氷解する謎と真実(四)
〈始まりと真実の部屋〉から一旦出て、8号室に向かう。
代表者が選出された時点で〈始まりと真実の部屋〉に閉じ込められてしまうのではと不安に駆られたが、過剰な心配だったようだ。
ナイフの大時計を見ると、時刻は十七時十六分。あと〈始まりと真実の部屋〉で述べる内容は、マスターキーを所有している参加者の名前くらいだろう。何もトラブルがなければ、余裕を持って〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉をクリアできそうだ。
誰も一言もしゃべらないまま、目的の8号室に辿り着く。屋根裏乃がドアノブを握り、施錠されていることを私達にも分かるように確認。すると自室の鍵を取り出して、「まずはボクの鍵から確かめましょう」と庭野に差し出した。
「なんだよ?」
「自分でやるわけにはいかないでしょう。だからお願いします」
「うちでいいのかよ」
「庭野さんが一番相応しいと思います」
「どういう意味だよ」
乱暴に鍵を受け取る庭野が早速、鍵穴に差し込もうとする。
9号室のプレートの付いた鍵。一見すると個室の鍵だが、果たして。
「……くそ、入らねえ」
屋根裏乃がジェーン・ドウであってほしかったのか、悔しがる庭野。
これでまず屋根裏乃の疑惑が晴れた。次は私でいいだろうと、私は屋根裏乃同様に鍵を庭野に手渡した。
「庭野さん、お願いします」
「任せろ。開けてやる」
なんとも形容できない笑みを浮かべる庭野が、5号室の鍵を8号室の鍵穴に入れようとする。が、無理なようだ。
「どうやら私の鍵も違うようですね」
「うるせえっ。ちょっとずれてたのかもしれねえだろ」
と何度か試した庭野だったが、やがて諦めたのか、私に鍵を放り投げた。
「虹崎さんも違ったようですね。それでは次は――」
「メイの鍵でいいよ」
屋根裏乃に鍵を渡すメイ。
「いや、森野さんは大丈夫ですよ。北条さん殺害に対して確固たるアリバイがあるあなたは、ジェーン・ドウではないのですから」
「ロジックを強固にするならば、別の可能性を排除していくのも大事な作業です――でしょ? だから完全にシロにするためにもお願い」
「そういうことでしたら」
メイに関しては庭野もすでに疑ってもいないのだろう、自分が試すとは言わずに屋根裏乃に任せるようだった。
その結果、鍵は入らず。メイは完全にシロになった。
「次、次は私でお願い。はい。あなたがやっていいわよ」
メイの番が終わるや否や、矢羽々が自分の鍵を庭野に押し付ける。その様を見る限り、自分がジェーン・ドウではあり得ないと言わんばかりだ。
「あん? いいのかよ。マジで開くぞ?」
矢羽々の態度に庭野が戸惑っている。
まるで、彼女の行動に理解が及ばないかのように。
「ふん。開いてみなさいよ。ほら、早く」
首を傾げながら、矢羽々に背を向ける庭野。
粗暴な介護士が矢羽々の鍵を鍵穴に持っていく。鍵の先端が鍵穴に当たったところで、庭野の動きが止まった。
「庭野さん、どうかしましたか? 入らなかったってことですか?」
屋根裏乃が返答を求める。
「ほらほら、早く言いなさいよ。入らなかったって。さあ、次はあんたよ。試す必要なんてないと思うけど――」
「く……くくくくくっ」
刹那、庭野が嗤う。
一体、何がおかしいのだ。
「あーっははははははははははっ」
「ち、ちょっと何笑ってんのよ、あんた」
顔を引き攣らせる矢羽々のとなりで、庭野と距離を取るように後ずさる屋根裏乃とメイ。
これはもしかして――と私はポケットに手を突っ込んだ。
「はぁあ。これが笑わずにいられるかよ。だってよ……」庭野が鍵を鍵穴に押し込んだ。「鍵、入っちゃったぜええっ!? ほらよ。みんなで名探偵に会いにいこうや」
ドアノブをひねり、ドアを蹴飛ばす庭野。
開いたドアの向こうから漂う僅かな死臭が鼻先を撫でた。
「え――? なんでよ。なんで開くのよ……?」
呆然とする矢羽々。
「なんでじゃねえだろ。これがマスターキーだからだよ」
「ち、違うわ。そんなはずないっ。私の鍵がマスターキーのわけないのよっ。それは私の部屋、1号室の鍵。この部屋のドアが開くわけがないじゃないっ」
「おい、おばさん。現実を見ろ。お前がうちに渡したこの1号室の鍵とやらで、この8号室は開いたんだ」庭野が1号室のプレートのついた鍵を鍵穴から引き抜く。「だからこれはマスターキーなんだよ」
