九人の黒づくめ達(三)
意匠の施された玄関ドアの真ん中に、二十センチほどの楕円形の模様がある。それは真ん中に不思議な模様が描かれていて、そこから外周に向かって青く光る線が放射状に伸びていた。線は全部で九本。右下の二本だけ光っていなかった。
「もしかして九本は参加者の数ですかね。私とメイを待っていたってことは、この光っていない二本が何か関係あるんですか?」
「その通りだ。模様の中心の絵はこの洋館であり、九本の線は参加者を洋館へ案内する道だ。上空から俯瞰した見取図のようなものだな。よって道は参加者の数のほかに目を覚ました方角を示していて、例えばわたしなら右上のここで目覚めた」
ツーブロックの女性が、右上にある線のスタート地点を触れる。それは線から伸びた二センチほどの小さな円だった。
「私とメイはどちらも右下だから、あそこで待っていたわけですね」
「そうだ。実際には道と道の間の森から現れたわけだけどね。ところで、さきほどこの円に触れたが、最初に触れたときは現在のように青く光ったんだ。ちなみに自分の目覚めた場所でないところに触れても反応はない」
右下の光っていない線の円を触れるツーブロックの女性。彼女の言った通り青く光ることはなかった。
「指紋認証なんですか?」
「おそらくね。注射を打たれて気を失っている間に指紋を登録されたのだろう。自分の知らぬ間に個人情報を盗まれるのは甚だ心外だが、実はこういったギミックは好きだったりもする」
「はあ」
「そんな感じで触れればいいのね。メイは多分ここかな。えいっ」
好奇心を抑えきれない子供のように(実際子供なのだが)、メイが光っていない線の一本を触れる。すると合っていたのか、青色に光り出した線が中心の絵のほうへ流れていった。だったら自分はここしかないだろうと残った線を触れると、同じ現象が起こる。
しかし起きたのはそれだけではなかった。今まで反応のなかった中央の洋館のマークも発光したのだ。
扉の内部からガコン、ゴゴゴゴゴという音がする。ギアがかみ合って動き出したようなそんな駆動音だった。
「開錠したらしいね。ドアが開くか試してもらっていいかい」
ツーブロックの女性に頼まれた私は、円形の模様を避けるように湾曲した両側のドアノブを握って、手前に引き寄せる。すると重々しい開閉音と共に円形の模様が真ん中から割れ、二つの縦長アンティーク調のドアノブが反発するように離れていく。
「暗いですね。あ」
真っ暗だった館内の中に色が浮かび上がる。天井の照明が付いたのだ。玄関ドアと連動しているのかもしれない。
照明は大きなシャンデリアであり、見える範囲で三つあった。親戚の結婚式場で見たとにかく眩しいエレガントなのとは違う、暖かな光を注ぐヴィンテージ調のブラックシャンデリアだ。重厚ながらシャープなデザインはヨーロッパの古城にありそうで、ついこの間プレイした中性ヨーロッパ風の世界を舞台にしたRPGを思い出した。
壁は一面、真っ白で、下部にある腰壁はこげ茶色の木板仕上げ。床は厚手の赤い絨毯が敷き詰められていて防音効果が高そうだ。おそらくホールと思われる玄関ドアの向こうは四メートル程の半円のスペースがある。そこにはスタンド灰皿のような縦長の造形物があり、その先は半円に沿って四段の階段。上ってすぐのところにはいくつかの椅子と机が見え、すぐ奥には、左右の壁から壁に曲線を描くように二段の階段もあった。
椅子と机が集まった場所の両脇奥には壁に沿って両開きのドアがある。外から見たときに長屋のような建物があったが、そこに続く扉だろう。椅子と机の向こう側には大きな円状の模様の描かれた壁があるが、洋館の構造上、壁の反対側には通路があるはずだ。
「誰かいないかっ」
身を乗り出すツーブロックの女性が、館内に向かって叫ぶ。
――が反応はなく、やがて元の無音がやってくる。
「誰もいないね。館主はともかく執事やメイドが来たっていいのに」
「館あるあるだけど、呼びかけてもいなかったみたいだし、そもそも誰かいるならドアのギミックの必要性がなくなるんじゃない」
「そっか」
「おい、早く中に入れよ。後ろが詰まってんだ」
私とメイが話していると、後ろから丸刈りの女の苛立つ声が聞こえる。確かに邪魔かもとメイと共に中に入ると、開いたスペースを残りの参加者が通り抜けていく。私は各々の洋館に関する感想を耳で捉えながら、全員入ったのだろうかと背後を見向く。
バタンとドアが閉まる。
「あ」
私は慌ててドアノブを掴み、外側へ押す。普通に開いた。
「どうかした?」
