九人の黒づくめ達(四)
探していた館の見取図は入口から見てホールの左の壁にあった。
見取図をどこかで見たことがあると思ったが、ドアのギミックに使用されていた円形の模様と同じだ。そういえば、ツーブロックの女性が館を頭上から俯瞰した見取図だと言っていたことを思い出す。面白い形だと思っていたが、こうして見るとやっぱり面白い形だ。なんとなく手を広げたロボットみたいである。
円卓のあるホールが上半身で、ホールの両脇に広がっている廊下と五つづつの個室が腕。ホールの上にある〈始まりと真実の部屋〉を頭と見立てれば、実際ロボットのようでもある。ちなみにポーチは腰と合体するためのジョイントだ。
「腕を広げたロボットだとして、だとすると通路の上にある遊戯室と書庫はロケットランチャーかな。で、書庫の上の尖塔はそうだな……うーん」
「キャノン砲はどうでしょうか」
つい口から滑り出た独り言が、背後の人間によって会話に変換される。見向くと例のフランス人形美女がいた。そんな彼女の口からキャノン砲、というギャップに妙な親近感を覚える私。だからというわけではないが、いやだからなのだろう、
「そうですね。キャノン砲がぴったりかもしれません。それも低反動キャノン砲。本当でしたら遊戯室の上にもあって二門のほうがしっくりくるんですが……あ、だったらビームキャノンでもいいかもしれません。ビームキャノンって攻撃力が高いイメージもありますし、主役感があります」
やけに饒舌になっている私がいた。
「ふふ。そういった方面に御詳しいのですね。ロボットアニメとかお好きなのですか」
「ええ、よく観てます。それにゲームでもプレイしますね。その場合はロボットのパイロットとしてゲーム空間を飛び回って敵機を倒したり陣地を取ったりという遊び方ですかね。ロボット物でなくてもその世界のキャラクターになりきって人工現実感に浸れるゲームが大好きで、例えばファンタジーのRPGとかで剣士になってモンスターと戦ったり……」
話の脱線に気づき我に返る。
微笑みを浮かべながら私の目を見詰めているフランス人形美女。耳を傾けてくれているのだろうが、急に自分の趣味が低俗に思えてきて恥ずかしさが込み上げてくる。どうにも彼女とは住む世界が違うような気がして。
「戦ったり……なんですか?」
「そ、そういえば、屋敷の中は探索しましたか?」
唐突な話題の切り替えを気にすることもなく、彼女は笑顔のまま付き合ってくれた。
「ええ。探索というほどには広くはないですけれど。まずはそこの両開きドアの先の部屋を拝見させていただきましたわ。ロボットの左腕の部分ですね」
私もいくつかの部屋をメイと共に見て回った。
ホールの両サイドに連なっている五つづつの個室は、見た限りではどれも同じ十三畳ほどの部屋だった。
落ち着いた色調でホテルのシングルルームといった感じだろうか、入ってすぐ右に三点ユニットバス。まっすぐ進めば、壁際に三点ユニットバスと隣接するようにシングルのベッド。反対側の壁には絵画とシンプルな壁掛け時計が飾られている。部屋の奥にはカフェテーブルと皮張りのチェアがあり、そばには小さなゴミ箱が置かれていた。入口のドアとの対角線上には窓があるが、横滑り出し窓となっていて、下が十センチほど外側に開く程度だった。
ちなみに鍵はカフェテーブルの上に置かれていた。鍵はプレートの付属した簡易的なキーリングが付いている。そのプレートには部屋番号と、よく見ると部屋ごとの絵画を縮小したものが印刷されていた。
カフェテーブルに置かれていたのはそれだけではなかった。飲料水と書かれたペッドボトルが十本、銀色のアルミ袋に包まれた細長い物体が三十本置かれていた。銀色のアルミ部分に、チーズ、メープルパン、アップル、マスカット、オレンジ、ホットドッグ・グラタン・焼肉?などの文字が書かれていたが、それらのブロック型食品が館での食事になると思われた。〈ジェーン・ドウの館〉には調理室などなければ、調理する人間もいないのだから。
ところで個室が十で参加者が九となれば、一人一部屋をあてがうのが自然な流れだろう。誰がどの部屋を使うのかはまだ決まってはいないが。
――そのあとフランス人形美女は遊戯室を覗いて書庫に行き、そのままついさっきまでくつろいでいたという。英語で書かれた知らない本に目を通したらしいが、文章がおかしくて読むに堪えない内容だったとも。
私はといえば、フランス人形美女とは逆に遊戯室で時間をつぶしていた。二台のビリヤードテーブルに三つのダーツボードがあったが然して興味はなく、座り心地のよいソファに横になって。数人の参加者がいたが誰だかはよく覚えていない。メイが途中まで一緒にいたが、尖塔を上ってみたいといなくなってそのままだった。
