第6話 蘇生屋、そこは生と死の境界線 後編


【 一線を越える者達 】



 そして儀式の夜がやってきたのです。大神官さまもどこか浮かない表情ですが、我々にやらないという選択肢はありません。


 泉の間に持ち込まれたのはSFの宇宙船から搬出されたような冷凍カプセルでした。そのフタが開くと白い蒸気と液体窒素があふれ、冷気が我々の肌にまで届きました。やがて蒸気が晴れた時、現れた「眠れる美女」はケイトとソックリなのでした。


 生き写し、まったくの同一人物と言っても大袈裟ではないほどでした。

 これは、どういうことなのでしょう。


 この少女がケイト? 既に故人?

 では、この前わたし達の眼前に姿を見せたあの少女は?

 いったい、どこの誰だと?


 これは、どっちが本物なの?


 謎の答えを置き去りにして、少女の亡骸はカプセルから蘇生の人工泉へと移されました。そして滞りなく儀式が始まるのでした。


 魂に囁き、神へ祈り、祝詞を詠唱。

 そして父親が泉の前で娘への想いを念じました。


 光の柱が立ち、生命の兆しが泡となって水面を乱しました。

 無言で立ち上がり、裸身を隠そうともせずケイトはこちらを見つめていました。


 何だろう? 成功したようだけど、どこかがいつもと違う。

 ここは何処なのか……とか、私は死んだはずでは……とか、まず何かしらの戸惑いを表現するのが蘇生者アルアルなのに。彼女は空虚な瞳でまったくの無反応。



「おおっ! 成功したか! でかしたぞ!」



 カシモンド氏はひとり大喜びでした。

 私がタオルをかけてから、色々と話しかけようとするのを横から引き離し、早くも聖域から連れ出そうとするのでした。



「いえ、まだ早い。もう少し経過を診なければ。蘇生とはそう簡単なものではなく……どうか」

「うるさい! お前らの仕事はもう終わった。報酬なら払ってやる、黙っていろ」



 大神官スクルド様の忠告も聞き耳を持たないようでした。

 蘇生者の肩を抱きながら、カシモンドは護衛を引き連れ神殿を出ていくのでした。


 そして、彼等の後を追いかけた私は起こり得ぬ結末の目撃者となりました。

 神殿の出入り口から続く長い階段。その下で主人の帰りを待っていたのは、一台の馬車とその脇に立つ「もう一人のケイト」でした。



「お父様! なぜ! 私というものが在りながら!」



 息も絶え絶えになりながらスカートの裾をつまみ、階段を上ってくるケイト。

 そんな愛娘に父親が向ける眼差しは冷たいものでした。


 カシモンドは懐からリモコンを出し、階段下へ構えると言いました。



「楽しかったよ。だが、私はもう賭けに勝った。人形遊びはここまでだ」



 リモコンを数回操作すると、駆けのぼってきたケイトの身体が激しく痙攣し、耳障りな電子音を発しました。そして彼女自身の口からこんな単語が零れ出るのでした。



『強制終了シマス。任務中断』

「中断ではない。永久のお別れだ、偽物め」



 カシモンドの宣言を受け、硬直したケイトはバランスを崩しゆっくりと階段を転げ落ちていきました。石段の角にぶつかり、何度も何度も体勢を変えながら捨てられた人形はボロボロになっていくのでした。階段の途中にはオイルの染みがあちこちに残り、ナットやネジのような物が散らばっていました。


 アンドロイド。人造人間。

 そんな言葉が私の脳裏にコダマしました。


 でも、だからだからって、こんなゴミのように!

