002.●●●しないと出られない部屋?~お目覚めは超未来~



 ――時は少し前に遡る。



「ぅ…………っつぅ……」


 とんでもない寒気と痛みを感じて、オレは自分の意識が浮上していく感覚を覚えた。


 あれ……オレ、確か健康診断とやらを受けていて……いつの間にか寝ていたのか……?


 なんだか寒いし背中は痛いし頭も割れそうなほど痛い……クソ、何が健康診断だ、変な薬でも盛られたんじゃないのか?

 こんなに可愛い自分のムスコを人体実験の被検体に差し出すとか、あのイケメン母親、やっぱりとんでもないやつだな……。


 そう勝手に決めつけつつ、とりあえず起きるかと思ったオレが痛みでギュッと閉じていた目を開くと……真っ暗で何も見えなかった。


「ったく……暗闇で放置プレイとか趣味じゃないんだよ……いてっ!? っつぅ~~~!」


 悪態をつきつつ、寝かされていた冷たく硬い床から起き上がろうとしたところで、オレのキュートなおでこが何かにぶつかり、オレは頭を抱えて悶絶することになってしまった。


 しかし、怪我の功名なのか……センサーでもあったのか、オレの居る空間に明かりが灯った。


「ぐぁぁぁ!? 目がぁーー!?」


 なんだかとても久しぶりに見た気がする光……それも急に強烈な光に晒されて、オレはお決まりのセリフを口にしながら顔を覆ってまた悶絶することになった。


「はぁっ……はぁっ……クソッ、なんてお約束な……って……。…………なんだ、ここ……?」


 ようやく明るさに目が慣れてきたところで、オレは自分が居る場所に全く見覚えがないことに気がついた。


 部屋……というよりもただの四角い空間と言えるだろうか。

 窓なんかは全く無く、よくわからない液体で満たされたよくわからない装置のようなものが部屋の隅にぽつんと置かれていて、明かりが灯ったせいか電源が入っただけなのかは分からないが、中に入っている液体が青白く光っていた。


 振り返ると、オレが寝かされていたのも何かの機械の一部だったようだ。

 ゴチャゴチャとした管が複雑に絡み合っていて、オレはその管が繋がる先の半円状の筒のようなところに横たわっていたらしい。


 悪の怪人でも生み出していそうな装置だな。

 もしくはSF映画とかに出てくるクローンでも作っていそうな装置とか。


 とにかく、何もかもが得体が知れなくて薄気味悪くてしかたがない。


「……はっ、まさかっ……!?」


 ……良かった、ちゃんと相棒はツイてるな。

 別に性転換手術をさせられたとかでもないようだ。


 いやー焦ったぜ。

 オレはどこまでも可愛く美しい存在だが、別に女の子そのものになりたいわけではないからな。

 ちゃんと男の心と身体を持ちつつ、女の子を愛でたいのだ。


 …………。


 いや、いい加減に誰か迎えに来いよ。


 こんな入院服みたいなのじゃなくて、早く着替えたいんだけど。

 今日の服、お気に入りだったんだからな。

 スカートにシワでも着けてたら承知しねぇぞ。


「おーい? だれかー?」


 …………。


「はぁ……ったくよ……」


 いくら呼びかけてもオレの美声が部屋に反響するだけだった。

 迎えを諦めたオレはとりあえず部屋を出ようと、変な装置の変なベッドから降りようとして……。


「っととっ……!? な、なんだこれ……?」


 ひんやりした床に足をつけた途端、まるで初めて歩いた赤ちゃんのようにふらついて倒れそうになってしまった。


 頭では歩き方を知っているのに、まるで身体がびっくりしたかのような……入力したコマンドがラグのせいで上手くアバターに伝わっていないような……。


「もしかして、夢……じゃないよな。痛かったし……なんなんだよ……」


 自分の身体なのによくわからない感覚に首を傾げながらも、とりあえずオレは出口を探す。


 ただ、ペタペタと裸足で歩き回ってみても、殺風景な実験室に見えなくもない15メートル四方くらいの広い空間には出口は見当たらなかった。


 唯一それっぽいのが、とある面にあるのだが……本当にこれが扉か?