「違う、違う、違う。その鍵は絶対にマスターキーなんかじゃないっ!」
金切声を上げて否定する矢羽々。
哀れみを抱くほどに冷静さを欠いたその様は、青天の霹靂ゆえか。あるいは演技か。どちらにせよ、矢羽々の持っていた鍵で8号室が開いたというのは事実だ。屋根裏乃の推理に基づけば、矢羽々がジェーン・ドウということになる。
その屋根裏乃が8号室の電気を付けて中を覗き見ている。すると何かに気づいたように頷いた。
どうしたのかと屋根裏乃に聞こうとした私だったが、「いい加減にしろよ。往生際の悪い奴だな。お前が四人をぶっ殺したジェーン・ドウなんだよっ」という庭野の怒声に遮られた。
刹那。
「きいいやああああっ」
ポケットから何かを取り出した矢羽々が、奇声を上げながら庭野に突進していく。
虚を突かれたのか、避けきれずに矢羽々の体当たりを食らう庭野。次の瞬間、「いってぇ」と顔を歪めた。
脇腹に手を当てる庭野。彼は焦ったように上着をたくしあげる。
脇腹に赤い点があった。その点はすぐに大きくなり下に垂れていった。
血だ。
私は壁際で立っている矢羽々の手を見る。彼女の手にはダーツの矢が握られていた。
「ひっ」
小さく悲鳴を上げるメイが私の左腕にしがみつく。
感情をむき出しにした赤般若の如き矢羽々。彼女が口角泡を飛ばす。
「分かってんのよ。あんたが交換したんでしょっ。私から鍵を受け取ったとき、あんたはこっちに背中を向けた。そのときにあんたがマスターキーと私の鍵を交換したんだわっ。そうよ、そうに違いないっ。そうって言いなさいっ。じゃないともう一度、刺すわよ」
早業殺人ならず、早業交換。
それはあり得ない。矢羽々に背中を見せていたが、私を含めた三人にはそうではない。庭野に怪しい動きは一切なかった。そもそもあったところで、十秒にも満たない時間で鍵の交換など不可能だ。
「や、矢羽々さん、止めてくださいっ。と、とりあえずそのダーツの矢を捨ててください」
まさかの状況だったのか、動揺を露わにする屋根裏乃。
私にとってもそうだ。誰がジェーン・ドウであろうとも、まさかダーツの矢を凶器としてこの場で使用するとは思わなかった。読み切れなかった不測の事態だが、危惧すべき二つ目の状況であるには違いない。
私はポケットに手を入れた。
「絶対に捨てないわ。こいつがマスターキーと私の鍵をすり替えたことを認めない限りっ」
「鍵のすり替えは無理ですよ、矢羽々さん。理由は――」
私と同じ見解を述べる屋根裏乃。そこに、〝庭野の前に矢羽々が鍵の確認を申し出なければ成立しない〟という筋の通った説明が加われば、もはや矢羽々の憶測は暴論でしかない。
「……そ、そういうことだ。だいたいそいつでうちを刺した時点で、てめえがジェーン・ドウで確定だろうが……っ」
壁に寄りかかるでも床に座り込むこともなく、立ったままの庭野。傷はそこまで深くなさそうだ。ダーツの矢で良かった、と言うべきだろうか。
「これは、ジェーン・ドウに襲われたとき身を守るために持っていたものよっ。なのに、なのに、あんたがマスターキーと私の鍵を交換なんてするからっ」
「だから鍵の交換は不可能だって、眼鏡が言ったろうがっ!」
「私はジェーン・ドウじゃないっ!」
絶呼する矢羽々がダーツの矢を振り上げる。庭野に投げつけるのだと確信した。
私は即座に、ポケットから出したナイフを矢羽々の眼前に突き付けた。
動きをピタリと止める矢羽々。彼女の揺動する両眼が、私とナイフの間で何度か行き来する。
「ダーツの矢を今すぐ捨ててください。お願いします、矢羽々さん」
「……琉花? なんでナイフなんて持ってるの?」
メイの疑問は最もだ。説明は必要だろう。
屋根裏乃がその役目を務める。
「そのナイフはⅣのナイフです。お手製の槍を分解したあと、ボクが虹崎さんに持っていてくださいとお願いしたんです。理由は今のような、ジェーン・ドウと確定した人間のなりふり構わぬ暴挙に対抗するためです」
「そりゃ、正解だったな。事実、ジェーン・ドウがなりふり構わねえ暴挙に出てんだから」
との庭野だが、実は私と屋根裏乃が想定していた相手はその庭野だった。
庭野の人間性からジェーン・ドウだと見破られれば、暴力に訴えてでもゲームクリアを阻止してくる。是が非でも〈始まりと真実の部屋〉に戻らせないだろうとの確信。メイに自室にいてほしかった理由はここにあった。