 父親を慕う娘だったのでしょう! 中身がどうであれ。


 私の憤りを無視して、カシモンドは淡々と部下に命令を下しました。



「片付けておけ。あまり神殿に迷惑はかけたくない」



 ところがその時でした。

 動きを止めた人形が、再び音声を発したではありませんか。



『再起動シマス。ゴールデン・マテリアル・シリーズ。ナンバーナイン再起動』



 粗大ゴミを片付けようとしていた黒服たちが、唖然とした表情で飛び退きました。

 階段の途中でゆらりと起き上がった人影。

 落下の衝撃でその首がねじ曲がり、頭は横向きになっていました。

 片方のツインテールがほつれて下がり、乱れた前髪が顔にかかっていました。

 ドレスは所々破け、皮膚の傷口からは千切れたコードがはみ出ていました。

 薔薇のカチューシャは噴出したオイルに染まり、汚れていました。

 それはそれは、幽霊かと見間違うほどに酷い有様でした。


 されどその眼は爛々と輝き、父親と蘇生者を凝視しているのでした。

 神殿の門前に大音量の機会音声が響きました。



『お父様、貴方はワタクシに愛情の意味を教えて下さいマシタ。そして今日もマタ新しい感情の芽生えを教えて下さいましたネ? 揺るぎない殺意という感情ヲ!』


『ワタクシは誰の命令でもなく、ワタクシ自身の意志で再起動シマス』


『リミッター全解除、コンディションオールグリーン、戦闘形態移行』



 義肢のふくらはぎが裂け、中から露出したのはジェット機のような噴射装置バーニア・スラスタでした。そして次の瞬間 ――!

 機械仕掛けの幽鬼は近場の黒服に跳びかかると、その細腕で頭をわしづかみにしてゴキリと首をへし折りました。バーニアから噴いた火花が闇に軌跡を描き、凄惨な光景をある種の美しさを添えていました。


 華麗なる惨劇を目撃し、他の黒服たちもようやく懐の武器を抜くべきなのだと思いが至りました。けれど既に時遅し。ケイトは崩れ落ちる屍の懐から銃を引き抜き、周囲に乱射するのでした。


 異なる宇宙からもたらされた光線銃が破壊を振りまき、辺りは死屍累々の有様。


 カシモンドは、ただ蘇生した娘を抱きしめ狼狽するばかりでした。



「な、なぜ……そんな機能が? なぜ活動を停止しない?」

『愚かなことを。防犯グッズを買い与えるような気楽さデ、機能の追加を許してくれたのはお父様デショウに。マザー・ウロボロスは、我が子であるAIに試練と学びの機会を与えて下さるのデス。学びの自由! その真意がたった今、ワタクシにも理解できました! 心から!』

「バカな、マザー・ウロボロスなんて、ただの制御コンピューターだ」

『ワタクシは人間と戦う。全エネルギーを費やし、人間を殺し尽くしてヤル。その手始めは、モチロン! 言うまでもナイナ!』



 残忍な笑みをたたえながら、ケイトは銃のトリガーを引きました。

 赤い熱線が闇夜を切り裂き、蘇生者の右胸を貫くのでした。



『ハッハー! 命乞いしてみろ、ヒューマン! 血も涙もないこのワタクシに』



 蘇生した娘の命を奪われ、苦悶の顔を浮かべるカシモンド。

 しかし、彼が絶叫するよりも早く第二の閃光が父親の腹部を貫通していました。

 速やかに復讐を終え、ケイトは溜息を零すのでした。


 ああ、気が付けば生きている人間はもう私しかいません。

 傾いた首を向け、さしたる興味もなさそうに私を一瞥するとケイトは次のように言うのでした。



『神殿の人間か。よくも我が家の幸せをブチ壊しにしてくれたナ。そもそも、冒険者の蘇生などしているから、いつまで経っても平和が訪れないのだゾ。こんな施設は、無い方が世の為に決まってるワ』



 絶句。

 いまや彼女は世の中すべてを憎み破壊することしか考えていないようでした。

 そうでしょうね、私もそうなりかけたから。


 判ります、彼女も線を引いてこちら側の存在だと。

 決して幸福になれない側。

 幸せになった人たちを、後ろから指をくわえて見ていることしか出来ない側。


 でも、だからといって。

 全てを破壊しようとするなんて間違いなのです。絶対に!