 どうやって開けるんだこれ?


 何でできているのかもわからない真っ白な四方の壁の一箇所に、横幅1.5mくらいの間隔で2本の溝が縦に走っていて、どうやらスライドして開くタイプのようだが……。


「んぐぐぐぐぅーーーっ……だ、ダメかっ……」


 持ち手はないし押してもズラそうとしてもビクともしない。

 か弱い男の娘なオレの力だから開かないなんてことは……ないよな?


 もしくは……まさかっ!?


 何か部屋から出るための条件があるとか……!?

 そうなると相手はどこだっ……!? 美少女はどこだっ!


 ……いやまて、だんだん考えがおかしくなってきているぞオレ。

 『●●●しないと出られない部屋』とか書いていないからな?


「おーい! いい加減に出してくれーっ! 黙っておいてくれって言うなら、人体実験暴露配信とかしたりしないからさー? 母さーん? 女医さーん? ……流石にこれ以上は怒るぞー?」


 バンバンと扉らしき壁を叩きながら呼びかけてみても、一向に返事はなく……。


 若干申し訳なく思いつつも、母さんが言われると弱い『オレが怒る』という最終手段を持ち出してみても、それは変わらなかった。


 自分の息遣い以外は何もしない無音の部屋。

 あるのは変な装置だけで、水も食料もない。


「洒落になってないって……お?」


 時間にして十分か、それとも数時間経ったのか……時間の感覚も曖昧になって冷や汗をかき始めた頃、ついにこの空間に変化があった。


「なんだ……? 矢印……?」


 オレの足元……扉らしき場所の前に、青白い光でできているような矢印が浮かび上がったのだ。


「浮いてるし……こっちに行けってことか?」


 オレが目を向けたことに気づいたかのように、矢印は青白い光をグラデーションさせて何かを指し示しているように見える。


 その先を見ると、また次の矢印があった。


「なんだ、出口を間違えてただけなのか……言ってくれればいいのに」


 ちょっとホッとしつつ、矢印が示す先をペタペタと歩いて辿っていく。


「ええと、次は……こっちか。それで……この機械の……っておい! 戻ってまた寝ろってことか!?」


 辿っていったが……オレが機械の横に立つと、まるでそこに寝ろとばかりにいくつもの矢印が機械を指し示していて、ご丁寧にオレが寝ていた平らな部分を囲って強調していた。


 期待していたのに徒労に終わり、思わずガックシと機械に手をついて崩れ落ちてしまった。


「はぁ……あのな、ふざけるのもいい加減……に…………あれ……?」


 いま手が、なんか……チクッと……したよ……う……な……?


 ……くそ、罠……か……。


 オレは、急速に意識が遠のいていくのを感じながら、また心の中で悪態をついた。

 悪夢のような状況なのに夢じゃなかったというのに、わけがわからないまま今度は逆に夢の中に旅立とうというのだから……。



*****



『S級特殊個体ノ意識レベル上昇を確認。覚醒まデ、10...9...8...』


 …………うぐっ……オレ、どうなったんだっけ……?


 ああそうだ……変な部屋で目が覚めて、誰も居なくて、出られなくて、矢印が出てきて……クソッ、どうしたのかは分からないけどチクッとしたら眠くなったんだった。


『6...5...4...』


 ……ってか、誰も居なかったよな?

 この頭に響くような声はなんだ……?


『2...1...0 S級特殊個体の覚醒ヲ確認。処置経過の確認のタめ、全身スキャンを開始』


 とうとう誰か来てくれたってことか?

 これは文句のひとつでも言ってやらないといけないな……!


