実力は本物である。
そんな彼が振るう覇断はチャチな防御など防御の上から断ち切る極まった豪剣。
避けようにも一度振るわれればそれも困難。
「どうやらわかっているようだが、実際にはその想像の数倍は上だと言っておこう。では行くぞ!」
剣を縦に構えたトゥルースはそのまま足に精気をこめて床を踏み抜く勢いで駆け出す。
一撃にかけるトゥルースはヒメノが反撃しようともお構いなし。
多少の攻撃など土の痣によって強化された肉体には通用しないし、そのまま相手の刃物ごと断ち切れば勝負はつくからだ。
普通の騎士ではなかなか出来ない痣持ちという利点を活かした猪突猛進。
瞬く間にヒメノはトゥルースの間合いに捉えられた。
振り下ろす瞬間など目視できない。
拳と肘と肩が動いた瞬間に剣は加速を開始しており、捉えられたということは切られたのと同義であろう。
(手応えあり)
振り切った剣が肉を裂き、骨を断ち、重力に従って抜けるように落ちていく。
その感触にトゥルースは勝利を確定した。
「あれ?」
だが直後にバランスを崩したトゥルースは違和感を覚えた。
力が抜けていく感覚。
握力が入らない。
足腰が踏みしめられない。
体が崩れていく。
「ヨシ!」
トゥルースには聞こえない下の部屋でガクリンが叫んでから倒れていた。
トゥルースがヒメノを間合いに捉えた瞬間、剣を振り抜いたガクリンが飛ばす虚仮落としが彼を捉える。
床越しに飛来した精気の刃に真下から体の内側を断たれたトゥルースは体が麻痺していた。
だがこれだけではトゥルースの土の痣で強化された体には通用しないハズ。
その答えはトゥルースの握る剣にある。
(出来た。不安もあったけれどガクリンの虚仮落としが間に合ったおかげかな)
トゥルースの覇断に対してヒメノの方でも空と水の両方の特性を組み合わせた楓で鉈を強化して横薙ぎに振り抜いていた。
先程曲角を受けた際につけた剣の刃こぼれ。
トゥルースは鉈の質の良さと曲角では威力不足だったことで打ち負けた結果だと思っていたわけだが、実際には刃同士の激突を支えようとして添えた左腕にかかる負荷が激痛となり、その痛みでヒメノの精気が乱れたことが原因である。
これを自覚するヒメノはもし精気と刃筋を乱さずに振り抜くことができれば、トゥルースの剣を両断できる手応えを得ていた。
それでも失敗すれば死ぬ状況で試すのは度胸の範疇を超えている。
しかも精気のパスで合図を送るガクリンの援護攻撃も通用する確信なし。
一度命のやり取りをすると決めたヒメノは気が狂っているとさえ言えた。
だが、だからこそ、ヒメノのサンスティグマは大きな力を発揮した。
入墨とはいえ本来の持ち主が空と同時に精気を振り絞り、しかも床一枚下には現在の持ち主もいる。
結果、ヒメノの楓はトゥルースの覇断よりも勝る切れ味を生み出した。
振り抜かれて両断されたことで剣の先はヒメノの後ろに飛んでいく。
鉈は刃が短いため傷そのものは浅いが水の痣の影響で振り抜くとともに飛ばされた精気の刃はトゥルースの心臓を捉えて土の痣による肉体強化を無効化した。
そこにガクリンの虚仮落としが直撃したのだから堪えようもない。
(どうなっている?)
切ったつもりが切られているのだから困惑もさもありなん。
事態を把握できないままトゥルースは床に伏した。
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