第34話 コノース

 出発2日目の朝を迎える。

 ぐっすりと眠ったヒメノと違い少し眠そうなトゥルースは何処かいつもと違う顔。

 昨日の捕物があったのでその絡みで寝不足なのだろうとヒメノは言及せず、駅で手配した馬車に乗り込んだ二人はデジマに向けての長旅を開始した。

 馬車なので裸馬よりも遅いが荷物は多く運べるし幌の中で寝泊まりも出来る。

 休憩を挟みながら3日進んだところで二人は国境近くの繁華街コノースに到着した。

 いわゆる都会であるオイスタや王都パチゴーとも少し異なる栄えた街。

 誘惑と欲望の街と呼ぶ人もいるそうだ。


「今日はこの街に泊まろうか。デジマに入る前の骨休めさ」


 ヒメノは繁華街など初めてな田舎娘なので戸惑ってしまう。

 トゥルースからすればもう少しヒメノが大人ならばバーに連れていけるし男ならば色街に連れていけるのにと思うが顔には出さない。


(今のはミオさん?)


 そんな中、戸惑いから周囲を見回していたヒメノはミオらしき人影を見る。

 見間違いかと思いつつトゥルースの引く手に誘われたヒメノが入ったのは豪華そうなお店だった。


「ここは?」

「宿に、レストランに、プールに……色々と一纏めにした遊び場さ。さあ、今日は無礼講で好きなモノを頼むといい」


 そこはただでさえ純朴なヒメノには思い浮かびそうもない豪華な艷宿。

 アズミならばいくら相手がトゥルースだとしても顔を叩くようなホテルにヒメノは連れ込まれていた。

 ここまで素直に連れ込められたのは旅の最中にヒメノという少女を観察した結果、彼女にはここがどんなホテルか理解できないだろうという打算に基づいた行動。

 ベッドの縁に座って飲食メニューを開いているヒメノに対して、備え付けのワインセラーから古酒を一本取り出したトゥルースはそれをグラスに注ぐ。


「豪華そうな料理ばかり書いてあって選べないですね」

「元々は猟師なだけあって獣肉の目付は確かか。まあお金の心配は私に任せて気にせず注文してくれまいか」


 そう言うとトゥルースはグラスをヒメノに差し出す。


「これは?」

「ワインだよ。酒気は強くない種類だからキミでも飲める一品ですよ」


 トゥルースは差し出したワインを飲むようヒメノに勧めた。


「お酒は……」

「なあに、ヒメノだってもう16歳だろうに」


 この世界における常識ではいわゆるアルコール度数を基準とした酒気によって飲酒のルールが決まっているのだが酔いにくい低酒気の酒は16歳から飲むことができる。

 一応は国のルールではないので破っても罰する人間はいないが、悪酔いは神罰だと信じられているため破る人間は少ない。


「折角なので料理が来てからにしますよ。父も酒は肴があってこそと言っていましたし」

「なら私もそれまで待とうかな」


 小さく舌打ちしたトゥルースは自分のグラスをテーブルに置いて料理を待つ。

 その音を楽しみにしていた酒が自分に合わせてお預けになったからと受け取ったヒメノは少し申し訳ない。

 アテにする料理を選んで伝声管で注文をしたヒメノはお詫びとばかりにグラスを持った。


「注文しましたし、先に一口だけいただきましょうか。ボクのせいで先生に我慢させたら悪いですし」


 そのまま一口だけそれを飲むヒメノ。

 その瞬間、彼女の世界が逆に回転していた。


「ようやく飲んだか」


 倒れ込むヒメノの背をつかんだトゥルースはそのまま彼女をベッドに寝かせた。


「フフフ……このまま始末するのも少しもったいないな」


 目を回し酩酊している様子のヒメノの上着を捲りズボンを脱がせたトゥルースの顔は下卑た笑み。

 今まで近衛騎士団員としては誰にも見せていなかった彼の本性が剥き出されていく。


「私も色々と溜まっているんだ。ヒメノには死ぬ前にもう少し役に立ってもらおうか」


 指先をツバで濡らしたトゥルースがヒメノの体に手を伸ばす。

 邪悪なモノを滾らせてヒメノを襲おうとする彼は王都の人間が知る礼儀正しい騎士とは程遠い。


「熱っ!」


 だがそんなスケベ心を見せる彼の手を止めたのはヒメノの左脇腹に浮かんだ紋様。

 ミオに刻まれた水の痣が世界の回転に抗う。

 そして──


「嘘だと言ってくれよ先生!」


 部屋のドアを強く開けて乗り込んできた二人組は目の前の光景を嘘だと思いたいだろう。

 ある人物の手配によりその場所に居るはずのない彼らは尊敬していたトゥルースの淫行を信じたくないのはさもありなん。


「キミこそ何をやっているんだ、ガクリン・ドックウッドォー!」


 乗り込んできたのはガクリンとアズミ。

 彼らがここにいる理由は2日前に遡る。

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