第3話 紅白餅
サンスティグマーダー。
世界を構成すると言われている元素を意味する聖なる痣をその身に宿した殺人集団。
彼らはそれぞれいずれか一種類の痣を持ち、その種類に応じて特殊な能力を振るうことができた。
事の発端は16年前。
ユーハヴェイという没落貴族に痣を持つ赤子が生まれ、その一年後に一家が不運にも谷底に落ちたところから全てが始まった。
一家が不幸に見舞われたのは事故なのか、それとも異質な痣を持つ赤子を忌み子とみなして心中を謀ったのかは誰にも知る由もない。
偶然その場に居合わせた彼らは善意から赤子を助け、その時から赤子によって力を授けられていた。
痣の力を得た人間は五人。
後にサンスティグマーダーを組織する始まりの四人と、彼らと袂を別れて姿を消した一人。
始まりの四人は痣の力に溺れてサンスティグマーダーを結成するさなか、痣を他の人間に刻む方法を知ると見込んだ部下にも力を授けて組織を大きくしていった。
さらにサンスティグマーダーの結成以降、彼らとの関わりを絶ち赤子を連れて行った彼から痣を奪うべく、始まりの四人は部下を使って彼を探し始める。
彼とはヒメノの義理の父親であるミュージン。
始まりの四人との再開を避けるべく、千代王国デジマから隣国ストーンヒルに移り住んだミュージンはトーゴーの名を捨てユーハヴェイを名乗っていたのだが、ついに見つかってしまった彼は三人の能力者と戦い、そして深い傷を負ってしまった。
「サンスティグマーダーを名乗りだしたシロガネたちの部下は数も多いし人殺しに躊躇がない危険な連中だ。俺が別れる前……痣の力を手探りに探っていた頃のシロガネと比べても明白な強さは、おそらく人殺しを続けた結果なのだろう。ヒメノ……お前は町長の指示に従ってすぐに逃げるんだ。もしお前の腕に浮かんだその痣を奴らが知れば狙われるのは明らかだ」
ヒメノの父親を名乗っていたミュージンだが、本当は血の繋がった親子ではない。
それでも彼女が物心つく前に彼女の両親は死んでおり、ミュージンが拾った彼女を育てた父親なのは間違いがなかった。
親子の絆はたしかにあり、だからこそヒメノは父の遺言に背こうとも父を殺したサンスティグマーダーに報復をしたいと胸に秘める。
しかしミュージンから受け継いだ使い方も知らない痣の力だけではサンスティグマーダーに立ち向かうのには力不足。
力の使い方を理解しなければ目的は達成できないことを敬愛する父でさえ奴らと戦って死んだという現実が彼女に物語った。
「その格好……何があったんだ?」
日暮れ時に町長ダイサクのもとにたどり着いたヒメノを見た彼は驚く。
来客したヒメノを無影灯で照らしたことでハッキリ写ったその血まみれの姿にダイサクも驚愕し、血で汚れることもいとわずに父娘を屋敷の中に匿った。
口の硬い老使用人ヒロシと彼の孫娘ミキを呼んだダイサクは風呂を準備させるとミキにヒメノの血を洗い流させた。
ミキは血を落とすとヒメノの右腕に濃く浮かんでいた痣と「左腕」「左脇腹」「臍の下」「右太腿」に薄っすらと浮かんだ痣を見たが、それが何かを知らないこともありとくに触れずに着替えさせる。
簡素な服とはいえ町長が用意しただけあって上質な絹でできた半袖の貫頭衣に着替えたことで、ヒメノの白い肌と相まって右腕の痣は一層に濃く浮かび上がった。
ヒメノが風呂に入っているうちに棺桶を持ち出したダイサクとヒロシはミュージンの遺体をそれに納めると、ヒメノが気にしないように血に汚れた服を着替えて彼女の湯上がりを待つ。
そして綺麗な姿になってダイサクの書斎に通されたヒメノに彼は一巻きの書を見せる。
「これはミュージンから、もしものときにはキミに渡すように預かっていたものだ」
ダイサクが広げた巻物にはヒメノの痣の模様にも似た見知らぬ文字が書き綴られていた。
「この書はミュージンがキミを連れてオバタにたどり着くまでの間に手に入れた古文書で、キミの腕に浮かんでいる痣と関係があるそうだ。ワシには読めないが、ミュージンが言うにその痣があれば読めるらしい」
そう言われても自分だって読めない。
そう思いつつも形の類似からか、引き寄せられるように伸びる右手が巻物に触れると、ヒメノの頭にその中身が入り込んできた。
溢れんばかりの情報に痣と脳が熱くなる。
軽い頭痛が彼女を襲い、そしてそれが巻物の内容を彼女の脳裏に焼き付いて忘れられそうにない。
記されていたのはヒメノの右腕に浮かんでいるものがサンスティグマという聖なる痣で、それは模様に合わせて「空」「風」「火」「水」「土」の五種類が存在するということ。
風の痣は精気を拡散させて霧状にして操り、火の痣は精気を放射し、水の痣は精気を伝え、土の痣は精気を増幅させる。