だが、結果としてⅣのナイフを突きつけた相手は矢羽々だった。
「刺せるの? あなたに」
「これ以上、矢羽々さんが人を殺そうとするなら躊躇なく」
嘘も方便だ。
「だから……っ」血相を変える矢羽々の体から力が抜けるのが分かった。「いいわ。もう……それで。勝手にしなさい」
ダーツの矢が床に落ちる。私はそれを足で蹴り、遠くへやった。
観念して怒りが霧散したのか、魂が抜け出たかのような矢羽々。その矢羽々に走り寄る庭野。あっと思ったときには矢羽々が床に倒れていた。庭野が思い切り、矢羽々を殴ったのだ。
倒れた矢羽々を尚も蹴りつけようとする庭野を、私と屋根裏乃が必死に押さえつける。やがて落ち着いた庭野は「この殺人鬼のクソがっ」と吐き捨てると、私達を振り払った。
「さきに〈始まりと真実の部屋〉に戻ってください。ボクもすぐ行きますので」
屋根裏乃に従い、私達は〈始まりと真実の部屋〉へ移動する。
ちらりと後ろを目をやると、8号室に入る屋根裏乃が見えた。
ナイフの大時計は十七時三十二分を示していた。あとは代表者である屋根裏乃が、マスターキーの持ち主が矢羽々であり、だからこそ彼女がジェーン・ドウであると説明すれば終わり。間違いなく〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉のクリアは成功するだろう。そして生き残った私、メイ、屋根裏乃、庭野は二千万円の報酬を手に入れる。
ジェーン・ドウである矢羽々はどうなるのだろうか。矢羽々に課せられたルールを知らないが、彼女がゲームクリアに失敗したのは間違いない。探偵に犯人だと暴かれたらゲームオーバー。それがミステリなのだから。
私達は〈始まりと真実の部屋〉に入る。
脇腹を押さえる庭野はドアの脇の壁に寄りかかり、放心状態の矢羽々は隅に座り込んだ。メイも、なんだか疲れたと壁に背を付けてしゃがみ込む。私もそうしたかったが、探偵の助手として屋根裏乃のとなりに立つのが役目のような気がした。
屋根裏乃が戻ってくる。
『時間内にクリア条件を満たすための説明をしてください』
すると主催者から急かすようなアナウンスがあった。
代表者が説明の続きを話し始める。
「ジェーン・ドウが誰か、の前に、お手製の槍の作成に使われたカーテンの切れ端が、8号室のカーテンだということを伝えておきます。切れている部分が合わさったので間違いありません。これはすなわち、ジェーン・ドウでなければ槍の作成はできなかったことの証明となります」
それを確かめるために8号室に入ったようだ。
槍の分解のあと、屋根裏乃がポケットにカーテンの切れ端を入れていた意味が今分かった。名探偵らしい先見に私は素直に感心した。
あとは、マスターキーを持っていた矢羽々がジェーン・ドウであると述べて終わりだろう。私は、緊張と安堵を同時に抱きながらそのときを――。
(返せッ)
全身の力が抜け、私は床に頽れる。
「虹崎さんっ?」
「琉花っ!?」
屋根裏乃とメイの声が遠くから聞こえる。
意識が薄らいでいき、何者かの意識が覆いかぶさってくる。
私はこの意識を知っている。この意識は何度か脳内に表れては、声や映像を私に残していった。でも今回は違う。まるで私の精神を、肉体を乗っ取るかのような、強大で禍々しい意思を感じて。
「あああああッ!!」
私は名状しがたい恐怖と絶望から、あらんかぎりの叫び声を上げた。
ひんやりとした床の感触。
それだけで理解した。
〝私が私の意識を取り戻した〟ということを。
なぜ私が虹崎琉花という意識に精神と肉体を乗っ取られていたのか。それを考えるのは今じゃない。今、可及的に行うべきは、名探偵を気取っている眼鏡女の過ちを正すことだ。
私は立ち上がる。
「だ、大丈夫ですかっ? 虹崎さん!」
「おいお前。言っておくことがある。矢羽々はジェーン・ドウではない」
「え? 矢羽々さんがジェーン・ドウじゃないって……。あれ? お前? あれ? 虹崎さん、なんか……」
私の雰囲気に戸惑っているらしい屋根裏乃。それは森野や庭野も同じようだ。だが丁寧な説明をするつもりはない。付いていけない奴は置いていくだけだ。
「私は虹崎琉花じゃない。奴の意識が私の精神と肉体を乗っ取っていたが、今奪い返してやった。危なかった。危うく、お前の間違った推理のせいで死んじまうところだった」
