第25話 覇断

「俺はキミが出来ることを見たいから受けに回る。だから思い切り打ち込んでこい」

(ええと……こんな感じだったかな)


 打ち込んでこいと言い放つガクリンは木刀を正眼に構え、それに対してヒメノは見様見真似な上段の構えで木刀を持ち上げる。

 そのままヒメノは楓の要領で木刀を放出した精気で包み込む。

 攻撃力を高めつつも人体を傷つけぬように調整したそれを見てアズミは心の中で呟いた。


(あれは……不格好だけれど近衛騎士団式剣術でも高等な剣気術「覇断」にそっくりだ。剣気を纏うだけでも相応の努力が必要なのに、今日初めて剣を持った彼女が何故。それともコレがガクリン様がさっき仰っていた「サンスティグマ」によるものだと言うの?)


 剣気術とは刀剣に精気を纏わせる騎士が使う技術のこと。

 奇しくもそれはサンスティグマの力を用いた武器強化に似ているのだが、精気というエネルギーを扱おうとすれば自ずとこの地点に到達する。

 修行による境地ではなく異能力によるショートカットではあるが、ヒメノは騎士の言葉で言えば剣気を操ることが出来るわけだ。


「良いね。それが見掛け倒しじゃないことを見せてみな」

(言われるまでもない!)


 見掛け倒しと軽口を叩いたガクリンも心の中では驚いている。

 ヒメノがサンスティグマの力で放出している精気は一般的な騎士の物差しでは達人の領域にあったからだ。

 達人の騎士が瞬間的に放出することで起こす「気あたり」でぶつける量の精気をヒメノは気負うだけで垂れ流している。

 指向性がないため気あたりのように相手を威すくめることはできないが、押し付けるような圧はガクリンの神経を削っていく。


(この覇断もどきをまともに受けたら木刀が持たない。さあココを狙ってくれ)


 ガクリンはヒメノの狙いを誘導するために左肩の警戒を緩めてそこを狙うように誘った。

 お互い剣術に明るければ裏の探り合いを始めるところなのだが、ヒメノはそんなことはせず直感に従いその場所を斬る。

 当たればゴルゴムの木刀でも鎖骨が折れる勢いで振り下ろされた木刀を前にして、ガクリンは自分の木刀を左上に持ち上げて防いだ。

 まともに受ければ木刀を折られてそのまま押し切られるところだが、斜めに構えた刀身にヒメノの刀身を滑らせることでいなす。

 もちろんこの木刀もアズミと同様に精気で覆われている。

 木刀同士がぶつかった刹那にか細いが強靭なガクリンの精気と溢れんばかりに膨大なヒメノの精気が繋がって、それを通してガクリンはヒメノのその後の攻撃を読み取った。


(いくら思い切り打ち込んでも手応えがない。まるで綿の塊のようだ)


 精気のパスで攻撃を読み取られたヒメノは全ての攻撃を的確にそらされてしまった。

 ヒメノは手応えのなさにムキになり楓の精度を高めていく。

 いかに精気を操るとはいえ痣の力を用いたソレとは出力は大きく異なるため、ガクリンの繋ぐ糸は激しい動きでは千切れぬが距離には限界がある。

 ガクリンの間合いから出れば見切りの術中を抜け出せるし、この見切りを用いても剣気術から見れば暴力的とも言えるヒメノの攻撃は防御に徹しているからこそ防げている。

 躍起になっているヒメノが思う以上に薄氷な状況だが、ガクリンが見せる痩我慢がヒメノが圧倒的な不利にあるという印象を彼女自身にすら与えていた。


(もう……限界だ……)


 10分強の連続攻撃経てヒメノは体中から汗を吹き出していた。

 攻撃が防がれるのは精気のキレが甘いから。

 そう判断して加速していくヒメノの攻撃はさながら無呼吸での全力疾走である。

 流石に息切れになったヒメノはよろけかけながらガクリンとの距離を開いてようやく見切りの術から逃れたのだがもう遅い。

 この疲弊した隙を見逃すガクリンではなかった。


(覇断もどきというよりも、ある意味で覇断以上の攻撃だった。これがサンスティグマ……痣の力ってやつか)

(早く息を整えて精気を振り絞らないと──)

(させないよ。虚仮落としでこのまま決着だ)