そしてヒメノが持つ空の痣は精気を放出すると書かれていた。
言わばこの巻物の前半は痣の力の説明書である。
そして後半に書かれているのはサンスティグマそのものの解説なのだが、今の時点ではこれだけ知っていれば充分であろう。
「サンスティグマとは本来は生まれつき五種類全てが体に刻まれているものである」
「オリジナルのサンスティグマは持ち主の意志で他人に与えることができ、ミュージンらに刻まれたものは赤子だったヒメノが死の縁から自分を救った彼らに対して無意識に与えたものである」
そして───
「サンスティグマ持ちの生き血を用いて同じ属性の模様を身体に彫ることでコピーのサンスティグマを作ることができる」
始まりの四人は痣の力を手探りで理解してその力を操れるようになり、痣がサンスティグマと呼ばれるものであると屍の山を築く中で偶然知り、そしてサンスティグマーダーという組織を大きくしていく過程で入れ墨で痣の模様を舎弟に刻むことを思いつき、後天的なサンスティグマ持ちを増やす方法を見つけていた。
言ってしまえば始まりの四人がサンスティグマを手に入れた段階からの全てが偶然なのだが、ヒメノには必然のように思えてならない。
ヒメノはかつてミュージンから聞いた昔話を思い出す。
無影灯の光源や水瓶の浄水装置として用いられる聖石は元々神話の時代に神が下界に持ち込んだ天界の利器で、本来はもっと多岐にわたって使用できた。
しかし聖石の便利さを知った人間が争いに用いるようになったことが神の怒りを買い、争いに用いた人間に制裁を加えていつしか使い道が限られるようになったというお話。
それを聞いていた頃のヒメノは単純な神々による派手なバトルに胸を躍らせる男の子のような心根だったのだが今は違う。
いくら赤子だったとはいえ、自分がうっかり悪人にサンスティグマ与えてしまったことが愛する父を死に追いやったのだから、昔話の神々のように自分もサンスティグマーダーに引導を渡す必要をヒメノは感じていた。
巻物を読んでから顔つきが険しくなるヒメノを見てダイサクは彼女のやろうとしていることを汲み取る。
その上でミュージンと同じく無謀な復讐は止めなければならないと彼女を諌めようと口を開いた。
「その様子だとキミには読めたんだな。だがミュージンとの約束もあるし、キミは明日の朝にはここを出て王都にいるワシの弟に会いに行くんだ。コサクはワシとは違って近衛隊の元隊長で今は剣術顧問の武闘派だからヤツらからキミを匿うのもお手の物。それにキミと同じ年頃の息子もいるから、求愛されて玉の輿だってありえるぞ。だからくれぐれも思い詰めた真似はせんでくれ。ミュージンがキミの父親であるように、ワシにとってもキミは孫とか姪とか、そういう身内のようなモノなのだから」
しかしヒメノも引かない。
「心配してくれてありがとうございます。ですがボクはどうしても奴らに報復しなければなりません」
「何故。ミュージンの敵討ちなんて王都の兵隊に任せて、コサクの所で新しい家族を作るのも悪くはないぞ。手前味噌だがアイツは……ガクリンは出来た青年だ」
「匿ってくれると言いつつ知らない人のお嫁になることが前提で語られても困ります。それとコレはボクがやらなきゃいけないんです」
「ミュージンはおそらくそんなことを望んでいないぞ」
「わかっています。だけどボクが全ての発端だから……ボクが自分でケリをつけないと、父を死に追いやった罪悪感でボク自身が自分を許せないんです」
「罪悪感……まさかこの巻物に書かれていた内容と関係があるのか?」
「はい。たぶん父は前半部分しか読めなかったんです。この巻物を痣の力を理解してボクが自衛できるようにと思って残してくれたのでしょうが、後半に書かれた内容を知った上で何もせず平穏に暮らすことなんてボクには出来ません」
「そこまで言うのならばワシが止めても無駄か。だが一度コサクのところには顔を出しておくれ。アイツも職業柄、ヤツらのことには詳しいだろうしな」
本当は引き止めたかったがヒメノ決意は固く折れそうにないと悟ったダイサクは彼女を見送ることにした。
そして彼女は夜明けとともにオバタから旅立つ。
ミュージンと戦ったのとは別の能力者が彼女の家を見張っている可能性を考えて二度と家には戻らず、ダイサクが用意した路銀や着替えをその手に持って。
ヒメノが家から持ちさせたのは、腰巻で釣っていた一部の道具をノゾケば上着の胸元に忍ばせていた、父と食べる予定でいた紅白餅くらいのもの。
朝食代わりに頬張ったその餅の味は練り込まれた砂糖よりも塩辛い。
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