第35話 爆ぜる剣

 それはヒメノたちがオイスタを出発した馬車で最初の夜を過ごそうと準備していた頃。

 教習所が休みだったこともあり、自宅でのいつもの稽古を終えたガクリンとアズミが休憩がてらキジノハの相手をしていた時のことである。

 急になにかに反応したキジノハについて行った二人の前に、背が高くて長い棒状の袋を抱えた美女が現れた。

 ヒメノの姉と名乗る彼女にアズミが張り合ったのは脇にどけるとして、彼女の言葉によればヒメノに危機がおとずれているという。

 トゥルースが危険人物だと言う話を見知らぬ人間から聞いても信じられないのも当然であろうが、キジノハの態度から万が一を考えた二人はコサクにも黙って家を出る。

 川下りの最終便に乗ってオイスタに降りた三人は駅で早馬を借りるとそれを乗り継いで馬車を追いコノースまで先回りしていたわけだ。

 彼女が言うにトゥルースの外遊とはサンスティグマーダーのアジトに顔を出すための方便。

 そしてコノースに立ち寄るのは近衛騎士団員としての表の顔で溜まったストレスを発散するために行っているルーティンだという。

 案の定色街に現れたトゥルースはヒメノを豪華なホテルに連れ込んで淫行を働こうとしていた。

 そしてその後は彼女を殺して空のサンスティグマを奪う算段。

 彼がサンスティグマーダーの人間であるという彼女の話を信用するに値する光景がガクリンの目の前で行われていた。


「今やろうとしたのは婦女暴行ってやつだぜ。まさか生真面目で通っているアンタが一皮向けば野獣だなんて驚きだよ」

「そうか……キミにはそう見えたのか……」

(相手は腕利きのトゥルース先生。ということはガクリン様よりもずっと強い。だけど油断している今だったら)

「ならば行為に及ぶためにズボンを脱ぐ瞬間に飛び込むべきでしたね!」


 相手は格上。

 ただし丸腰という好機を逃すものかと飛び込むアズミの手には細身の重剣「ベタン」が握られていた。

 しなやかで頑丈な極細の刀身を構成する金属は見た目に反して一般的な鋼と比べて数倍の重量があり、トータルでは同じ長さのトゥーハンドソードと大差のない重量を誇る剣で、その特性から短い刀身を拵えた仕込み武器として人気のある刃物である。

 アズミのモノは杖に仕込んだ刀身約80センチの一品。

 ある程度の剣術を身につけている人間向けでありアズミにはピッタリの武器であろう。

 丸腰でその一刀を受ければ普通なら瀕死は免れない。

 アズミは例え教習所の先生が相手であろうとも妹が仇と呼ぶ相手の仲間であれば容赦がない。

 だが──


「このように防がれる」


 普通ではないトゥルースは差し出した左手でアズミの横薙ぎを受け止めるとそのまま刀身を握ってしまう。

 両手を力いっぱいにアズミが引いてもトゥルースビクともせずそのままベタンを奪われた。


「これで私が丸腰というのアドバンテージをキミたちは失ったわけだ」

「だからなんだって言うんだよ。今更先生ヅラして講義か?」

「カンに触るガキだ。ちょっとばかり剣術が得意だからと調子に乗っていて、私は前からキミのことは不愉快に感じていましたよ」

「俺だけを? 冗談だろう」

「何故そう思う」

「先生は生徒に対して別け隔てなく接していた。それは俺もわかっている」

「フフフ、それがキミの勘違いだと──」

「だから俺のことが嫌いだっていうのなら、俺以外のやつも全員嫌いだっただけじゃねえか。これで確信したよ。先生がラックパーム家の養子になった時点で嘘まみれの人生だったって話はマジなんだな」

「誰に聞いたかは知らないが──」

(ガクリン様、危ない!)

