第5話 蘇生屋、そこは生と死の境界線 前編



 魂にささやきかけ、神へ祈り、祝詞を詠唱えいしょう ――。

 そして死者への想いを念じろ!


 さらば待ち人はとこしえの眠りから目覚めん。


 これはウチの職場に飾られたレリーフの碑文ひぶんだ。

 そして今、私の眼前では秘中の秘であるその儀式が実行に移されている。


 現場は天窓から月明りが差す、清浄な空気に満ちた吹き抜けの広間だ。

 目線を下げれば魔法陣が描かれた大理石の床。

 その中央に在る円形の泉には、人骨が沈められている。


 儀式の手順はこう。

 まずは神官が死者の名前をささやく。さまよえる魂の興味を引く為に。

 次に神聖な木の枝を振って空気を清め「生命のつかさ」に祈りを捧げる。


 三番目は祝詞のりと。決められた文句は私だとチンプンカンプンだが、静謐せいひつなムードを否が応でも盛り上げてくれるものだ。


 そして念じること。

 人工温泉を彷彿とさせる泉のそばには、死人のお友達が首を垂れている。

 死者への想いが強ければ強いほど、蘇生の成功率は飛躍的に高まるという。


 死んだ時期、死体の損傷具合、生前の行い等によっても変動するが……この御遺体は、どの条件も問題ないはずだ。なんせ亡くなったのは三日前。どこぞやの洞窟でドラゴンの炎を浴びて火葬に処されたばかりなのだから。


 そう、此度のお客様は、ウチの店にとって お得意様である冒険者。地球で言うのなら報酬にがめつい傭兵か、もしくはトレジャーハンターといった感じ?

 たった一つしかない命を賭け金にして、一発当てようというヤクザな輩だ。

 とはいえ、地球と違ってアルデント・エクスプローラーでは特に珍しくもない ごく一般的な職業ではあるのだけれど。

 魔王軍の侵略を受け、アルデント・エクスプローラーの秩序はもう乱れ放題。魔法の武器や防具を始めとする強力なアイテムは平和な時代に比べて価値が大高騰。それを目当てに太古の遺跡やドラゴンの巣へ飛び込む命知らずも後を絶たないというワケなのだ。


 しかし、命知らずにも仲間を思う気持ちはあったらしい。


 人工泉の底から光の柱が立ち、それが消えると二酸化酸素のアブクがなぎのような水面を乱し始める。やがて顔を出して咳き込んだのは全裸の成人男性だ。


 おやおや、はいはい、蘇生おめでとう。

 氷剣のフィオナ、貴方は生き返りました。


 裸のまま立ち尽くす蘇生者にバスタオルを巻いてやるのが私の役目だ。

 神殿の祭神である「生命のつかさ」も服ぐらいサービスしてくれたら良いのに。

 まっ、いいわ。

 こんなオバサンに裸を見られようが、どうってことないでしょう?


 生きづらい現世にお帰りなさい、死者どの。

 もしかすると天国に留まった方が幸せだったかもしれないわね。


 私が胸中でつぶやく「負け犬の嫌味」など知ったことじゃないのだろう。

 蘇生者フィオナは仲間たちに囲まれ、和やかに去っていく。

 復活代として大枚をはたいただろうに、そんなこと少しも気にしてないようだ。


 ああ、そう。彼等はきっと引かれたラインの向こう側。

 幸せになれる側の人間。

 私とは違う。むしろ線を挟んで対照的でさえある。


 ……のっけからゴメンなさいね。

 陰気なのは自分でも判っているんだ。

 私の名前は比良坂加奈子。

 サスペンスドラマで「終盤に犯人が追い詰められそうな岬」から身を投げ、こちらの異世界へとやってきた女。


 最愛の娘を失ったその時、私の心から灯火が消えてしまった。

 それ以降、人生の闇をさ迷いながら生きてきた。


 でも、そんな私だからこそやれる仕事があると……大神官スクルド様はおっしゃってくれた。やがて、その言葉が私の小さな誇りとなった。


 だから私は今、此処に居る。

 ここは復活の神殿ウルズの泉。

 通称、生き急いだ奴らの蘇生屋。




 【 職場と上司について 】



 私はこの蘇生屋で主に儀式の付き添え人と受付を任されている。

 色気のない丸眼鏡をかけた三十路の女が、受付で覇気のない受け答えをする。一般の会社なら訪問客が出鼻をくじかれるような光景だけれど、蘇生屋と葬儀屋なら何も問題はない。


 ここを訪れるお客様は皆なにかしら不幸を抱えている。

 華やかでキャピキャピした応対など初めから求められていないのだ。


 私も日本では斎場さいじょう(葬儀が行われる施設)で働いていたから、その辺は慣れっこだ。ただお客様が日本人から西洋人に変わっただけ。もっとも、パルテノン神殿のような円柱立ち並ぶ建物には馴染むまで大分かかったけれど。

 山奥にあるウチの神殿はアクセスが悪いかわりに周囲の環境は絶景なのだ。壮大な自然に囲まれて、これぞファンタジーという感じね。


 そうそう、着る物も黒のスーツからフード付きのローブへと変わったっけ。俳優でもあるまいし、初めは気恥ずかしかったが制服と割り切れば可愛いものね。


 働き始めた当初は大神官スクルド様から色々と教わったものだ。

 この方は年齢不詳の金髪美女で、いつも慈悲深い微笑をたたえている。

 神殿で働く上で必要な心構えを色々と諭して下さった恩人なのです。


「加奈子、貴方の過去はサンジェルマン・グループから聞いています。娘を失い受けた痛みがどれほどのものだったか。心情察するものがありますね。恐らく社会の全てが四方から刃を突き付け、貴方と敵対したように感じていたのでは?」

