第33話 捕物
アルバ・イトの中に集まっているのは確かにサンスティグマーダーの関係者である。
ただし全員が痣を持つ能力者とは限らない。
これから中に乗り込むヒメノはそのことをまだ知らないわけだがトゥルースは知った上で触れていなかった。
「まだ見つからねえのか? どいつもこいつも使えねえなあ」
「そもそも本当にこの辺りにいるのかよ? 山の上まで行っていたら俺らじゃ把握できないぜ」
中では成果の出ないゴロツキたちを相手に上から目線で威張る男と渋々従う様子の輩が多数。
この男はカニスと言う火の痣を持った能力者で先日ヒメノによって倒されたカシューの弟である。
彼の目的は行方不明となったミオの捜索で、彼は個人的な邪推からミオが組織を裏切って兄ともども同行者を皆殺しにしたと思っていた。
ミオ捜索そのものは他の四聖痣から出された命令なので、ゴロツキたちは人海戦術のために金で雇われた連中である。
つまり金のために働いているサンスティグマーダーとは然程関わりを持たない人間というわけだ。
ゴロツキはゴロツキなりに身内の繋がりがあるため、そんな彼らが危ない仕事の打ち合わせをしている場所に見知らぬ人間が来れば当然気にかける。
何食わぬ顔で入店したトゥルースを見てジロリと目線が集まるのはさもありなん。
「今日は貸し切りだ。他所に行ってくれ」
ゴロツキの一人がトゥルースに威圧的な態度で接してきた。
ヒメノも同様に睨みつけられて気分がよろしくなく後ずさりするのだが別にゴロツキを相手に戦いになったら恐ろしいという話でもなく、単純に目の前にいる彼から獲物を前にした猟師と同じ気配を感じたからである。
「そういうわけにはいかないな。貴方たちを全員捕縛するのが私の役目なので」
「な?!」
ゴロツキが驚くのも無理はないだろう。
剣と共に腰に挿している短杖を抜きはなったトゥルースはいきなり目の前の彼の両腕を叩いたのだから。
遅れてくる激痛に嗚咽をあげる彼の左腕は毛が燃えているようだ。
これも剣気術の一種なのかと戸惑う暇もなく、これを皮切りに襲いかかるゴロツキたちに襲われるヒメノは無心に木刀を振り回した。
相手の素性がサンスティグマーダーの関係者としかわからないヒメノもなだれ込むままに応戦するが、トゥルースの意表をつく奇襲から千切っては投げるようにゴロツキの左腕を砕いていく有様に死なないように加減して戦えていた。
先に能力者を相手に一人で戦った経験とその後の特訓の成果もあり、ゴロツキ程度は足蹴にもしない実力を彼女が身につけていたのもあるだろう。
(数は多いけれどあまりにも弱い……この人たちは本当にサンスティグマーダーの人間なのかな?)
あまりの手応えのなさにヒメノは相手の正体がただのゴロツキと察しはじめるわけだが、一方のトゥルースは鬼気迫る表情を崩さなず次々と腕を砕いてその身を焼いていく。
「あとはアナタだけですね」
20人ばかりいたゴロツキたちも大半がトゥルースの手でボロボロにされて残りは一人。
トゥルースの強さを見て集まったゴロツキを見捨てて逃げようとしたカニスの行く手をヒメノが塞ぐ。
木刀を向けて威圧するヒメノの切っ先がカニスの精気を感じ取ってピクリと反応し彼女にこの男だけは違うなと教える。
対するカニスは自分を警戒するヒメノの虚をつくように左手の指を鳴らした。
(この娘さえどうにかすればこの場は切り抜けられる。いくら見た目に反してゴロツキどもより強いと言っても相手は子供。コイツを見れば驚くはずだ)
兄のカシューと同様に火の痣を用いた精気の放射で炎を発生させる術を身に着けているカニスの手品。
威力では大幅に劣る代わりに相手を怯ませることに特化した「フラッシュ・ライト」の閃炎がヒメノの目の前で爆ぜた。
(やっぱり)
しかし先に兄と戦っていた経験、そして特訓の成果から精気を操る術攻撃を警戒していたヒメノは予想の範疇に対して冷静さを保ってこれを対処。
瞳を塞がれても肌の感覚を研ぎ澄ましてカニスの位置を捉えると、水楓による一刀で彼の内側をすれ違いざまに両断していた。
「な、なんだ……」
何をされたのかも理解できぬまま倒れたカニスが気を失ったことでこの捕物を終わりとなり、遅れて突入した騎士とパトロールの手でゴロツキたちは牢に放り込まれることとなった。
数えるとカニスを含めてアルバ・イトにいた人間は22人。
そのうち18人はトゥルースの攻撃により伊達にされてしまった。
引き継ぎなどの作業が終わって一呼吸ついたところでこの日は先に進まずにオイスタで一泊することとなりヒメノは食事の時間にたずねる。
「一つ聞いてもいいですか?」
「もちろん」
食事中ということもあってかこのときのトゥルースは昼間の戦いとはまるで違う優しい顔である。
「昼間の先生は少しやりすぎではありませんか? あの場にいた全員がサンスティグマーダーの人間というわけではなかったようですし」
「ふ、フフフ」
ヒメノの疑問を聞いて吹き出すように微笑むトゥルース。
「相手は悪名高い暗殺集団です。例え痣の力をもらっていないとしても相手は全員が殺されても文句のない悪人ですよ。むしろ手心を加えようと考えているキミの考えのほうが甘いと言うより他にありませんね。それともキミは相手を殺す度胸がないのかな? 殺さずには止まらないような相手だというのに」
「そんなことはありませんよ。先生にはまだ言っていませんでしたが、ボクも奴らの仲間を殺したことがありますから」
「ほう」
話す機会がなかったミオたちとの戦い。
ヒメノは殲滅主義と受け取らずにはいられないトゥルースにはミオとの事は伏せて、火の痣を持つ男と風の痣を持つ男を相手にしたときの話を彼に語った。
ミオとアニスのことを伏せるために話を少し脚色したため実際よりも余裕のある勝利になってしまうのは少し照れるが、それでもこの二人のことをトゥルースに教えれば厄災の種になると考えれば仕方がない。
「そのときの相手は二人で間違いなかったのか?」
話を聞いて食いつくトゥルース。
ヒメノはそれだけ彼がサンスティグマーダーの殲滅に意気込んでいる結果だと思っていたため嘘と真の辻褄を合わせる。
「見てはいませんが、誰かに見られているような感覚はありました。人伝に奴らは誰か一人は最低でも隠れて様子をうかがうと聞いたことがあるのでその輩だとおもいます」
「わかっていてキミは追わなかったのか」
「流石にギリギリの勝利で……追いかける余裕もありませんよ」
「そ、そうか。ならば仕方がない」
ヒメノの話を聞いてから妙にソワソワとするトゥルース。
昔馴染みなら見抜けたかもしれない機微をヒメノにも理解しろと言うのは酷な話であろう。
二人は食事を終えて先に確保していた宿に戻ると各々の部屋に入る。
ヒメノは明日以降に向けての準備に勤しんでから早く床についたわけだがトゥルースは夜遅くまでヒメノに隠れて何処かにでかけていた。
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