九人の黒づくめ達(五)


「わたしの名前は周防すおう翆玲すいれい。年齢は三十七。職業はフリーランスの探偵だ。警察とのコネクションもあり犯罪事件に特化した活動をしている。ゲームの参加理由は単純な興味からであり、多分にわたしの勘がもたらした有意義なバカンスというやつだ」

 ――探偵。それも犯罪事件に特化となれば名探偵という人種だろう。これで合点がいった。あのとき目にした鋭く理知的な双眸は、映画で見た名探偵シャーロック・ホームズそのものだったのだ。もちろん映画はフィクションだが、演じている役者はシャーロック・ホームズになりきっていてその目力は本物だった。性別なんて関係ない。周防は名のある名探偵に違いない。

 ガタンッと椅子が倒れて誰かが立ち上がった。

 屋根裏乃だ。彼女は口をわなわなと震わせながら周防を凝視している。丸眼鏡の中の両眼は見開いていて今にも飛び出さんばかりだ。

「や、や、や、やっぱり周防探偵だったんですねっ。ずっとそうなんじゃないかって思ってたんですけど違ってたらどうしようって声かけられなくて。ファンなんですっ。あ、握手してもらってもいいですかっ!」

 聞いたときにはすでに周防の元に走り寄っていた屋根裏乃。あまりの勢いと熱量にたじろぐ周防だったが、そこは紳士然とした名探偵である。次の瞬間には「もちろんだよ」と素敵な笑みを浮かべて、屋根裏乃の差し出した両手を握りしめていた。

「か、感動です。あの地獄極楽荘連続怪死事件や七五三なごみ家当主失踪事件を解決した周防探偵にこんな場所で出会えるなんて。どちらも迷宮入り確実かと警察もさじを投げかけていたのに、周防探偵が介入した途端にあっという間に犯人逮捕ですからね。あれには本当に驚きました。凄かったですっ」

「ありがとう。しかしあれは何もわたし一人で解決した事件じゃないよ。警察組織も寸前のところまで犯人を追い詰めていたんだ。犯人の仕掛けたトリックさえ解ければというところを、わたしが横からかっさらったにすぎない」

「だとしても凄いんですっ。やっぱり日本一の名探偵は周防探偵で決まりですっ。ボクにとっては、あの鳳夢Zホームズよりもずっと上ですよっ」

 憧れの芸能人に会ったかのように瞳をらんらんと輝かせる屋根裏乃。

 ところで鳳夢Zとは一体誰だろうか。話の文脈からいって周防と同じ探偵のように思えるが。

「名探偵ってならよ。なんか推理してくれよ。観察力とか気づく力とか優れてんだろ? な? 少しくらいいいだろ。うち、好きなんだよ。金田一少年とかコナンとかさ」

「ちょっとそれは周防探偵に失礼ですよっ、庭野さん。酒のつまみに、芸人にちょっと面白いことやってよと頼むのとは、わけが違うんですから」

 芸人に失礼な屋根裏乃が、庭野に声を荒げる。

 その通りである。さも当たり前のように出し抜けに推理を要求するとは無礼な女である。――と思いつつも、名探偵の推理力やいかにと興味があったのも事実だ。よって黙って成り行きを見守っていると、周防の口が動いた。

「ふむ。普段はあまりこういったことはしないのだが、今日は同じゲームに参加した出会いを祝して、君の望む推理をいくつか披露してみよう」

「お、マジ――」

「ホントですかっ。こんな場所で周防探偵の推理が堪能できるなんて、こんな幸せなことはありませんっ。一体、何を推理されるのでしょうか」

 手のひら返しのお調子者、屋根裏乃。いっそ清々しいほどだ。

「参加者が隠していることをいくつか。まずは君、庭野さんからでいいかな? 庭野さんの職業を当ててみよう」

「うちの職業? そ、それは……。いやっ、いいぞ。かかってこい、この野郎っ」

 両手でカモンカモンとジェスチャーする庭野。意味不明である。それはそうと庭野の職業か。レディース暴走族の総長しか出てこない。

「自己紹介の際、庭野さんは職業を口にしなかった。何故か? それは仕事をしていないか、あるいは諸事情により言えないからだ。しかし前者は否定できる。森野さんとのいざかいがあったとき、〝ちょっと仕事絡みで苛ついていてな〟と言っていたからだ。よって後者で決定だが、ならば諸事情とは何か? それは他者から見た自分のイメージとの乖離、端的に言えば照れの感情。それが自己紹介時に垣間見えていた。庭野さんの口からとある言葉を聞いたとき、その専門用語に違和感を覚えたが、今なら合点がいく。感情失禁。これは介護用語だね。よって庭野さんの職業は介護士。どうかな」