 謎の声のカウントダウンに促されたというわけではないだろうが、沈んでいた意識が完全に浮上すると当時に、オレは目の前に居るであろう誰かにガツンと言ってやるべく気合を入れて目を開き――――そして驚きのあまり固まることになった。


「な……な、え? はぁっ……?」


 目を開くと、オレの世界は何もかもが一変していた。


 視界のあちこちに、なにかの数字や文字が映し出されている。


 先程まで何もなかった部屋に……例えば扉のようなものを見てみてれば、それを『開くためのコマンド』が視界の端に現れるし、そのコマンドがそれがなぜかそういうものであることが分かった。


 床を見て『なんだこれ』と思い浮かべればその硬度や材質なんかが表示されるし(聞いたこともない素材だが)、視界に入るありとあらゆる情報が……『視界に入っていないもの』まで表示しようと思えば出来てしまうのが、不思議と理解できた。


「うわぁ……なんだこれ、オレはまだ夢の中にいるのか? 今度はSFゲーか……? もしくはVRMMORPGもののラノベか……?」


 視界に浮かんでいる情報……というか視界だけでなく、脳内でまでこれまで触れたこともないような知識や何かしらの思考が走り回っていて、それはまるでアニメなどで表現されるSF世界の技術そのものと言えた。


『...スキャン完了。処置結果ハ異常なシと推定』


「……お前か、さっきから訳のわからん独り言をオレの脳内で直接話してたヤツは」


 そして今の状態になって、ようやくオレはオレ以外の存在がここに居る……というよりも在る?ことに気がつくことが出来た。


 機械音声のように微妙に聞き取りにくいこの声の持ち主にはどうやら実体がないようで、脳内に声が響く度に視界の端には『発信者・自律制御型航宙艦インターフェイスシステム・SRY-K1』と、シンプルなスピーカーのようなアイコンと共に表示されていた。


『肯定。電脳化処置にヨリS級特殊個体ト本システムとのコンタクトが確立さレタため、意思疎通が可能にナりまシタ』


「電脳化……? もしかして、あのチクッとしたやつか……?」


『肯定。S級特別個体が電脳化さレテいなイこトは想定外。よって、MIMミームの直接注入により処理を実行。S級特別個体の電脳領域形成を72時間で完了』


「なんだよその電脳領域とかMIMってのは――――いや、。思い浮かべるだけで勝手に知識が浮かんでくるなんて、気持ち悪いなこりゃ……」


 些細な思考から大量の情報を頭に流し込まれる感覚はなんとも言えないものがあって、突然の状況に混乱していることもあり、オレは思わず眉間にシワを寄せてしまった。


 電脳領域っていうのは、MIM……Microparticle Induction Maschine、つまりナノマシンみたいなもの基幹とする技術を人間が扱うために必要な……脳内で電子的処理を行うための場所のことらしい。


 すげーな、なんだこの技術。まんまSFじゃないか。


 しかもMIMってのは科学技術だけじゃなくて精神感応技術……つまりサイコだかテレパシーだか知らんが、そういう技術も織り込まれてるらしいが……今はそんなことはどうでもいい。


 つまり、システムだかAIだかそういう存在がいて、その存在もMIM技術を元にしているから、オレがこのSFな状態になることで会話ができるようになったということだろう。


「………………はぁ……」


 で、オレがこんな状態になっているということは、だ。


 猛烈に嫌な予感しかしないから考えないようにしていたが……もう、こうなったら確認するしか無くなってきた。


 こんなの『健康診断にかこつけて人体実験を行いましたー、その結果ですー』なんてレベルを超えている。


「なぁ、ナントカシステムさんよぉ……ココは、ドコだ?」


『回答。こコは超長距離型航宙移民艦SRY-K1の中枢ブロック、特別制御室デす』


「………………………………悪い、いま、なんて言った……?」


『復唱。現在位置は超長距離型航宙移民艦SRY-K1の中枢ブロック、特別制御室。現在の当艦ノ座標は――』


「座標なんでどうでもいいっ! なんだ? つまりココは宇宙船だっていうのか? ――あぁくそっっ、勝手に情報を流し込むんじゃねぇ! オレは宇宙人にでも拉致されたってのか? それともいつの間にかタイムスリッ――――お、おいマジかよ……『銀河共通歴』? ここは、そんな未来なのか……!?」


