第28話 夕食会

 そして夕食会の時間になる。

 コサクの計らいを知らされていなかったヒメノが食堂に向かうと、彼が連れてきていた見知らぬ男性の姿に驚く。

 それは夕方に帰宅してこの日の宿題をしていたガクリンも同じだった。


「どうして先生が家に?」


 その人物とはもちろんトゥルースのこと。

 とくに初対面のため誰であろうとしか思わなかったヒメノ以上に顔見知りだからこそガクリンは驚いていた。


「今日はコサクさんの招待でね」

「家中の人間には伝えておったがお前には言っていなかったなガクリン」

「ということは……アズミは聞いていたのかよ」

「私は今夜は客人が来るから無礼がないようにガクリン様を時間通りに連れてこいとだけ。まさかトゥルース先生が来ているとは思いませんでしたが」

「別にお前が教習所の座学で成績が良くないから呼んだわけではないんだから怯えるな。この程度で狼狽えるなんてみっともない。彼を呼んだのはヒメノの為だよ。彼女が探していた協力者としてうってつけの人材が彼だったので今夜は来てもらったんだ」

「本来ならばもう少し早く伺うように打診されていたんだけれどね。今度から長期の休みを取る兼ね合いで、前倒しの残業が続いて今日まで遅れてしまったんだよ」

「ではアナタも奴らに恨みが?」

「まあ、そういうことになる。とりあえずまずは食事にしよう。暗い話はその後にして、まずは英気を養おうではないか」

「先生が一緒とか休まる気がしねえよ」


 暗い話とはヒメノとトゥルースが互いの目的を話し合えばその過程で暗い雰囲気になるのは確実だろうというコサクなりの気遣い。

 二人の顔合わせだけならばもう少し早い時間にトゥルースを呼び出せば夕食前にもできた話なので、暗い雰囲気で食事が喉を通らなくなったら彼に悪いとコサクは考えていた。

 だがそんな気遣いが息子の喉を逆に狭める。


「ガクリンさんはあの人が苦手なんですか?」


 ガクリンの様子にヒメノがそう思うのも無理はない。


「そういうわけではないのよヒメノちゃん。ガクリン様は座学が苦手だから、先生がそのことをポロリとこぼしたらコサク様に何を言われるのか気が気でないだけです」

「なるほどね」


 このあとに控えていたトゥルースとヒメノの自己紹介と懇親を兼ねた夕食会ではガクリンの不安が見事に外れて彼も一安心。

 出されたメニューが来客向けの希少な上等牛肉ということで開始前に一人怯えていた彼がむしろ一番喜ぶというおまけ付きの結果となった。

 食後、細かい話をするためにコサクの書斎に通されたヒメノは室内に入ると一変した空気に肌がひりつく。

 コサクもそうだがトゥルースも現役の近衛騎士団員というだけのことがあるようだ。


「それでは暗い話を始めようか。まずはヒメノ……彼にキミの境遇を話してあげなさい」


 コサクに言われるがままヒメノはトゥルースに自分の事を語る。

 そろそろ一ヶ月になろうかという父が死んだあの日の事と父が残した遺言を──


(こうも私に都合がよく話が進むと肩透かしを疑うものだが疑いを入れる余地はない。それにしても五つ目のサンスティグマは空というのか。世界を構成する空風火水土……私の予想通りだな)


 ヒメノの話を口を閉ざして聞いていたトゥルースが何を考えていたのかは他の二人には知るすべもない。

 だが話を聞いてヒメノを認めたトゥルースは、今度は自分も語るべきだと彼の過去をヒメノに明かす。


「アナタのことはわかりました。アナタさえ良ければ私の旅に同行してもらいましょう。なので今度は私の過去をアナタに聞いてもらいたい。私の過去を知れば私への親近感を覚えてくれるでしょうから」


 トゥルースは自分と養父マツヨシの過去を語り始めた。

 二人の出会いは10年前に遡る。

 重症を負い行き倒れていたトゥルースはマツヨシに助けられ、怪我の手当をするために養っていくうちにほだされたマツヨシの提案でトゥルースは彼の養子となった。

 物心ついてから親のいなかったトゥルースにしても父親が出来るのには憧れがあったそうで、二つ返事で彼らは親子になった。

 怪我を治して教習所に入るまでに半年。

 教習所の生徒として台頭し異例の速さで近衛騎士団入りを噂されるまで1年。

 そして実際に近衛騎士団への正式入団が決まったのがさらに半年後。

 つまり合計して2年。

 今現在から見て8年前のことである。


「──ここまでは順調だったよ。だけど私の近衛騎士団入りが正式に決まって養父に報告しに行ったその日……養父は何者かと戦って命を落としたんだ」


 そしてここまでのトゥルースの話と彼もサンスティグマーダーに怨恨を抱いているという話からヒメノも察した。


「もしかしてソレが奴らなのでしょうか?」

「近衛騎士団の見立てでもそれ以外にないと見ているね。そもそも養父はコサクさんとも肩を並べる豪剣の使い手。それを我が家に人知れず忍び込み、一騎打ちで倒した上で煙のように姿を消すことなど、悪名轟くサンスティグマーダー以外には恐らく無理な話だよ」