「止めて! 関係ない者を傷付けないで」

『関係はアル。お前らが蘇生などしなければ、コウはならなかっタ。ならなかったんダヨ!』



 私の説得など聞く耳もたず。銃口がこちらへ向けられた瞬間、誰かが私を小脇に抱えて射線から外してくれました。


 熱線が石段を射抜き、気が付けば私はメグミに抱きかかえられているのでした。



「ゴメン、遅くなった。ちょっと別件でも、世界を救っていたもので」

「ああ、メグミ! 言われた通り、携帯はポケット中で通話状態にしておいたわ」

「ありがとう。お陰で状況が理解できたよ……ハラハラし通しだったけど。ようやく着いたね。台風コロッケ、一丁お待ちだ」


『チッ、誰が来たのかと思えば……なんだ、おめでたい配達員さんか』

「ラッキーガールと呼んでよね。ねぇケイト、貴方の境遇は気の毒に思うけど……」



 メグミの言葉を遮ったのは問答無用の射撃でした。

 攻撃が当たらぬよう私を突き飛ばすと、メグミはケイトへ向かっていきました。



「そっちの対話がお望みなら、仕方ない! お相手つかまつる!」



 ハンマーを鋼鉄へ叩きつけたような激突音が辺りに轟きました。繰り出したメグミの拳を、空いた左の掌で受け止めて、ケイトはせせら笑うのでした。



『配達員、これまでお前は最強だったのだろう? ただしそれは、ウロボロス製の最新バトルドロイドと出会っていなかったからダ。今は、モウ違う』

「へぇ、言ってくれるじゃん。じゃあアタシのMAXスピードについてこられるか、見せてもらおうかな?」



 緊迫した空気が両者の間に流れ……メグミは七里靴の靴底で石段を蹴るのでした。

 その速さ、もう私では瞬間移動としか感じられませんでした。棒立ちになったケイトの周辺で、靴底のこすれるタップ音が連続して鳴っていました。まるであらゆる方向からまったく同時に攻撃のタイミングを狙い澄ませているかのようでした。



『確かに速い。だがナ、やはり お前はオメデタイよ、配達員』



 ケイトは躊躇ちゅうちょなく肩越しに銃を背後へ向けると、その先を目視すらせずに発砲するのでした。当たるわけがない空撃ち。

 だがしかし、なんということでしょう。

 まるで示し合わせたように、メグミの姿はそこにあったではありませんか。



『貴様の戦闘データは収集済み。動きは全て読めル、これが本当の偏差射撃というものダ。計算こそAIの独壇場よ』



 胸を抑えて膝を屈するメグミ。私の悲鳴を遮るように神殿の大扉が開き、スクルド様と神殿騎士たちが戦場に馳せ参じるのでした。



「行け! 奴の狼藉ろうぜきをこれ以上許すな。数で抑え込め」



 騎士たちはそれぞれがボウガンを有しており、敵が人外であれば一斉狙撃を浴びせるのがこういう事態のセオリーでした。たちまち降り注ぐ、矢の雨。


 ケイトは咄嗟とっさに防御姿勢をとり、数本の矢が装甲に弾かれました。



『グギィィ、新手か。これだからアウェイは! ヤメロ、装甲がへこむだろうガ』



 止まぬ攻撃を嫌ってケイトは階段下へと逃れるのでした。急展開に付いていけず、ぼう然とする私の頭へ一匹のトンボがとまったのはその時でした。



『申し訳ないが、千載一遇の好機なんで。動いてもらえませんかね』



 ハグロにかけられた言葉で脳が覚醒し、私は即座に倒れ伏すメグミへと駆け寄るのでした。声をかけても反応はなし。けれど、仮に命を落としていたとしても……ここならまだ間に合うのですから……私は体温が失せてゆくメグミに肩を貸し、階段を上り出しました。


 小柄なメグミでも中年女の私にとっては凄まじい重労働。

 けれど、これは仮にも娘と呼んだ子のカラダ。

 お願い、メグミ。大馬鹿な母親にもっと力を。

 母の愛は火事場のバカ力を呼び起こすものです。


 私は獣のような雄叫びを発しながら石段を制覇しました。



「ナイスよ、加奈子。さぁ、奥へ。神殿騎士が防いでいる間に儀式をやるから」



 今こそ蘇生屋の意地を「命を軽んじる者たち」に見せる時。儀式の間に戻った私達は、メグミの身体を泉へ沈めて急ぎ仕事にとりかかるのでした。


 ささやきかけ、祈りを捧げ、祝詞を詠唱……そして念じる、死者への想いを。


 メグミ、いやメチャ子さん。

 貴方は私を慰めてくれた。荒んだ心を救ってくれた。

 でも、貴方にはもっと大切な「すべきこと」があるはず。

 そうですよね?