『質問ノ意図が不明。回答不能。S級特殊個体の精神波の乱レを検知。精神安定プログラムを実行しマすカ?』


「いらねぇよっ! だいたいさっきからなんだっ!? 人のことを特殊個体だのなんだの言いやがって! あと、微妙に聞き取りにくいんだよお前の言葉はっ! なんとかならねぇのかっ!?」


 役者は、自分の状態を把握した上でその上に他人という塗装を塗りたくるものだ。


 この変な声に言われた通り、オレは自分が大いに取り乱しているのは自覚していたが……混乱している上にワケわからないことを聞き取りにくい言葉で話されて、余計にイライラが増してきてしまっていた。


『謝罪。S級特殊個体の使用すル未知の言語体系の解析が不十分。仮定。記憶領域への特別アクセス権を当システムに付与シた場合、言語にヨる意思疎通の円滑化が可能』


「そのアクセス権とやらをお前にやれば、まともに話せるようになるってことだな?」


『肯定。警告。記憶領域へのアクセス権は重要度が最高レベルの権限にツき、熟考ヲ――』


「おい、付与したぞ」


 なにやら警告をしてきていたが、これ以上イライラするとオレの玉のお肌に悪影響が出そうだったので、さっさと脳内で操作を行って権限とやらを付与した。


『……ありがとうございます。これで当システムの言葉がわかりやすくなったかと存じますが、いかがでしょうか?』


「おお、聞き取りやすいし分かりやすいな。しかも可愛い声してるじゃないか」


 先程まではカタコトの日本語を聞いている気分だったし、出来の悪い合成音声のような感じだったので正直耳障りだったが……急にスラスラと日本語を話しだしたし、なにやら聞き覚えがありすぎる声色に変わっていた。


「ありがとうございます。S級……失礼しました、あなたの記憶の中で一番頻出していた声を使用させていただきました。よろしいでしょうか?」


 あぁ、なるほどっ!

 オレのネトゲの自キャラ、最愛の嫁の声(課金ボイス)だ!


 声を聞いてすぐにわからないなんて、オレとしたことが……まさに親の声より聞いた声だというのに。


 声を聞いて声優さんの名前が浮かぶのは当たり前、声質を変えて演じ分けしてたとしても声優さんが誰だか分かるのも当たり前。

 移植コンシューマ版が発売されたりアニメ化したときに例え名前を変えていようが、声を聞いただけで裏の名義が思い浮かぶなんてオタクとしては基本スキルだからな!


「よろしいとも、よろしいとも! むしろずっとその声で話してくれ。……なんだかお前のことが急に可愛く思えてきたな……っと、そうじゃなくてだな。ようやくまともに話せるようになったんだ、色々聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 思わず脱線しかかったが、オレが今するべきなのは自分の置かれている状況の把握だ。


『はい、なんなりとお尋ねください』


「まずオレ……あぁ、オレは佐倉凛って名前だ。あー、宇宙は海外式なのか……じゃあリン・サクラだな」


『かしこまりました、リン様』


「お、おぉ……その声で名前を呼ばれると……って、いかんいかん。ええと、そうだな……ぶっちゃけ、オレは何がどうなってこんなところ……この船で目が覚めるなんてことになったんだ? オレの記憶を見ることができるなら、オレが言っていることが分かるだろう?」


『はい、そのご質問の意図は理解できます。ですが申し訳ございません、当システムは――』


「一人称は『私』って言え」


『――私は、そのご質問に対する回答を持ち合わせていません。私が作――生まれたときには既に、リン様とこの船は存在していらっしゃいました。私のデータベース――記憶には、それ以前のものは存在しませんし、MIM-NETを参照してもそれらしきデータは見当たりませんでした』