本当に瀬戸際のタイミングだった。
このまま虹崎が死んだら私の存在も無になってしまうのではないかという、初めて抱いた恐れの感情。そんな恐怖心を生み出させた無能な虹崎への激しい怒りがあったからこそ、私は精神と肉体を取り戻すことができた。
「虹崎が精神と肉体を乗っ取ってた? それを奪い返した? お前、何言ってんだ? 痛い奴かよ。よく分かんねえけどよ、ジェーン・ドウは矢羽々で決定してんだよ。邪魔すんじゃねえよ」
庭野が私の肩を掴む。
私はダーツの矢で刺された脇腹を思い切り肘打ちしてやる。庭野は奇妙な声を出すと、床に倒れた。のたうち回る庭野の胸を足の裏で踏みつけると、耳を掴んで頭だけ引っ張り上げた。
「私を殴った代償としては安いもんだ。ランボルギーニが欲しいなら引っ込んでろ。分かったな」
「わ、分かったっ。分かったから早く放してくれえっ」
私は庭野の耳を放してやる。耳たぶの下に血が滲んでいたが、大した傷でもない。
「琉花……一体どうしたの? なんか全然別人みたいだけど、さっきの話って本当なの?」
森野メイ。
虹崎琉花が妹のように想っていた少女。だが私には関係のないことだ。
「信じないならそれでいい。だが黙ってろ。お前との会話は時間の無駄だ。――おい、屋根裏乃とやら」
愕然、或いは呆然とした表情の森野を視界の隅にやると、私は会話の対象である屋根裏乃に見向いた。
「は、はい。なんでしょうか」
「真実を教えてやるから頭に叩き込んでおけよ。あとで代表者として伝えるのはお前なんだからな」
「ち、ちょっと待ってくださいよ。真実って、それを虹崎さんが知っているんですか?」
「私は虹崎じゃないと言っている」
「百歩譲って虹崎さんじゃないなら誰なんですか。どこの馬の骨とも分からない人が述べた真実なんて、はいそうですねと受け入れることなんてできませんよ」
「私が誰かなどどうでもいい。死にたくなければ話を聞け。お前が裸眼で見る世界がモノクロな理由も教えてやる」
「え……」
屋根裏乃が絶句する。唐突に自身の視覚異常に言及されて、困惑を隠せないようだ。
私は間隙を縫うように先を続ける。
「矢羽々がジェーン・ドウならばマスターキーを持ち続けることはしない。マスターキーの所有=ジェーン・ドウという図式を理解しておきながら、マスターキーを持ち続けるなど愚の骨頂だろう。ならどうするか? 鍵のすり替えがお手の物のジェーン・ドウならば、空き室の鍵を使って更なるすり替えを行うはずだ。
流れとしてはこうだ。
その一、10号室、或いは3号室でもいい。空き室の鍵を手に入れる。
その二、マスターキーを、鍵を外した空き室のプレートに取り付ける。
その三、外した空き室の鍵を8号室に置いてある自分の部屋の鍵とすり替える。
その四、自分の部屋の鍵をマスターキーの付いていたプレート、つまり元々自分の部屋のものだったプレートに取り付ける。
その五、一見して空き室の鍵に見えるマスターキーは、8号室を施錠後に空き室に戻す。
この結果、どうなるか。分かるな?」
「……例え空き室の鍵がマスターキーだということに気づいても、ジェーン・ドウの特定自体は不可能になります。皆さん、自分の部屋の鍵を持っていますから」
「ああ。だからだよ。四人もの人間を誰にも見つからずに殺害し、尚且つ二つの密室殺人まで披露する大胆さ。それでいて一切の襤褸を出さずに一参加者を装っていたジェーン・ドウが、マスターキーを持ったままでいるなんてあり得ない。絶対にな」
「だとすると矢羽々さんは、ジェーン・ドウにスケープゴートにされたってことですか?」
「間違いない。名探偵もどきのお前の頭脳ならそこまで考えが至らないだろうとの、思惑も込みだったかもしれない。お前は『犯人役』の矢羽々を糾弾する都合のいい『探偵役』に選ばれていたってことだ」
「ボクはジェーン・ドウに利用されていた……」
眼鏡の奥に見える愕然を表した双眸。
「そういうことになる。〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉が純然たるゲームと考えれば何も不思議ではないだろう。『探偵役』に『犯人役』をジェーン・ドウだと指摘させるように誘導し、自分は『被害者役』にもならないまま逃げきる。おそらくこれが、ジェーン・ドウ側のクリア条件。つまり私たち側のクリア条件は、ミステリごっこを画策し実行していたゲームプランナーの正体を暴くことにあったんだ」