そういえば、遊戯室の窓ははめ殺しだった。北条に聞けば書庫もそうだと言う。換気よりも防犯対策に重きを置いたのだろうか。だったらと疑問が過る。
玄関扉には鍵がなかった。どこをどう探しても。なので今も開いたままだ。不可解な矛盾に私は頭をひねるが、合点のいく答えがでるわけでもなかった。
「ところで〈始まりと真実の部屋〉が気になりますね。鍵穴もなく入れなかったのですが、あの方のおっしゃった通り、ゲーム開始時刻の十八時になれば入室できるようになると思いますか?」
私はそれを聞いて、〈始まりと真実の部屋〉のことを思い出す。
見取図の中央、ナイフの大時計が設置されている壁の奥に位置する、閉ざされた部屋。その部屋の両開きの扉は、押そうが引こうが体当たりをしようがうんともすんとも言わなかった。
私と丸刈りの女の悪あがきを眺めていたあの人――ツーブロックの女性は確かに、〝ゲーム開始時刻の十八時になれば入室できるようになるはずだ〟と口にした。
ならばそうなのだろう、と私は思う。彼女には洗練された立ち振る舞いもあってか、発せられる言葉に説得力がある。私のようなモブキャラが異を唱えていい人物ではない。
「はい、多分。なんといっても〈〝始まり〟と真実の部屋〉ですから。あの部屋が開かないとゲームが始まらないような気がします」
「そうですね。……ところでこれは、ああマスターキーですね」
フランス人形美女の目線の先。見取図から三十センチほど右にずれた場所に、真四角に穴の開いた空間がある。空間の上に〈MASTER KEY〉と書かれていて、空間の中には確かに、フックに吊り下げられた鍵が見えた。
個室の鍵と同じように、プレートの付属したキーリングが付いている。しかしプレートは、絵画で統一されている個室とは違い、印刷を忘れたかのように真っ白だった。
当たり前だが、このマスターキーでどの個室の鍵も開けられるのだろう。
と、ホールが騒がしくなる。どうやら集合時間である十七時四十分間近になったようだ。個室や遊戯室、書庫にも時計があったこともあり、予定通り集まってくる参加者達。
書庫のある廊下からメイも現れた。彼女は私を見つけると、手を振りながらこちらに小走りでやってくる。その走り方に違和感を覚えた矢先。
あっと思ったときには遅かった。メイは二段になっている階段で足を踏み外すと、壮大に転んだ。しかも顔面から。あれは痛い。
「あらあら、大丈夫かしら、あの子」
心配そうに口を押さえるフランス人形美女。
「大丈夫ですよ。転ぶの慣れてますから」
私は答える。
〝転ぶメイを目撃するのが慣れている〟が正しいからもしれないが、どっちでもいい。おそらく靴が合っていないのだろうが、それこそ慣れるしかない。
鼻を赤くするメイが私の前に立つ。彼女はフランス人形美女に軽く会釈すると、私を見上げる。
「尖塔なんだけどけっこう高かった。でさ、遠くまで眺めたんだけど周囲は森だけ。本当にどこなんだろうね、ここ」
「あ、それなんだけど……」
あとで教えるつもりだった、〝ここが日本の関東のどこか説〟をメイに伝え私。彼女は「じゃあ、トトロの森とか?」と狭山丘陵の愛称を上げるが、そこまで分かるわけもないので、「可能性としてはなくはないと思う」と答えるに留めた。
ホールには八人の参加者が集まった。
誰かが椅子に座ると、皆がそれに続く。
「御参加、感謝します」破顔するツーブロックの女性。しかしすぐに笑みは消えた。「ところで一人いないのですが、誰だか分かりますか? 生憎、わたしの記憶の中に顔が浮かんでこないのです。面目ない」
確かに一人いない。ツーブロックの女性同様、顔すら浮かんでこなかった。
「た、確か、女性だったと思います」
答えたのは、大きな丸眼鏡を掛けた二十代前半とおぼしき女性。
梳かしてないのか、ショートボブはボサボサでまるで寝起きのよう。化粧っけもなく眉毛も太くてどうにも垢抜けない女性ではあるが、素はそんなに悪くない気がする。磨けば光りそうではあるが、美の探求心が全くないから今の原石たる彼女がいるのだろう。
「どんな女性だったか分かるかい?」
「い、いえ、髪の短い女性っていうだけで……そのほかにはあの、特に覚えてなくて……しゃ、しゃしゃり出ておいてすいませんっ」
丸眼鏡の女性が九十度の高速お辞儀を全力で実行する。ここにきてちょっとインパクトのあるキャラクターである。
「君が謝ることじゃない。消えた参加者が、髪の短い女性と分かっただけで充分だ」