 オレのちょっとしたこだわりから来たお願いが効いてきたのか所々言い回しを修正しながらだったが、話をまとめると『わかりません』に尽きるってことか……。


「この船ができたときにはオレも既にここで眠っていた……それって、どれくらい前なんだ? 移民船って言ってたが、ここにはオレしかいないのか?」


『1つ目のご質問……時期につきましては、当艦が建造され、私が生まれたのは現時刻よりおよそ200万時間ほど前になります。リン様はコールドスリープによってつい先程までお眠りになられておりました』


 おいおい……頭の中でなぜかすぐに計算できたからわかったけれど、オレは220年以上も前からここで眠っていたのかよ……。


『2つめのご質問……リン様以外の船員がいないのかというご質問につきましてですが、その通りでございます。当艦および私はリン様のために生まれたとインプットされており、その存在意義の全てはあなたのためにあります。申し訳ございませんが理由については不明でございますが』


「マジか……」


 何の理由があって、どういう経緯で、なぜオレが……という疑問は深まるばかりだが……。


 ただひとつ分かるのは、オレは銀河共通歴なんて暦が使われるくらいの超未来で目覚めて、移民船と言いながらオレはこの船に1人だけの人間で、宇宙の何処かにこの船が浮いているということだ。


 異世界転生もののラノベなんかをさんざん読み漁ったりしたし、自分ももし死んだらファンタジー世界で無双ハーレムだぁ! なんて妄想をしたこともあったが……まさか、死んでもいないのにいつの間にか超未来のSF世界で目覚めることになるなんてなぁ……。


 女神様なんて出てきてないし、ここでオレに何をしろっていうんだ……。


『ところで、私からもリン様へご質問がございますが、お許しいただけますでしょうか?』


「ん? ああ、もちろんいいぞ」


 悲しいかな、今のオレの話し相手はこのAIちゃん(仮称)しかいないんだ。


 もともと交友関係はないに等しい寂しい生活だったとは言え……この広い宇宙に放り出されたとも言える状況で、唯一コミュニケーションが可能な存在にまで黙られてしまったら、オレは孤独に耐えられないかもしれない。


 自分がどうするべきなのか、もっと情報が必要だし、今は少しでもこの娘と話をするのが良いだろう。


『ありがとうございます。先程リン様のMIM注入結果を確認するために全身スキャンを行いましたが、リン様の染色体パターンは男性のものでした。私のデータベースにある人類の形態を再確認いたしましたが、外見パターンからするとリン様は女性に当たるかと推察いたしますが、これはどういった理由なのでしょう……?』


 フ、フフ……どうやらオレの完璧美人で超絶美少女な見た目は、超未来のAIちゃんにとっても解析不可能な神秘らしい。


「理由か……フッ、オレがオレだから……かな。あ、いや、真面目に答えるとだな、オレの両親がまぁアレでな……オレもその血を引いている、つまりは遺伝ってことだ」


 まぁオレの場合は自分で努力したのもあるけれど、今言ったとおり遺伝子の勝利とも言えるかもしれない。


『左様でございますか……遺伝、遺伝子…………っ!? こ、これはっ……!?』


「な、なんだ? 急にどうした?」


 オレが口にした答えに『ホントかよそれ』と若干胡散臭く感じているような雰囲気が伝わってきていたが……突然AIちゃんの動揺したような声が脳内で響き渡って、オレも驚いてしまった。


 てか、AIも驚いたり動揺したりするのな……。


『い、いえ……今、スキャンの際に取得したリン様の遺伝子情報を参照していたのですが……この数値は異常です。それにこの配列パターンは……』


「い、異常……? 数値って、何の数値だ……? 配列パターンって……?」


『失礼いたしました。こちらのデータをご覧ください。これはMIM-NET……リン様の記憶に当てはめるなら、インターネットが宇宙規模で超拡張されたものとお思いください。そのネットから引用してきた、一般的な人類の電脳領域の処理能力を示した値です』