 二人の間にある距離は一歩よりも広いため、普通にガクリンが踏み込んだ場合はヒメノの回復が間に合ったであろう。

 だが彼が放ったのは精気を刃にして飛ばす虚仮落としという剣気術。

 牽制と相手を気絶させることに特化した技のため物理的な威力に欠けるが物理的な距離よりも遠くまでこの攻撃は届く。

 ヒメノを包む精気が薄いところを突き破るガクリンのそれが彼女の体の内側をかき混ぜる。


(今の……防げなかった……すり抜けてきて……お腹の中がぐるぐるで……吐き気がする……)

「チェック」


 虚仮落とし受けたヒメノが悶苦しんでいるところで間合いを詰めたガクリンは彼女の首筋に木刀を当てた。

 チェックの掛け声の通り、この組打ち稽古がガクリンの圧勝であるのは明白である。


「ま、負けました」

「ガクリン様、お見事です。圧勝でしたね」

「そうでもないさ。アズミも見ての通りサンスティグマの力は想像以上だったからな。一歩間違えたらゴルゴムの木刀でも殺されかねないところだったぜ」

「む!」


 ガクリンの申告を聞いてアズミはヒメノを睨む。

 いくら稽古とはいえ愛する主人が危険にさらされたと聞けば無理もないか。


「そう睨むなよ。むしろコレくらい張り切ってくれなければ俺の稽古にならないし」

「ですが……」

「ヒメノは俺たちみたいに騎士団式剣術を学んだことの猟師。この稽古も力をつけるてもらうためのモノで本職じゃないさ。だから下手に俺の心配をして小さくなるよりは、俺が壁になってやるほうがお互いに勉強になるってもんよ」

「でしたら次は私が。今度は負けませんので」

「俺は構わないが……さっきと同じつもりでいたら今度は瞬殺だぜ。大丈夫か?」

「もちろんです」

「じゃあヒメノは良いか? アズミにはさっき勝ってるんだから、コイツじゃ弱くて歯ごたえがないっていうのなら俺がもう一回やってあげるけど」

「いえ……アズミさんでお願いします」


 ヒメノはまだ虚仮落としのダメージが抜けきっていないのもあるが、それ以上に自分との再戦を望むアズミが放つ気迫に押し負けて彼女の挑戦を受けることにした。

 それから三人は代わる代わるに組打ち稽古を繰り返してあっという間に正午前。

 流石に空腹が辛い時間だろう。

 とっくに離れて門番の仕事を始めていたゲートミルすらもキジノハに餌を与えながら昼休憩に入っていた。


「──そろそろお昼だから終わりにするぞ」


 正午の鐘を聞いたガクリンは組打ち中だったヒメノたちに稽古終了を告げる。

 最後の一本は時間切れによる引き分けに終わったわけだが、それを除いたこの日の二人の戦績は8対3でヒメノが勝ち越していた。

 これも最初のうちは長年積み上げた剣術の技術と経験によるアズミの連続勝利だったわけだが、再びヒメノが勝利してからは立て続けのワンサイド。

 ヒメノは組打ち稽古を通していままで知らなかった精気の操り方を学んだことで彼女の中に新しい力が芽吹いたようだ。


「ぐー」

「お腹が鳴るなんて恥ずかしい。だけど食事の前に汗を流しなさい。あまり悠長にしているわけにはいかないので私が洗ってあげますから」

「一人で出来ますからいいですって。それよりもアズミさんはガクリンさんのところに行かなくても良いんですか? 絵巻物だと主人の湯浴みを手伝うのも──」

「どんな巻物を読んでいるんですか! 私とガクリン様はそんな関係ではありませんって!」

「そうなんだ。ごめんなさい」

「ふざけたことを言う暇があるのなら早く体を清めてしまいましょう。着替えはミキさんが用意してくれていますから」


 てっきりアズミは湯浴みの時間になるとガクリン背中を流しているものだと思って気遣ったヒメノだったが、半端な書物の知識だったのでアズミには否定されて雷が落ちる。

 世の中にはヒメノが読んだ絵巻物のような関係にある主従も居ないわけではないが、このお年頃の男女は難しいということだ。

 男女に別れて一人で浴場に向かうガクリンとアズミに手を引かれて二人で向かうヒメノ。

 薄い壁を隔て一人と二人の入浴時間。

 少女二人には12本目の勝負が待ち受けていることをヒメノはまだ知らない。

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