「うん、一度入ったらもうドアが開かないかと思って。あんな面倒くさいギミックがあったから」
ちなみに外には誰もいない。全員が屋内に入ったのだろう。
「九人が揃わないとできないゲームなんじゃない? だからあれは多分、人数の確認なんだと思う」
「あ、納得」
「ねえ、みんな、これ何か書いてあるわ」
黒髪の女性が、段差の前にある縦長の造形物を見ている。よく見るとスタンド灰皿のようなそれは黒い大理石だっだ。大理石は一辺約二十センチの正方形で、高さは六十~七十センチくらい。上部が三十度ほど斜めにカットされていて、そこには大理石に直接、白い文字が彫り込まれていた。
私はその文字を読んでみる。
ジェーン・ドウの館へようこそ。
ジェーン・ドウ・ゲームの参加者へ。
『クリア条件』
ジェーン・ドウの正体を突き止め、そこに至った過程を論理的に説明すること。
『付随する情報』
期間は本日十八時より二十四時間。明日の十七時から十八時までの間に、〈始まりと真実の部屋〉にて代表者一人がクリア条件を満たすこと。成功した場合、生存者一人づつに二千万円進呈。失敗した場合、参加者全員死亡。
「……これ、マジで言ってるのか」
丸刈りの女が緊張を孕んだ声を出す。〝これ〟というのがどこを指しているのか不明だが、彼女の先ほどの声の感じからして後半のあの部分だろう。
「〝これ〟って、期間が十八時より二十四時間ってとこ?」
「そこじゃねぇよっ。失敗した場合、参加者全員死亡ってとこだよ。これがマジなのかって話」
メイに突っ込む丸刈りの女だが、それは正しい。報酬が二千万という大金ならばそれ相応の危険はあるだろうと思っていたが、クリアに失敗で全員死亡とは思わなかった。丸刈りの女もこればかりは許容範囲ではなかったらしい。他の参加者も同様なのだろう、衝撃の情報に周囲で驚きの声が上がる。
しかし意に介さない人物がいた。
「失敗しなければいいだけの話ではないでしょうか。クリア条件である、ジェーン・ドウの正体を突き止め、そこに至った過程を論理的に説明できればいいのでしょう? ゲームである以上、クリアはできるはず。頂いた二千万円の使い道を考えていたほうが、わたくしは健全だと思いますわ」
場違いだと思った。
毛穴も分からないほどのきめ細やかな肌は、まるで冷たい陶器だ。それでいて血色感のある桃色の頬が暖かさを感じさせ、鼻筋は欧米人かのようにスッと通っていた。艶のある唇と平行な眉も加味すれば、もはやフランス人形と形容していい顔である。つまり身もふたもない言い方をすれば、とんでもない美人だった。
フランス人形のような彼女が私を見ている。私がずっと凝視していたから気になったのだろう。すると彼女に微笑みかけられた。私はさっと目を逸らす。顔が熱い。赤くなっていなければいいのだが。
そこで拍手が聞こえる。ツーブロックの女性だった。
「素晴らしいポジティブシンキングだ。果敢に挑戦する精神こそが困難に打ち勝つための必要条件だからね。実に素晴らしい」
「どうもありがとう。ゲームですからね。楽しまないと損ですわ」
「同感だ。ところでこの文言を読んで二つ気になる点がある。まず一つ目は〝ジェーン・ドウの正体を突き止める〟とはどういうことか」
「うーん。この洋館にジェーン・ドウがいて、その人の正体を暴けってことかな?」
とメイ。
「素直に受け止めればそうだろう。こちらの呼びかけには応じなかったが、どこかにジェーン・ドウなる人物がいて、彼女の正体を暴くのか、あるいはすでに故人となっている氏名不詳の女性の正体を白日の下に晒すのか」
「そういえば、洋館の入口の上に女性の像があったよね。あれがジェーン・ドウを模した像なら、あの像にそっくりなのかな」
「それが自然だろうね。いずれにせよ館を調査すれば分かることだろう」
「気になっているもう一つは何かしら」
黒髪の女性が二つ目を問う。彼女の横には大人ギャル。大人ギャルは視線をホールのあちこちに向けている。何かを探しているように見えた。
「最後の文章である〝生存者一人づつに二千万円進呈〟というところだ」
「どこが気になるんだよ? ん、報酬は三千万円だったか」
「違う。報酬は二千万円で合っている。そこではなくて〝生存者〟という文言だ」
丸刈りの女の都合のいい勘違いを一蹴するツーブロックの女性。
そうだ。冷静に考えれば〝生存者〟という表現はおかしい。成功した場合、参加者全員に二千万円進呈なら分かるが、参加者全員ではなく生存者のみとなればそれは……。
「成功に至る過程で、参加者が死ぬ可能性もあるということですね」