 庭野が介護士。

 それはないないと手をぶんぶんと振りそうになる私だが、庭野の穴があったら入りたいかのような態度と、難事件を解決している名探偵の推理の合わせ技となれば、受け入れざるをえないだろう。

 だがしかし、掛ける言葉が出てこない。それは他の参加者も同様のようで、へぇ、ふぅん、はぁ、うぅん――などの感嘆詞のみが円卓に飛び交った。

「ち、ちょっと待てっ。この微妙な雰囲気のままスルーするつもりじゃねぇだろうな。意外だねとか、似合ってねぇとか、大変そうだねとか、なんでもいいから誰かうちに何か言えっ」

「じゃあ私からいいですか?」

 居たたまれないであろう庭野に助け船を出してやる。

「お、おう、なんだ? えっと山崎」

「虹崎です。……介護士、胸を張っていいとても素晴らしい仕事だと思います。でもどうして介護士になったんですか」

「それはな、うちがばあちゃん子だったからなんだよ。両親はうちが小さいころに離婚したんだけどな、親権を得た母親はネグレクトで世話を一切してくれなかった。それを見るに見かねたばあちゃんが、母親代わりに育ててくれてよ。だからばあちゃんが病気で倒れたとき、今までの恩返しもあって、死んじまうそのときまで世話をしたんだ。それがきっかけだな。うちが介護士になったのは。だからよ、女性の高齢者なんか相手してるとつい間違って、ばあちゃんって声を掛けちゃうことがあってよ、はは」

「ふふふ。それは微笑ましいエピソードですね」

「って、笑ってんじゃねぇよっ。つーか何、長々と語らせてんだよ、おめぇはよっ。ぶっ飛ばすぞこのやろうっ」

 顔を真っ赤にしていきり立つ、庭野。何か言えと言われて言ってあげたら勝手に昔話を語りだして挙句の果てには八つ当たりとは。理不尽極まりないちょい悪介護士である。

 矢羽々に窘められて己の過ちに気づく庭野が、「悪かったな、浜崎」と席につく。訂正する気も起きなかった。

「素晴らしいっ、ブラボーです、周防探偵。名探偵の観察眼、しかと堪能させていただきました。ところでさっき、いくつかと口にしましたが、まだ推理があるんですか」

「ああ、あるよ。じゃあ、次の推理の対象は――森野さん、君だ」

 屋根裏乃の問いに答える周防が、メイに指を向ける。

「え……?」

 まさかと思っていたのか、メイが硬直。「構わないかな?」と周防が聞くと、「えと……うん」となんとか言葉を絞り出した。

「単刀直入に言うと、森野さんは年齢を偽っている。十三歳と言っていたが、本当はもっと上じゃないかな。そう推理するには当然理由がある。森野さん自身が気づいていないと思っているのだが、君は自分を〝メイ〟と呼ぶときと〝私〟と呼んでしまうときがある。〝私〟と呼べるのに、なぜ敢えて〝メイ〟と呼ぼうとするのか。それは幼い呼び方を使うことによって、自分を見た目相応に見てもらおうとする心理が働いているからだ。何度か、小学校を卒業したばかりの幼子とは思えない芯の強さを感じられたのも、だからこそなのだろう。合ってるかな」

 歳は十三で職業は生徒。だってメイ、中学生だもん――は嘘だったのか。外見は十三歳と言われれば十三歳だが、世の中には子供のように見える大人だっているわけで。といっても、いくらなんでも成人ではないはずだ。私の目はそこまで濁ってはいない。もっと上と言っても、二、三歳くらいだろう。

 年齢詐称を暴かれたメイが、若干引き攣り気味の笑みを浮かべる。

「う、うん。合ってる。〝メイ〟と呼んでいる理由もその通り。見た目が幼いから、相応に見てもらいたいって思って。自分では〝メイ〟で統一していたつもりなのだけど、でも〝私〟って言ってたんだぁ、私。――あ」