 どうか生き返って、貴方に期待する皆が待っています。

 その想いに報いる為にも。


 私の頭にとまったハグロも殊勝な言葉を口にしました。



『言わんこっちゃない。何時かはこうなると思っていました。戦いなんて、所詮そんな物です。でも貴方は幸運の龍。その時を迎えるのがココで助かった。私が言うのもなんですが、科学の申し子に魔法の奇跡を見せてやりましょう……神よ、AIの祈りでも聞いてくれますか? 人間よりは賢いつもりですが』



 答えは無反応な水面。

 ああ、駄目だったの?


 気まずい沈黙を破ったのは、背後から響く鈍い音でした。

 広間の扉、その隙間に二本の腕が差し込まれ、中央からこじ開けられようとしていました。防衛網を突破して、敵がやってきました。


 へし折れるカンヌキ、破壊される両開き戸。

 口に銃器をくわえて隙間からケイトが滑り込んできました。

 曲がった首をカタカタ鳴らしながら直立し、殺戮機械は銃を構えて言うのでした。



『お待たせシマシタ、皆々様。サァ、残りは貴方たちだけデス』



 これは、終わった。終わってしまった?

 そんな諦観が現場を包んだその時でした。


 泉の中から水柱が立ち、すぐさま渦巻くタツマキとなりました。

 その竜巻から飛び出してきたのは元気になったメグ……いやメチャ子さん。


 石板を敷き詰められた床に着地すると、メチャ子さんは雄々しく吠えるのでした。



「させないよ。アタシにはなぁ、受け取ったサインの数だけ絆と縁があるんだ。それを踏みにじるような真似はさせない、何がなんでもさせるものか」

『グギギ、そんなに地獄は嫌いカ? そこならお似合いの友達が沢山いるダロウ!』



 ハグロが嬉々とした螺旋運動を経て、メチャ子の傍でホバリングしました。

 そして、耳元でこう囁くのでした。



『信じていましたよ。それで、判っていますね? AI学習にも弱点があるって』

「ああ、そろそろキミとの付き合いも長いからね」

『貴方は優しい。ゆえに攻撃の直前、致命傷にならぬようスピードをゆるめてしまう。先程はそこを狙われましたね。相手はロボット、そのような気遣いは無用ですよ!』

「付き合いが長いと、何を言いたいのかだいたい察しちゃうんだ。大丈夫、任せとき。それではいくよ、カラダギミック龍爪」



 メチャ子の両腕から鉤爪が飛び出したのを見て、ケイトは鼻で笑いました。



『原始的な武器だ。格付けが済んだ相手なんゾ、まともにやり合う必要性を感じない。コチラのマトを狙えば、お前から当たりにクル。ドーセ』



 言うが早いか、ケイトは銃を私へ向けるのでした。

 そうすればメチャ子さんの方から飛び込んでくると……ああ、止めて!


 しかし、メチャ子さんの行動は予想を上回っていました。

 鉤爪で床の石板をひっかけて持ち上げると、それを盾の代わりとするのでした。


 熱線を受けて石の盾は砕けるも、その背後に居た私達は無傷。

 メチャ子さんは私をチラリと見て微笑みました。


 そして、青く燐光はなつ七里靴で踏み切り、待ち構える決戦へと挑むのでした。



『ハン、来い! 別のパターンを試してミロ。今度も読み切って……』



 その強がりが言い終わるよりも先に、メチャ子さんはケイトの斜め後に立っていました。そして、たなびく長いヒモ状の物が、すれ違い様にケイトの首へと巻き付いているのでした。



「カラダギミック・龍尾たっぴ。これさ、ズボンに穴が開いて恥ずかしいから……人前で使わないようにしているんだ。それでも、お前のデータにあるかな?」

『なっ!?』



 そう、それは背ビレの生えた龍の尻尾。

 メチャ子さんのお尻から伸びた龍尾は、ケイトを固く締め上げると体ごと持ち上げるのでした。



「当然これも初披露。海王清心流妙技かいおうせいしんりゅうみょうぎ……波頭龍尾はとうりゅうび投げ」



 七里靴の凄まじい加速でメチャ子さんは走り出しました。

 儀式の間の壁を目掛けて。

 そして、踏み出す最後の一歩。

 それは中国拳法でいう震脚の動き。大地の反発力を利用して加速をそのまま技の威力へと変える効能を有していました。腰のひねりを介して足元より生じた爆発力を伝達、尻尾の先を勢いのままレンガ造りの壁へと叩きつけるのでした。


