第27話 トゥルース

 ドックウッド家に来てからのヒメノは午前中は朝早くから稽古に励み、午後は休憩やキジノハの相手、メイドたちの手伝いをする日々を過ごしていた。

 ガクリンらは一日おきに教習所に向かうため行かない日はガッツリと組打ち稽古をし、行く日は一人稽古なので前日の稽古を振り返りながら痣の力を用いた戦い方の研鑽。

 それに弓の腕前は猟師としての一日の長があるヒメノのほうが勝っていたので、二人に弓を教えられることはヒメノにも少し嬉しかった。

 そんな暮らしを始めてから8日目。

 コサクが一人の男を夕食会に招いた。


「本日はお招きいただいて光栄です、ドックウッド様」

「お世辞はいい。むしろワシも息子のことで世話になっている立場だしな」

「それでもアナタは引退したとはいえ近衛騎士団長です。教官とはいえ私も近衛騎士団に席を置く身。先人には経緯を払うのが騎士の礼儀であれば」


 コサクが呼び出した男の名はトゥルース・ラックパーム。

 ガクリンが通う見習い騎士教習所に勤務する教官の一人で、若さと実力から騎士を目指す女生徒やアズミのような付添メイドの人気を集めている貴公子である。

 そんな彼にはラックパーム家の実子ではないという家柄の傷があり、近衛騎士団でも分隊長のような要職ではなく教習所の教官という一歩引いた役職についている理由となっていた。

 彼がラックパーム家の養子になったのは10年前。

 それから教習所通いに2年、近衛騎士団に入隊して教官に就任するまでで5年と、異例とも言える速さで出世したのはひとえに彼の実力の高さを物語っていた。


「相変わらず礼儀正しい。キミのその態度をおべんちゃらだとさげずむ者も居るが、ワシはマツヨシの教育が良かったからだと知っておるよ。アイツは実子が居なかったから、養子のキミを一人前にすることに躍起になっておったし」

「ドックウッド様……いや、コサクさんは養父とは昔からの付き合いでしたものね」

「いわゆる幼馴染と言うやつよ。あれからもう8年になるが……ワシは今でもアイツが死ぬ前のことを思い出すことがある」

「だから今日は私を招待してくれたのでしょうか? 養父の命日も近いから思い出話でもしようと」

「それもあるが本題は別だ」

「では?」

「トゥルースくんは来月から仕事を休んでいつもの旅行に行くのだろう? それに連れて行って欲しい人間がいるんだ」

「まさかガクリンをですか?」


 コサクの申し出にトゥルースは驚いて声を出した。

 それというのも、トゥルースの言う旅行とは8年前に養父を殺した人間やその仲間を探すための外遊だからである。

 このことはコサクも知っているので、その上で誰かを同行させてほしいと言われればガクリンの名を出すのは自明の理であろう。

 息子を鍛えるために危険な橋を渡らせるという考えも理解できるが、トゥルースとしてはそれは危険なので辞めてほしい。


「私の旅行は養父を殺した人間やその仲間を探すためのもの。今までだって何度か連中の仲間とは剣を交えています。そんな場に生徒を連れて行っても私では責任は取れませんよ。だから──」

「連れて行くのはガクリンじゃあない。ワシにはダイサクという地方で町長をやっている兄が居るんじゃが、彼から預かっている女の子を連れて行ってあげてほしいんだ」


 ガクリンではないと聞いて安心するのも束の間。

 女の子と聞いたトゥルースは余計に驚く。


「女の子ですって!?」

「名はヒメノと言い、年齢はガクリンと同じ16歳。オバタの猟師で剣術は我流ながら狩人としての力量とポテンシャルは女性騎士としてワシも部下に欲しいと感じるモノのがある強い子だ。彼女自身の希望もあるし、キミがおんぶにだっこで彼女を護る義理はない。単純に同じ目的で協力する仲間としての扱いで構わんよ」

(オバタのヒメノ……まさか、例のヒメノ・ユーハヴェイか?)


 たとえ養父の友人の頼みであっても、誰も同行させるつもりなどないトゥルースは丁重に断るつもりでいた。

 だがヒメノの名を出されたことで悩みのポーズで頭を下げた彼はコサクには見えないようにニヤリと頬が緩む。

 その顔を直してから頭を上げたトゥルースは──


「そういう話ならば是非。しかし決めるのは二人で話し合ってからで良いですか?」

「もちろんだとも」


 コサクの申し出を受け入れていた。

 彼はヒメノとは面識など無いはずである。

 しかし彼女の名前を出された彼は渡りに船とばかりに心の中で喜ぶ。


(確かにコサクは元近衛騎士団長……探す手間が省けたか)

「では自己紹介は夕食会のときにでもして、打ち合わせは食後にすれば丁度いい」


 申し出を断らなかったトゥルースを見て、コサクは面倒見の良さに死んだ友人に対して褒める言葉を心の中から送った。

 その言葉が友人には届かないことに気づくことなく。

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