私が理解したそれをフランス人形のような女性が口にする。まるで当事者ではないかのような涼しい顔だった。
「その通り。やはり一筋縄ではいかないゲームのようだね。ただ全員生存してゲームクリアの可能性だってないわけではないだろう。気になる点として生存者の文言を上げておいてなんだが、そう悲観的になることもない」
百歩譲って失敗なら分かるが、成功するにしても命を落とす者がいるかもしれない――。この事実が思いのほか参加者へ重く圧し掛かったのか、ツーブロックの女性のフォローもむなしくお通やのような空気が流れる。
パンッと音が鳴る。
黒髪の女性が柏手のように手を鳴らした音だった。
「そうよ。悲観的になる必要なんてないわ。だってこのゲーム、参加者同士の〈対戦〉ではなくて〈協力〉を必要としてるんじゃない? 文章を読む限り、絶対にそうよ。だったらみんなで力を合わせてがんばれば、誰一人も命を落とさずにクリアできるんじゃないかって思うの」
「私もそう思う。だから良かったー。さっきあんたが近づいてきたとき股を蹴り上げなくて。〝付いて〟なくても痛いでしょ」
メイにあんたと呼ばれた丸刈りの女が「はぁっ?」と驚き、「恐ろしいガキだな」と顔を引き攣らせる。
「あの、もう話はいいですか? 電話あるかもしれないので探します」
大人ギャルが四段の段差を上り、この場から離れていく。さきほど探し物をしているように見えたが電話だったらしい。
大人ギャルの離脱がきっかけとなり、一人また一人と立ち去っていく参加者達。取り合えずジェーン・ドウでも探してみようかなと私も一歩踏み出したとき、メイが「待って!」とみんなを呼び止めた。
参加者の耳目を集めるメイが、一呼吸おいたのち言葉を紡ぐ。
「あの、みんな会ったばかりでお互いのことまだほとんど知らないよね。だからあとで……えっと二十分後くらいに、そこの机と椅子のところで自己紹介とかどうかなって」
机と椅子と聞いて私は目を向ける。今知ったが、そこは円卓だった。アーサー王物語のキャメロット城のとは似ても似つかぬものだけど。
「それは名案だ。実はわたしも提案しようと思っていたところだよ。〈協力〉の線が濃厚となった以上、結束力を高める上で自己紹介は必須だろう。一応、聞いておくが、反対の者は?」
ツーブロックの女性が拒否の人間に呼びかける。反対の人間はいなかった。
「それで二十分後って何時何分だよ? 時計がねぇから分からねぇんだけど」
丸刈りの女の疑問。スマホもなければ腕時計もない私だが、それはこの場にいるみんなも同じのようだ。ならばこのホールのどこかにホールクロックでもあればと探すが、そんなものはなくて――。
いや、あれは。
「もしかしてその壁のって、時計? じゃないですか」
私は円卓の傍の壁を指さす。館に入ったとき円状の模様に見えたそれは、よく見ると、直径一メートル程の大きなアナログ時計のようである。黒い時針と分針らしきものもあることから、やはり時計のようだ。十二の数字の場所には細長い装飾品が円の中心に向けられて並べられているが、なんとも洒落た時計である。
ツーブロックの女性が装飾品の一つに触れ、手前の部分を握る。するとそのまま引き抜いた。
「やはりナイフか。しかもレプリカではなく本物だ。金属の
本物のナイフ。刃渡り二十センチはありそうだ。あんなので刺されたら……と私は身震いする。
「……何に使うんだよ、そんなもん。危ねぇな」
「そうよ。怪我したら大変よ。あなた、もう仕舞ったら?」
丸刈りの女と黒髪の女性の緊張がこちらまで伝わってくる。しかしツーブロックの女性はナイフに興味があるのか、他にも数本取り出して眺めはじめた。
「ヒルトから先の
「いいから早く仕舞えって。そんなことより時間だろ、時間」
「ああ、悪かった。このナイフの大時計はあとでゆっくり鑑賞するとしよう」
ツーブロックの女性が名残惜しそうにナイフを元の場所に戻す。そのタイミングで私は時間を告げた。
「今の時刻は夕方の五時十八分です。だから五時四十分に集まればいいんじゃないでしょうか」
「分かったわ。でもその大時計から離れちゃったら結局、時間が分からないわね」
「ほかの部屋にも時計くらいはあるんじゃないかな。もしなくてもわたしが皆に声を掛けるから安心していい」
黒髪の女性の指摘にツーブロックの女性が回答を示し、皆が頷いたところで再び解散となった。
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