「あ、ありがとうございますっ」背筋をピンと伸ばす彼女が、ずれた丸眼鏡を直しつつ「あの……ずっと思っていたんですけど、あなたはもしかして……」とツーブロックの女性を凝視する。
「おい、自己紹介するんじゃねぇのか。早く済ませちまおうぜ。もうすぐゲームの時間なんだろ。いない奴なんて放っておけよ」
「でも、その人一体どこに行ったのかしら。館に入って解散してから私見ていないのだけど、皆さんは?」
丸刈りの女の言ったことは最もだが、黒髪の女性の疑問も解いておいたほうがいい気がする。
すると、他の参加者達も消えた参加者を見掛けていないで一致したあと、「外に行ったんじゃないでしょうか」と大人ギャルがためらいがちに発言した。
この館は出入り自由。その可能性も当然、視野にいれなければならない。
「だったら時間も分からないかもしれないわね。探しに行ったほうがいいかしら」
「いや、その必要はない。わたし達だけで自己紹介をはじめよう。その内来るさ」
「ならいいのだけど……」
いなくなった参加者が気になるのか、玄関に視線を向ける黒髪の女性。しかし、参加者が着席していくと素直にその流れに乗じた。
「自己紹介なんだけど、名前と職業と、あと簡単でいいので、どうしてこの〈ジェーン・ドウ・ゲーム〉に参加したのかの三点でお願いします。あ、歳もよかったら」
自己紹介はどうかと持ち出したメイが四つの要求をする。これでいいかとばかりにメイがツーブロックの女性に目配せすると、「強制はできないがね」と彼女は首肯した。
特段おかしなことを求めているわけでもないが、職業か……と私は若干、気が滅入る。しかし正直ベースで話す必要もないわけで、滅入った分の気は楽になった。
「じゃあ、私からでいいかしら」
黒髪の女性が手を上げる。
「どうぞ。そのあとは時計回りでお願いします」
と場をしっかり仕切るメイ。
「私の名前は
矢羽々が自虐的な笑みを浮かべる。予想通り彼女は聖職、学校の先生だったようだ。矢羽々自ら口にしたように、学校の先生がなぜこんなダークウェブのゲームにと思ったが、踏み込んではいけない領域だろう。
「うちは、あー、
ランボルギーニにそこまで詳しくないが、三千万以上はしたような気がする。足りない一千万を自分で貯める気なのだろか。そもそも丸刈りの女――庭野にランボルギーニは身分不相応だ。厳ついミニバンで前方の車を煽るがお似合いだが、それも初頭効果のなせる業である。
「ボ、ボクは
要求にない趣味と最高の一冊を発表する垢抜けない女性、屋根裏乃。なんとなくペンネームっぽい名前だが、全ての要求項目について詐称を証明する術もないので言及は無意味だろう。そもそも正直に回答する義務もない。しかしボクっ娘とはまた二次元的属性である。不思議と似合ってはいるが。
「メイの名前は森野メイ。歳は十三で職業は生徒。だってメイ、中学生だもん。参加理由は、もちろんお金が欲しいのもあるけど面白そうな匂いがプンプンしたから。よろしくね」
メイはやはり中学生だったようだ。それにしてもそんな子供が、ダークウェブで見つけた怪しげなゲームに面白そうだからと参加するのはやはりどうなのだろうか。家で携帯ゲーム機でもしてればいいのにというのが、率直な感想だ。両親だって心配しているだろうに。
で、次は私である。
「えっと、私の名前は虹崎琉花。年齢は十九です。職業は飲食関係の会社員で、参加理由は二千万円という報酬に惹かれたのと、ゲームは比較的得意というものあったから。あ、ゲームといってもコンピューターゲームのほうですけど」
会社員とはよく言ったものだと、自嘲のため息が出る。しかし引きこもり寸前のニートと正直に述べてしまえば、無害系背景キャラにマイナス属性が加味され、悪目立ちすることになる。嘘も方便というやつだ。一期一会であろうとも恥は晒したくはない。
「私は、
なんとなくシングルママを予想していた大人ギャルはやはりそうだったようだ。結局電話は見つからなかったのだろう、万城目の表情はずっと暗く沈んでいる。ゲームなんかに参加せずに息子と一緒にいればと後悔しているかもしれない。
「わたくしは
と、私をちらりと見るフランス人形美女、元い北条永遠(推定年齢二十五)。まるでその助力を私に求めてるといった感じだが多分、力にはなれない。この館のどの部屋にも、ゲーム機はおろかテレビさえも見当たらないのだから。ところで会社経営とは意外だ。箱入り娘が厳格な両親への反抗心から――というストーリーもあったのだが、至極現実的な参加理由だった。
最後はツーブロックの女性だ。ずっと気になっていた彼女のプロフィールやいかに。
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