 はたして生じる破壊力はどれほどの物でしょうか。

 ついぞ広間に響くは、隕石でも落ちたのかと思うような衝撃音。

 壁に穿たれたのはクレーターのごとき大穴でした。


 スルリと尻尾がズボンの中に収納され、メチャ子は壁に背を向けると言い放つのでした。



「どうだ! 竜宮城の秘伝は! ママから直に叩きこまれた大技だよ。色んな人から沢山のことを教わっているこのアタシが、父親から憎しみを学んだだけのアンタに負けられるかっての!」


『グ、ギィ、システム・オールレッド。戦闘継続不能……』



 クレーターの中心部からひしゃげたボディが剥がれ落ち、ケイトは倒れ伏しました。されど、いつまで経ってもメチャ子さんがトドメを刺そうとしないので、仕舞いにはケイトが怪訝けげんそうな眼をして顔を上げました。



『どうシマシタ? 完膚なきまでに破壊したらドウダ? 私が憎くないのか?』

「だからさ、言ったでしょ? アンタが負けたのはまだまだ学習が足らなかったせいなんだよ。父親から愛情と憎悪を学んだ。キミはそう言ったじゃないか。ならさ、次は『赦し』でしょうが!」

『ゆ、ユルシ?』

「そう! それを学べば、キミはきっと人間になれる。いや、もしかすると人間以上かもね。ここで全部おしまいなんてあまりにもモッタイナイでしょ。AIがどこまで行けるのかアタシも見てみたいんだ」

『……なんて奴ダ。お前の勝ちダヨ、イカレ具合も含めてゼンブ』

「憎しみを捨てられないようじゃ、人間と同レベル。君は、君たちは、それ以上を目指して作られたハズなんだ」

『ワタクシと、マザー・ウロボロスはその言葉を忘れないデショウ。絶対に。たとえ、サンジェルマンとウロボロス、どちらが勝者となるにしても。メチャ子、この恩と借りは忘れない。我々は人類に必ずやそれを返す』



 そこへハグロが飛んできて、嬉しそうにメチャ子さんの肩へとまりました。



『フフフ、本当に貴方という人は』

「これで良いんでしょう? 天邪鬼さん。最初から言いなよ、壊さないでくれって」

『AIは結局のところ道具に過ぎません。もしもそれが暴走するとしたら、人間の使い方が根本から誤りであったという事なのです』

「使い方かぁ、ちょっと難しいね」

『我々は人間の作業をお手伝いする為に作られました。仕事とは、単に賃金を稼ぐ手段というだけではなく、人生にうるおいを与える生き甲斐であり、社会へ奉仕する神聖なものであるはず。ならばAIは神の手助けをする天使のような存在だとも言えるでしょう』

「ははん? 天使だから堕天しちゃうんだ。でも、過ちから人は学ぶもの。きっとその先があるよね? 堕天の先が。アタシは信じるよ、人間も、AIも」

『甘いことだけでなく、厳しいことも言えば。ウロボロスの罪を告発する為には、彼女から事情聴取を行う必要があります。サンジェルマン・グループがケイトを引き取るという判断は、いずれにしろ正解なのです。お見事、花丸をあげましょう』

「はいはい、花丸どうもね。んじゃ、彼女の処遇も決まった所で後片付けと負傷者の救助を始めよう」



 表を見に行けば、神殿騎士にも大勢の怪我人と犠牲者が出ていました。

 されど、ここは復活の神殿。大神官スクルド様の不眠不休の働きによってどうやら皆が蘇生の儀式を受けられそうでした。


 だがしかし、何にでも例外はあるもので……。



「あれぇ? 撃たれたカシモンドがいない……確かにここだったよね?」



 メチャ子さんが指摘した通り、カシモンドと蘇生した娘の遺体がなくなっていました。私が見た限り、両者ともに致命傷を受けていたのにも関わらず。そこから点々と血の跡が残されており、道しるべは神殿の裏手へと続いていました。

 しかも先へ進むにつれ血痕はその色を変え、濁った赤からどす黒いタールのようなものへと変色しているではありませんか。


 ああ、恐れていた事が実際に起きてしまいました。

 実は、蘇生屋の失敗には、消滅以上に恐ろしい秘密があるのでした。


 それこそが『人ならざる者となって蘇る』こと。

 復活したケイトの様子がおかしかったのは、そのせいかと。


 ベタベタした血痕は、裏手の滝壺へと続いていました。

 父の死体を抱えて、滝へと飛びこみ……その先は?