「っ……また脳内に直接データが……。ええと、『純正人類オリジン』『改製人類アドバンス』『機械生命ドロイド』の処理能力を現したグラフか……人類と一言でいっても、未来には3種類もいるのな……」


 オレのためにわかりやすくしてくれているのか単純な棒グラフになっていて、横軸には3つに色分けされた棒がそれぞれ並んでいて、処理能力を表す数値とやらが縦軸に記載されていた。


『はい。リン様の記憶にある『人種』や『種族』といったものとは異なり、その生まれや成り立ちによって分類されます――』


 AIちゃんはグラフを1本ずつ強調させながら、この未来における人類の概念について説明してくれた。


 まず、『純正人類(オリジン)』。

 これは太古の昔から続く種類の人類で、生殖行為のみによって生み出された人間のことを指すそうだ。

 遺伝子操作などを受けていないので肉体的な強度は劣るが、電脳適正は高く、処理能力を示すグラフでは2番めに高い数値を示していた。


 次に、『改製人類(アドバンス)』。

 これは『純正』に対して付けられたような呼び名で、生殖行為以外……遺伝子操作技術やクローン技術によって産み落とされた人間のことを指すらしい。

 ただ、改製同士で子供を作っても扱いは改製だとか。

 肉体的な強度は高く、寿命も純正より何倍も長いらしいが、特殊な処置を施された者以外は電脳適性はあまり高くないとのことで、処理能力を示すグラフでは平均データとして1番低い値を示している。


 最後が『機械生命(ドロイド)』。

 名前の通り、機械が意思を持つようになって生まれたもので、長い宇宙の歴史の中で色々あって人類種として認められたらしい。

 全身が機械でできているというわけではなく、見た目は人間そっくりな者もいるとか。

 機械部分と生体部分の割合によって肉体強度は変わるが、総じて電脳適正は機械故に高く、処理能力を示すグラフではトップに君臨していた。


 ちなみにこの船のAIちゃんはこの『機械生命』ではないらしい。オレには違いがわからないが……。


 ともかく、この3種類の人類が共存したり争っているのが、今の宇宙の人類事情らしい。


『――ということですが、一番高い適性を持つ『機械生命』でもこの数値です』


 AIちゃんによって棒グラフの横軸が強調され、1200程度というオレには高いのか低いのか分からないけどそれくらいの数値が指し示された。


『それに対して、リン様の数値ですが……』


「……わーお」


 AIちゃんが4本目の棒グラフとしてオレの数値を表示した瞬間、グラフの縦軸の縮尺がバグった。

 いや、バグって他の3本が見えなくなったのかと思うほど、オレの数値とやらは高いようだ。


 その数値は……実に150万超え。

 単純計算でも『機械生命』の平均値の1,250倍というチートな数値だ。

 AIちゃんが驚くのも分かる。


「これは……なんだ、オレには実感がないが……別に悪いことではないんだよな?」


『はい。電脳適正が高いということは、この宇宙においてあらゆる分野で有利に働くでしょう。……なるほど、先程からリン様がMIMによるデータ通信の際に顔をしかめていらっしゃった原因がわかりました。おそらく感度が強すぎて必要以上の情報まで拾ってしまい、電脳化直後ということもあって処理能力は高いのにそのデータ処理が最適化されていないことが原因でしょう。私に人間の感覚はわかりませんが、ノイズデータが発生することで違和感が発生していたのだと推測されます』