「付け加えると生前のマツヨシの強さは今のガクリンよりも上だ。どうだねヒメノ。今の話を聞いて臆したかな?」


 コサクが殺されたマツヨシの強さを例えるためにガクリンの名を出したのは、ヒメノが最近の稽古で何度も剣を交えている相手だからにほかならない。

 今のところヒメノはガクリン相手の組打ち稽古で一度も勝てていない。

 その上でガクリンよりも強い男をサンスティグマーダーの暗殺者は倒していると例に出しているのは、勝てぬと諦めて平穏に暮らすのならば自分が面倒を見ても構わないという意味も含んでいた。

 息子の嫁候補は多いに越したことがないし、ストーンヒル王国の婚姻儀礼に則れば、騎士ならば一人の男が複数の女性と契を結ぶことを合法としている。

 友人の娘であるアズミと兄の娘のようなものなヒメノの二人にはガクリンの嫁として元気な跡取りを産んでもらいたいと、ガクリン以外の子供には恵まれなかったコサクは考えていた。


「当然臆しませんよ。むしろボクが弱いから足手まといは連れていけないと言い出さないかってほうが気がかりなくらいです」

「それは心配いらないよ。私も同じ志を持つ同士が増えるのは純粋に嬉しいからね。仮に奴らとの戦いでキミが遅れを取ったら私が必ず助けてあげよう」

「ほほう……もしや惚れたか? トゥルースくん」

「そんなわけ無いですよ」

「そうですよね。トゥルース先生は大人のようですし、ボクみたいな子供のことを相手にするような人ではなさそうです」


 トゥルースの過去を聞き終えたヒメノは彼が持つサンスティグマーダーへの憎悪を信じて彼の旅への動向を熱望していた。

 むしろ自分を邪魔だと感じないかのほうが心配だったが、それでも護ると言い放つトゥルースに少し惚れてしまいそうだ。

 だがヒメノは心の奥で何かが引っかかっていた。

 それは純粋な直感に基づいたもので。

 だからこそ言語化できなくて。

 言い表せずに飲み込んだまま旅の予定を詰めていく。


「では出発は6日後。待ち合わせはこの家にしよう。良いかな? トゥルースくん」

「もちろんです」

「ではボクはそれまでの期間は可能な限り稽古をして先生の足を引っ張らないようにします。先生は教官のお仕事を頑張ってくださいね」

「ああ。心配いらないさ」


 旅の出発はトゥルースが仕事を一段落し終える予定の6日後。

 今回の旅では川下りで麓のオイスタに向かい、そこからは馬車でデジマに向かってサンスティグマーダーのアジトを探す外遊である。

 旅行期間は一ヶ月。

 デジマ入りまでの日数で5日、出発から20日目でサンスティグマーダーの足取りを掴めなければ王都への帰還を開始するというトゥルースにとっては毎年のスケジュールなのだが、例年と異なるのはヒメノという同行者がいること。

 ヒメノやコサクは見抜けなかったが、今までの外遊にはなかった初めてのことにトゥルースは年甲斐もなく心の中ではしゃいでいた。


(サンスティグマーダーへの敵対心を見るに強情というのはたしかに間違いではないが……そのぶん仲間と認識した相手には素直な娘だ。これなら手前のコノースあたりで片付けられる。そうしたら、あわよくば私は──)


 日程とヒメノの動向が決まったことで、辛気臭い空気になると見込んでいたコサクの気遣いも裏腹にトゥルースは上機嫌で自分の屋敷へと帰っていった。

 コサクは自分と同じ目的を持つ仲間ができたことが最初から仲間探しのために自分を頼ったヒメノ以上にトゥルースにとっては嬉しかったのだろうと勝手に思い込み、長年の信用故に彼がポツリポツリと漏らしていた不審な所作に気づかなかった。

 だがこれはコサクをお節穴の人好しだと攻めるのは酷な話であろう。

 不審と言っても普通ならば気づかないほど小さなほころびであり、それだけトゥルースが自分の心の内を隠すことに長けていたのだから。

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