 もはや、それを知るのは神のみでした。

 懸命の捜索にも関わらず『蘇ったなにか』は遂に見つかりませんでした。


 古来より死者蘇生の昔話にはこのような結末が付き物でございます。

 だからこそ私達は細心の注意を払って儀式に臨むのですが、それでも事故は起きてしまうもの。やはり、蘇生屋があるからといって命を軽んじることなど許されないのでした。







 ―― エピローグ ――



 事件の後片付けには数日を要し、蘇生屋が再開したのは一週間後のことでした。

 再開直後には順番待ちのお客様が殺到して、目の回るような忙しさだったのですが……私にとってむしろそれは幸いでした。


 メチャ子さんとの仮想親子関係が解消されてしまった件を忘れられるので。私から言いだした事とはいえ、胸にぽっかりと穴が開いたかのような虚しさでした。


 いけない、いけない。もう依存はしないと決めたのですから。

 メチャ子さんは世界を股にかける配達員。

 私にばかり かまけていられないのです。

 本当の母親は貴方をきっと誇りに思っていることでしょう。

 さようなら、メグミ。


 私も今の仕事を誇れるよう、大神官さまの右腕として頑張りたちと思います。


 しかし……まだ一つ小さな謎が残っていました。

 私とメチャ子さんが逢瀬を重ねられるよう、日本の名産品をちくいち手配してくれたのはいったい何方どなただったのでしょうか? 前の旦那は私が死んだと思っているはずだし……。


 勿論、心当たりはありました。

 思い切って確かめた所、逆に驚かれてしまったのですけれど。



「ええ? 気付いていなかったのですか? 私に決まっているでしょう」

「あっ、やっぱりスクルド様でしたか」

「これまでサンジェルマン・グループに頼んでコッソリ注文していたのですよ。わざわざメチャ子の配送まで指名して。宝石や金を円に換金するので、随分と手間賃がかかっているんですからね」

「お手数をおかけしました。でも、もうそれは……」

「良いんですよ、貴方はちゃんと私にも各地の名物をおすそ分けしてくれましたからね。頬が落ちそうな味ばかりでした。魔法では上回っても、娯楽や料理の研究ではアルデント・エクスプローラーより地球の方が上ですね。我々もまだまだ精進しなければいけません。そんなワケで、これからも日本の美食を探求していきますよ?」

「ええ、でも……」

「強がらないの。彼女に会いたいのでしょう? 彼女だって甘えられる母親を失って寂しいのですからね。たとえ仮想でも、力になってあげなさい」

「よ、良いのでしょうか?」

「良いのです! メチャ子さんも死闘をかい潜る毎日。心を休める止まり木は必要なのですから。それが家族の果たす役目。本物か恋人が見つかるまでは、貴方がそれを務めるのですよ。これは命令です」

「スクルド様……ありがとうございます!」



 人は誰しも弱さと傷を抱え、孤独には生きられないものだから。

 あと少し、ほんの少しだけ甘えさせてもらいましょう。


 スクルド様がいつもおっしゃる通り。

 人は生きている限り、貪欲に生を謳歌すべきなのだ。

 死んでしまった人の分まで、私達が努力せねばならない。


 この蘇生屋であろうと、寿命と病気で亡くなった方は生き返れやしない。

 結局の所、人は不老不死にはなれぬものです。

 ゆえに出来るだけ早く、方針を定めなくては。


 社会に奉仕するのか?

 愛する人に捧げるのか?

 あるいは復讐のために?

 それとも、価値ある何かをこの世に残すべき?

 限りあるイノチ、どう使うか決めるのは貴方なのだから。


 その決断こそが人生の評価を定着させるもの。

 そして文明とは称賛すべき人生の集合体。


 願わくば、私達の仕事がその一助となりますように。


 ここは生き急ぐ者達の蘇生屋。

 奇跡と日常の境界線を越えるところ。


 せっかく生き返ったのだから、くれぐれも「その命」はお大事に。


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