 なるほど、わからん。

 が、実感というか自覚は既にあったわけだ。


 そりゃ感度が1,000倍以上もあったらオレの脳神経もビクンビクンするわ。

 ……どこかの忍者はこれの更に数倍なのか。すげーな忍者。


「そのノイズデータとやらは、なんとかなるものなのか? 正直、今のままだと辛いんだが……」


『はい。リン様が電脳領域でデータ処理を行えば行うほど、データ処理のプロセスは最適化されていくでしょう。そうなれば、本来であればどんなデータ処理でも電脳領域に負荷がかかるところですが、リン様であればその負荷を全く感じること無く処理が可能になるでしょう』


「つまり……使えば使うほどオレの脳みそは『、実に!ぞぉ』ってな具合になるってことか」


『……? あぁ、左様でございますね』


 またオレの記憶でも見たのだろうか?

 こんなネタも理解してくれるAIちゃんとか、未来のAIちゃんは優秀だな。


「それで、もうひとつ驚いてた方は……遺伝子の配列パターンだったか?」


『はい。遺伝子情報から参照した配列パターン、そして今ご説明しました異常ともいえる高い処理能力の数値から推測ですが……端的に申し上げますと、リン様は先程挙げた人類種のどれにも属さない特別な存在、『基幹人類アーキタイプ』に相当すると考えられます』


「特別ってのは悪い響きじゃないが……」


 ヘイ、オレの脳みそちゃん。

 『基幹人類(アーキタイプ)』って?


 ……なるほど、超古代遺跡の研究施設とかで見つかることがある特別な遺伝子、そこから復元再生されて生まれた人間……のことらしい。


 超古代遺跡って……超未来な今の基準での古代だよな?


 ってかオレは今こうして普通に人間でいるつもりなんだが、知らないうちに遺伝子保存でもされて復元されてたりするのだろうか。

 ただ、遺伝子から復元するだけでこんなにしっかりと記憶まで復元できるものなのか?


 ……はぁ、考えても仕方がないか。


「とりあえずオレのことについてはある程度は理解できた……とは思うが、正直自信はない。オレの記憶を見て、オレに分かりやすいように簡単に説明することはできるか?」


『かしこまりました。……そうですね、リン様の解釈と少し違うかもしれませんが、『異世界転生してチート能力を手に入れた。その力があればこの宇宙においては何でもできてしまう存在』といったところでしょうか』


「オッケー、よくわかった。……ん? いま何でもって言ったよね?」


「はい、申し上げました。そのお力を持つリン様はまさにこの船の主――艦長となるに足る存在かと」


 肝心なところではノって来てくれないのな……。


「艦長、か……」


 ……とにかく、どうしてこんな事になってしまったか分からないし、異世界転生なんて言われてもその転生先は超未来の宇宙で『思ってたのと違う』なんて思うけれども。


 たぶん、オレの人生は今この時から変わったのだ。


 今はワケがわからないことだらけだが、いつの間にかチートに目覚めてるらしいし、退屈な日常に囚われていたオレにとっては何倍もマシなのだろう。



 ――このときのオレは、まだその程度に考えていた。

 ――この後すぐに、人生の絶頂期を迎えるとも知らずに。



 さて……現状を把握したところで、いい加減とりあえずこの狭苦しい部屋から出たいな。

 せっかく宇宙にいるなら、どこかに行けば外が見られるかな?

 あぁなるほど、あの扉も今なら開けられるな。


 つまりは『しないと出られない部屋』だったワケか。



 ――なんてどうでもいいことを考えながら、見たことがない宇宙の景色とやらに些細な期待感を持つのみだった。

 ――この未来には、この宇宙には、この船には、このオレの力には……無限の可能性があるとも知らずに。







――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になり、更新が早くなるかもしれません。


ファンタジー世界を舞台にTS主人公が女学院で繰り広げる恋愛話もしっかりめのイチャラブも連載中ですので、合わせてお読みいただけると大変嬉しいです。

作者情報または下記URLよりどうぞ!

https://kakuyomu.jp/works/16817139554967139368


次回、「食料確保と魂の産声~始まりのカレーライス~」

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