間違いない。
〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉がゲームであり、〝ジェーン・ドウの館という舞台装置〟に必然性のない密室殺人が加われば、これはもう疑いようのない事実。
「言うまでもないが、名探偵である周防は『探偵役』にするには優秀すぎる。ジェーン・ドウの盤上の駒とはならず、そのジェーン・ドウの正体を言い当てる可能性が非常に高い。だから最初――〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉の本質に気付く前に殺されたんだよ。
円卓の場で周防が自己紹介したとき、ジェーン・ドウは内心焦っただろうな。まさか本物の名探偵が参加しているとはと。周防がいくつかの推理を披露したのを見たあと、最初に殺すと決めたはずだ。そしてジェーン・ドウはその考えが正しかったと思い知ることになる」
「……思い知る何かがあったんですか?」
「周防のポケットに粉々になったブロック食品が入っていた。そして部屋からは十六本のブロック食品が消えていた。この消えたブロック食品も粉々になっていたか、あるいはするつもりだったはずだ。私の意識を乗っ取っていた奴はお前にこの事実を言っていないから知らないだろうが」
「え、そうなんですか? ブロック食品が……。でもそれが一体……?」
屋根裏乃の俺を見る目が変わっている。
馬の骨はそのままかもしれないが、瞳に宿る俺への期待感は虹崎琉花のときには感じなかったものだ。
時間もない。このまま一気に〝ジェーン・ドウの館という舞台装置〟の真実も知ってもらう。受け入れられないのであれば、置いていくまでだ。
「周防は、大量のブロック食品を持って〈始まりと真実の部屋〉に入った。ジェーン・ドウがそれを見て周防が何をするのか知ったとき、恐怖に慄いたのは想像に難くない。この場で周防を殺さなければ、自分がゲームに負けるとも確信しただろう。
周防が何をしようとしたか。それは、粉々になったブロック食品を棺の周りに撒こうとしたんだよ。人形の女性が棺から出て歩き出したとき、そうだと分かるようにな。足跡を付けないように手で払っても、あるいは息で吹き飛ばそうとしてもその痕跡は残る。ジェーン・ドウにとって、ばら撒かれるブロック食品は自らの動きを封じ込める牢獄。敗北の決定打。だからジェーン・ドウは先手を打たれる前に周防を殺した」
「……に、人形の女性が――歩き出す……?」
きょとんとした顔の屋根裏乃。
「こ、こいつが歩き出すだあっ? 何をバカなこと言ってやがる。百歩、いや千歩譲って動く人形だとしても、そもそも棺から出れないだろうが」
「そうだよ、琉花。その棺は開かない。それは確かめたはずじゃん」
口をはさむなと言ったはずの庭野と森野が横やりを入れてくる。
「ちょっと待ってください。それもそうですが、今の虹崎さんの言い方ですと、まるで人形の女性がジェーン・ドウだと聞こえるのですが」
だが好奇心は止められないようだ。
私を見る三人、いや矢羽々を含めた四人の目には、この話の終着点を知りたいという欲求がありありと見て取れた。
それでいい。
そうでなければならない。
今から口にする荒唐無稽な話を、世界の在りようが一変する瞬間を、現実として受け入れなればならない。
「私はそう言ったつもりだ。この人形の女性がジェーン・ドウであり、四人の参加者を殺害した殺人鬼なんだよ。だが勘違いするな。この人形自体は空虚な器にすぎない。参加者の誰かの意識が接続されたとき、ジェーン・ドウとして動くことができるアバターなんだ。そしてこのアバターは障害物を通り抜けることができる。よって密閉状態の棺など問題ではない。壁やドアも然りだ。そんなものはジェーン・ドウにとってはただのホログラムに過ぎない。
なぜ、このジェーン・ドウにはそんな魔法のようなことが可能なのか。現実世界では到底あり得ない物理法則の無視がまかり通るという矛盾。この事象に対する答えは一つしかない。
私達の意識は仮想現実に放り込まれている」
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