(アズミ? いけねえ……このままじゃ二人ともマズいぞ)


 凄みとともに膨れ上がるトゥルースの精気。

 ガキだと侮っていたガクリンに図星をつかれた彼はアズミから奪ったベタンに精気をこめる。

 同時に隠していた左腕と右脇腹の痣が浮かび上がり精気を操るサーキットとしてその力を十全に発揮し始めた。

 頑丈さは耐熱性にも適用されるベタンが熱で曲がりそうなほどの高熱。

 二つの痣が共鳴して大きな力となる。


(幸いこの下はあの人が待機していると言っていた部屋だ。ぶち抜くしかねえ)

「オイタをする子は居なかったことにしないとなあ!」


 ホテルの損害などお構いなしに精気をこめた剣を振るうトゥルース。

 ガクリンとアズミを一刀のもとに消し去ろうとした彼の剣気術に似た一撃がガクリンと彼を庇おうとして飛び出したアズミを襲う。

 大きな音とともに爆発が起きると部屋はワインセラーごと吹き飛んで瓦礫が散乱するのだがベッドの上だけは無事だった。

 ガクリンたちは消し炭にしても構わないがヒメノだけは死体にしても体は極力傷つけたくないトゥルースの配慮がヒメノを守る。

 もう隠すことなどできないが彼の正体はサンスティグマーダーの複痣の一人。

 10年前にサンスティグマーダーとしての仕事中に怪我をして何も知らぬマツヨシに拾われた日から嘘をつきつづけた大罪人である。


「今の攻撃は……先生も奴らの仲間だったんですか? オイスタでは奴らに雇われたゴロツキに対して過激なほど攻撃をしていたアナタがどうして」

「ヒメノ?! 眠っていたはず」

「あいにくとボクのお腹にある痣が守ってくれたみたい。ボクに劣情をもよおしたって言うのならば先生も男の人だからと様子見していましたが、そうじゃなかったんですね」

「痣……回復……そうか……キミはあのバカ娘と……」


 睡眠剤入りのワインで眠らせたのでベッドの上だとトゥルースは思い込んでいたのだが、実のところ水の術で回復していたヒメノは彼がガクリンらに気を取られていた隙に武器を手に取っていた。

 構えるは矢が二本。

 精気をこめた櫻でトゥルースを狙い澄ます。


(バカ娘?)

「彼女の居所は後で尋問させてもらうから今は殺さん。だが……念の為にその腕は先に頂くよ」

「ボクの腕が欲しいってことはアナタも奴らの仲間だったんですね」

「この状況では誤魔化しなど効かぬか。だがそうと判断すればほんの少し前まで仲良く旅行中だった相棒にも迷いなく弓を向けるし、その隙を産むためならば友人すら見捨てる。いやはや……野山の獣を狩る猟師とは、その年齢で血も涙もなくなるのだな」

「そういう暗殺者も自分を慕っていた教え子でさえ邪魔になれば躊躇なく手に掛ける存在だ。お前が言うな」


 舌戦にしびれを切らすヒメノは櫻を放った。

 精気を纏う矢が空気の壁を突き破る。

 いくら広い部屋とはいえ間合いは5メートルほど。

 弓の間合いとしては接射に近い一撃をヒメノはかわされないと思っていた。

 だが痣の力を用いて工夫をすれば素手でも防ぐことは叶う。

 土の痣による精気の増幅で硬質化した右手が触れただけで傷を受けそうな櫻の威力をも払うことを可能にしてしまった。

 それた矢が壁に深々と突き刺さる。

 あの矢は回収不能だろう。


「私はこの距離の矢でも素手で払い飛ばせる。弓を選んだのは失敗だったな」

(まだ矢は残っているし使い切るまでは櫻だ)

「だが安易に剣に切り替えないのは正解だ。まだキミの場合は弓のほうがマシなのだから。まあ……無駄な抵抗なのだがな!」

(残りの矢を全部使っての乱れ櫻……ボクの合図に気がついてくれ!)


 ヒメノの弓を無駄な抵抗と言い放つトゥルースは彼女に駆け寄る。

 間合いを取りながら残りの矢を一気に放ったヒメノ。

 そのうちの一本があらぬ方向に飛んでいきつつ残りは全てがトゥルースに襲いかかった。


「この程度の数などこうしてくれる」


 駆け寄る際に自分の剣を掴んでいたトゥルースは抜刀をして横薙ぎに一閃。

 この剣気術もどきの攻撃は彼が持つ火と土の痣の力を組み合わせたモノ。

 増幅した精気を圧縮し物質へと放射することで爆発を生み出す爆ぜる剣である。

 アズミから奪ったベタンを用いたときには使い捨て前提で大爆発を起こしたわけだが、愛用の武器の場合は使い慣れて手に馴染んでいることもあり武器が触れた瞬間に接触対象に精気を放射して、武器を傷めずに爆発を起こす。

 最初の一本を爆破すれば連鎖してすべての矢が弾き飛び、トゥルースは爆壁に守られた。

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