第14話 腹芸

 夕飯を終えて旅の汚れを濡れタオルで洗い流し終えたヒメノは早めに床につく。

 自分を信頼し無警戒な姿を横目に夜ふかしをするミオはヒメノをどうするか考えていた。

 四聖痣の方針としてはサンスティグマさえ奪えればヒメノの生死は問わない。

 実際、隙だらけの今なら例え飛び起きた犬に噛まれようともヒメノの寝首をかくことも容易だろう。

 だがミオ個人の思惑は揺れる。

 シロガネ個人を尊敬するミオはサンスティグマーダーという組織そのものに愛着などない。

 父オクチョウが死んだ時点で彼女の中で組織に対しての義理は失っている。

 ミオの心に秘めた本音を言えば、口では火師父、土師父と読んで敬っている二人を彼女は嫌う。

 その理由は様々だが、会議の場でヒメノの目的が復讐であろうと予想できたのは彼女も同じ気持ちを隠していたからだ。

 そのため彼女の復讐心はカグラとアポトーを打倒する協力者としてヒメノを求めていた。

 だがこの復讐心に身を任せたらシロガネも敵に回すのではないか。

 その不安が無難にヒメノを殺してサンスティグマを奪えば丸く収まると彼女の頭の中で囁く。


「何をしに来たんだよアルスくん。夜這いか?」


 そんな悩みが頭の中で回転して寝付けず、夜空を眺めていたミオの前にアルスが現れた。

 抜き足差し足で近づいた彼は寝ているヒメノやキジノハを起こさず、流石は腕利きの暗殺者であろう。


「それにカシューやゲイルは居ないのかよ」

「居たほうが嬉しかったか?」

「いいやまったく。アルスくんの顔にも内緒話をしたいと書かれているからね。それにゲイルはまだしもカシューまで来たらこの子が起きる」

「参ったな。ふざけた態度でもお見通しか。お見通しついでに俺の要件もわかっていると話が早くて助かるんだが」

「わたしと寝たいんだろう? ヒメノちゃんに見られながらが良いとか、変態じゃないか。くふふ」

「違うわ色ボケ。そもそもシロ様シロ様と言う割に、股と頭がゆるいのはどうかと思うぞ」

「股はまだしも頭は関係ないじゃないか」

「まあそれは今は置いておくとして……その子をどうするつもりなんだ。予定通りに明日襲っても構わないのか?」

「今更臆した? それがアルスくんが土師父から受けた命令だろうに」

「襲った場合にお前が邪魔をしないかの確認だよ。ミオ……この子を組織に引き入れて反旗を翻すつもりなんじゃないか?」

「どうしてそう思ったのさ」

「これでも幼馴染としてずっとお前のことを見てきたからな。シロガネ様はまだしも、アポトー様やカグラ様をどう思っているか、俺も知っているつもりだ」

「そう。だったらそれを土師父に密告する? 疑惑であってもわたしが反抗する気配だと知れば喜んで食いつくよ。あの老人二人なら」

「しないよ。だからこそそんなことを考えていないかと裏取りに来たってわけだ」

「そう言われると余計に逆らいたくなっちゃうなあ」

「逆張りは止めてくれよ、ミオ」

「だったらアルスくんは必死になってヒメノちゃんを殺してみなよ。わたしは邪魔しないからさ」

「わかった。ミオが邪魔しないのならそれでいい」


 ミオが考えていた二つのプラン。

 その片方に対して「するな」と釘を差しに来たアルスの売り言葉に対しての買い言葉でミオは腹を括る。

 もし明日、ヒメノがアルスたちを返り討ちにしようものなら彼女を仲間に引き入れよう。

 その上で断られるようなら今のうちに彼女を対処しなければ自分も彼女に殺されるとミオは直感していた。


「では明日、この先にある分かれ道で待っている」

「わかった。頑張ってねアルスくん」

「言われるまでもない」


 カシューらの元に帰るアルスの後ろ姿を見送りながらミオは思う。

 自分を信用して眠るヒメノにほだされる自分は間違っているのではないかと。

 アルスの望み通り、さっさと彼女を殺すべきなのだろう。

 サンスティグマーダーという殺し屋の一員としてはそれが正しい。

 仕事や命令だと割り切っているとはいえ、弱冠20歳のミオも自らの手で殺した数は両手の指で数え切れないほど。

 そんな汚れた人間と自覚しながらも相手が小娘だからと戸惑うのは偽善だろう。

 むしろ自分と同じ道を進む気な彼女に早々とその道を断念させることが正しい善行とすら言える。

 ミオが殺したいほど憎んでいる二人ならばそう言うだろう。

 それでもミオは悩んでいた。

 まるで彼女を手伝って組織に逆らえば、手を汚す前のきれいな自分に戻れるかのように。

 そんなミオは幼馴染の本心のその先を知らない。

 彼もまた幼馴染を救うための力を得るために小娘を殺そうとしていることを。

 彼は自分の右脇腹にある痣を与えた男への忠義では動いていない。

 力を得た暁には彼女がいずれ行おうと心に秘めている企みに協力するつもりでいた。

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