「実際、いくつなんだよ、お前。まさかうちより上じゃないだろうな」

「そんなわけないじゃんっ。義務教育を終えるか終えないかくらいの年齢だよ、ふんっ。でもメイは、ここでは十三歳の中学生でーす」

 庭野の荒唐無稽な憶測さておき、メイの実年齢は大体、十五、六だということが分かった。予想通りである。

 正直、呼び方を変えてまで自分を幼く見せようとする心理はよく分からない。しかし思春期は些細なことで悩んだりする時期でもあり、そう考えれば理解できなくもなかった。

「レディーの年齢に関しての推理はちょっと失礼だったかもしれない。森野さんが寛大な方で良かった。さて、ゲーム開始時間も近いので、次を最後の推理にしよう」

「次は誰ですか。もしかしてボクですかっ。えー、どうしようっ」

「いや。――北条さん、最後はあなたでよろしいでしょうか」

 落胆する屋根裏乃から四つ離れた席で、「ええ。かまいません。わたくしの何を暴くのでしょうか」と一ミリも動じない北条。

「あなたの経営する会社です。正直に申しあげて、あなたはとてもお綺麗な方だ。しかも単純に綺麗というだけではなく、美しい女性とはこうあるべきだという理念が、物腰や言動、果ては指先までに現れている。〝会社経営〟と〝女性らしさの追求〟。この二つが合わさったとき、あなたの名前がある種の暗号であることに気づきました。北条は〝豊穣〟。永遠は〝神の永遠性〟。つまり豊穣の神――デ―メーテール。以前、私の助手が、美容系総合ポータルサイトを運営しているデメテール社の社長がとても美しいと、興奮気味に話してくれたことがありましたが、その社長があなたではないですか? 北条さん」

 なんとも納得できる推理だ。妥協なき研ぎ澄まされた美しさの理由が分かったのだから。と同時に、だからこそ〝なぜ〟という疑問も湧いてくる。

「その通りですわ。名推理、感服いたします」

「北条さんがあの大手企業の。へぇ。私、デメテール社のコスメにはお世話になってるからちょっとびっくり。でも、そんな方がどうしてこのゲームに?」

 そう、矢羽々の疑問が私の疑問でもある。大手企業の社長である北条にしてみれば、報酬の二千万など大した金額でもないはずだ。にもかかわらず、命の危険を予見できる〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉に参加した。なぜだろうか。

「周防さんと同じく多大な興味です。運転資金の足しというのは撤回させていただきますね」

 北条が微笑む。

 富裕層の暇つぶしなら、危険なゲームには参加せずにVIP待遇で高みの見学が定石だ。なのに彼女は自ら参加している。なにやら妙だが、北条のやや浮世離れした人間性にマッチしてなくもない。

「さて、あなた方に対するわたしの推理はこれで終わりだが、楽しんで頂けただろうか。秘密を暴かれて不快な思いをされた方がいたなら、この場にて謝罪したい」

「そんな人いるわけないじゃないですかっ。逆に周防探偵の推理で秘密を公にしてもらって感謝すべきです。いやー、ボクも秘密を全てはぎ取られて素っ裸にされたかったっ」

 当事者でもないのに、いないと断定する屋根裏乃。後半の不適切な発言は熱狂的なファンゆえか。ちょっと別の感情が見えたような気がしたが。

 推理をされた当事者から謝罪を求める声は出ない。これにて周防劇場は幕を――

「君は虹崎さん、だったか」

 唐突に名探偵に名前を呼ばれる。

「え? は、はい」と返事をする私から目を離さない周防。まさか、無言のアンコールに応える形で私の隠された秘密まで白日の下に晒そうというのだろうか。

 やばい。引きこもり寸前のニートだということが――……。        (違う)

 ――? そうだ。私は引きこもり寸前のニートだ。だからお願いです。これ以上の名推理は止めてください。

「君はもっと君らしくあったほうがいいんじゃないのかな」

「はい?」

 止めてくれと懇願しながら、それだけなのかと拍子抜けする。

「いや、すまない。なんとなくそう思っただけだ。これ以上は論理の枠内から逸脱するから止めておこう」

「はあ」

 本当にそれだけだったらしい。絶対に必要のないくだりだと思った。

「それで? 名探偵のワンマンショーが終わって、このあとどうするよ?」

 庭野が誰と限定せずに問う。

「あと少しでゲーム開始の時間だからこのまま座っていればいいんじゃない? というより周防さんに全て任せればいいと思う」

 メイの仰る通りである。この八人の中でイニシアチブを取れるのは間違いなく周防だ。彼が欲しているというより、七人が彼女にこそという満場一致の主導権の贈呈。さきほどの華麗なる推理もあってそれは決定事項。周防も肌で感じ取っているのか、参加者を見渡したのち、こう云った。

「まもなくゲームの開始である十八時となります。おそらく〈始まりと真実の部屋〉が解放されるはずですので、みなさんで一緒に行きましょう」

 果たして〈始まりと真実の部屋〉には何があるのか。〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉とはなんなのか。私は名状し難い不安を覚えながら十八時を待った。

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