第26話 双丘

 脱衣所に到着するとアズミは稽古でボロボロになったメイド服を脱いだ。

 稽古中に服が破けたことで垣間見えた彼女の胸元にある二つの丘。

 同様にタンクトップとホットパンツを脱いで裸になったヒメノのそれとは大きな差であろう。


「私の胸が何か?」


 オバタから旅立つまで同年代の女性との触れ合いが滅多になかったヒメノにはアズミの双丘は物珍しく、つい見てしまっていた。

 ミオも大きかったが彼女は20歳と少し歳上。

 しかし同じ16歳のアズミも大きいことがヒメノには気になる。

 オバタのお母さんたちも赤ちゃんのために大きかった乳房。

 ミオの大きさを見て、あと数年もすれば自分も大きくなると思っていたヒメノには、アズミの発育の良さにショックを受けた。


「気にしないで」

「そう。だけどアナタの胸は随分とぺたんこですね。ヒメノさんは私と同じ16歳だと聞いていますが」

「そういう言い方はショックだなあ。子供だって言われているみたいで」

「失礼ながら胸の大きさに関してはそのとおりですよ。私の場合は14歳の誕生日を迎えた頃にはそれなりに膨らんでいたのに、ヒメノさんはまるで膨らんでいないじゃないですか」

「そんなことないって。ボクの胸もちゃんと膨らんできているし、あと何年かでコレくらいボインボインになるはずだから」


 ヒメノは成長後の大きさをジェスチャーするが、その大きさと現在のサイズには差が大きくてアズミは失笑してしまった。


「お母さんになったらお乳を出すために大きくなるとは言いますが、平常時の大きさは今の私たちくらいで成長が止まると言いますよ。つまりヒメノさんの胸は──」

「そんなの嘘だ」

「まあ、嘘かどうかはそのうちわかりますよ。バカ話はこのくらいにして、さっさと体を洗わないと」


 乳比べに敗北しただけでなく、これ以上の成長は見込めないと言われたヒメノは少なからずショックを受ける。

 軽く放心したヒメノを風呂場に引っ張りこんだアズミはテキパキと自分の体を洗うのだが、ヒメノはシャワーを浴びるだけで石鹸を使って洗おうとしない。

 そんな彼女にアズミは物申す。


「水浴びだけでは垢が取りきれませんよ」

「汗を流すだけなら石鹸なんて要らないって」

「ダメよ。匂いが取れるまで水浴びをしてガクリン様を待たせるわけにはいかないんだから。それとも猟師というのは石鹸が苦手なの?」

「そんなことはないって。年寄りの猟師にはそういう人も確かにいるけれど、ボクはそういうんじゃ──」

「だったらこうやって、ちゃんと石鹸を泡立てなさいな」

「ひゃん!」


 自分も泡だらけなアズミは石鹸を手にとって糸瓜のスポンジで泡立てたモノを使ってヒメノを一方的に洗い始める。

 急なアズミの行動にヒメノはつい年齢相応な悲鳴をあげて浴場にそれがこだました。


(こうしていると同い年というよりも年下みたいね。やたら媚びた雰囲気だったり肌を見せているのも子供っぽいだけのようだし、勝手にガクリン様に色仕掛けをしていると思ってカリカリしていた自分が馬鹿みたい。そういえば両親が生きていた頃はガクリン様のほうが数カ月産まれるのが遅かったから私もお姉さんぶっていたなあ)


 抱きついてヒメノを洗うアズミの胸が柔らかく押し当たり、その柔らかさはヒメノには初めての感触をもたらす。

 物心つく前に感じたのかもしれない懐かしさ。


(ボクのお母さんも生きていたらこんなふうに洗ってくれたんだろうか)


 自分を洗うアズミの行動と押し付けてくる双丘の柔らかさに母性を感じたヒメノはそのまま大人しく彼女に隅々まで洗われた。

 思えば誰かに体を洗ってもらったのなんて何時以来であろう。

 久々に他人の手で洗われたヒメノの肌はアズミも驚くほどに艷やかである。


「一緒に風呂に入ったら打ち解けたのか。良いことだ」


 風呂から上がりハウスキーパーのミキが用意した服に着替えた二人の距離はいつの間にか近くなっている。

 そんな二人をガクリンは笑顔で出迎えた。


「ガクリン様! お待たせして申し訳ございません」

「俺もたった今あがったところだから気にしなくていい。それよりも早くランチにしようぜ」

「そうですね。食休みをしたら宿題の続きもしないといけませんし」

「げげ」

「では参りましょうか。ヒメノちゃんも行きますよ」

「ちゃん!」


 急にちゃん付で呼んだアズミにヒメノは驚く。


「どうして急に?」

「良いじゃない。アナタのほうが子供なんだからドックウッド家に居る間は私のことはお姉ちゃんと呼びなさい。私はヒメノちゃんって呼ぶから」

「そりゃあいい」

「ガクリンさんも煽らないでくださいよ」

「実際俺ら三人の中ではアズミが一番お姉さんでヒメノが幼いんだから仕方がないぜ。それにアズミは俺のメイドとして畏まった態度が板についてきたせいで、こうしてお姉さんな態度をしている姿が見れたのは俺も嬉しいし」

(もしかしてガクリンさんって……いいや変に勘ぐるのはやめておこう。アズミさんがこれ以上止められなくなるかもしれないし)


 二人からの妹扱いに戸惑うヒメノだったが、変に跳ね返っても余計な結果を生むと感じて仕方なく受け入れる。

 それと自分を妹扱いするのを通して惚気るガクリンに、彼がアズミに対して秘めた気持ちを持っていると感じたヒメノは表情が崩れるのを我慢して心の中でにやける。

 ヒメノの感じたそれはあくまで絵巻物好きな彼女の妄想。

 だが実情とそう大きくは離れていない。

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