「そうかもしれません。あの交通事故はあまりにも不条理すぎました。娘は学校でもクラスに馴染めず浮いていたようだし。世間様から蛙の子はカエルと笑われているようで、悔しくって……こんなの、こんなのって、あの子があまりにも不憫ふびんじゃありませんか」

「苦しんでいるのは何も貴方ひとりだけではありません。死神は等しく誰のもとにも令状を送るものです。ここで働く内にいずれ貴方は気付くでしょう。この神殿が身内を亡くした人にとって最後の拠り所であること。そして、そこでさえ人が二分されてしまう世の無情さにも……やがては気付いてしまうのでしょうね」

「二分とは? スクルド様」

「全員は救えぬのです。たとえ神であったとしても。救われる者と、救われない者。選り分けなければなりません。その境界線はあまりにも深い。運命のラインを越えることは誰にも出来ぬのです」



 たとえ骨でも残っていれば蘇生の儀式に挑むことは出来る。

 だが復活に失敗すれば、死体は水に溶けこの世から完全に消滅してしまうのだ。(失敗には、更に恐ろしいケースもあるのだけど……滅多にない事だし、それはひとまず置いておくとして)そして、たとえ故人が消滅したとしても頂いた蘇生料はビタ一文お返しできない。覆水盆に返らず。

 セカンドチャンスはない。人生のチャンスはいつだってオンリーワン。


 それでも人は実在する奇跡にすがらずはいられない。

 その哀しさは、私にとって旧知のものだ。


 喪失の痛みを知る者こそが、施設の受付として相応しい。

 絶望と死別に慣れている得難い人材、だから私はここに居る。

 同じダークサイドに落ちた人間を慰め、傷口を舐め合うために。運命に屈服した人々の様子から安堵を感じてしまう私は、きっと性根の腐ったクズなのだろう。

そんな自己分析をしていると気分は沈んでいき、ますます無感情になるばかりだ。


 だからスクルド様には、いつも気を使われてしまうのだ。

 例えばこんな風に。



「ねぇねぇ、エッジナの都に寿司を提供する店があるそうよ。私、日本の食文化に興味があるのよ。加奈子、よかったら案内してくれない」

「いえ、とてもそんな気分では……今日も儀式の失敗があったし」

「そう? 無理強いは良くないわね。でもね、時には気分転換も必要よ。世の中には暗いコトばかりではないとその眼に焼き付けておかなきゃ」

「はぁ」

「限りある生の有効活用。それは、生きる者の責務よ。我々は死んでしまった者の分まで生きなければいけないの」



 案外、お茶目なんだよなぁ……この大神官さまは。

 それに、おっしゃられる事もきっと正しいのだ。


 この神殿には一日十組以上のお客様がやってくるのだから。

 その結果にいちいち一喜一憂していたらこっちの身がもたないものね。


 やってくる者の大部分は既に語った命を粗末にしやすい冒険者。

 でも、それが客層の全てというわけではなくて。

 ご身内を亡くされた貴族の方々が二番目の勢力にあたる。

 高額の蘇生代を庶民が捻出するのはまず無理なので、そうなるのも自然な道理。

 当然、何不自由なく生きてきた方々なので、蘇生に失敗した時の怒りは凄まじいものがある。

 いざという時の為に詰所では神殿騎士が控えているけれど。


 怒鳴りつけられ、泣き喚かれたら、こちらも平静を保つのはなかなかに難しい。

 難病を扱うお医者さまの気持ちが判ろうというものだ。


 ストレスの多い職場、実際離職率も相当なものだとか。


 でも常連の中には荒んだ私の固まった心を癒してくれる方も居て。

 愛しのあの子。

 メグミ・チャント・シュウエイロン・コウ。

 通称メチャ子ちゃん、私はワケあってメグミと呼んでいるけど。

 陽気で朗らか、せっかちな配達員さん。次にいつ来るかが楽しみで仕方ない。


 え? 配達員がなぜ蘇生屋なんかに足しげくやって来るのかって?

 それにはちょっとした事情があるのです。


 その馴れ初めは、彼女がウチに骨を運んできたこと。

 人間もまた命を落とせば「物」として扱われるのでしょうか?

 いえいえ、地球の常識ならそれを運ぶのは霊柩車なのでしょう。でも、次元を股にかける霊柩車なんて在り得ないので(埋葬だけなら地球で充分かと)彼女の出番と相成ったわけです。




 【 やってきた配達員 】



 初対面で受付に骨壺をドンと乗せてきた、彼女。

 その逡巡まじりの表情は今でも忘れません。



「あのー、えー、この度はとんだ事で」

『その挨拶あいさつは少し違いませんか?』

「だってサ、こんな所に来るの初めてなんだモン」



 やって来たのは肩にトンボをとまらせた、小さな配達員さんでした。

 機械のトンボはハグロと、そして配達員の少女はこう私に名乗ったのです。



「フェニックス運送の配達員、メグミ・チャント・シュウエイロン・コウです」

「め、メグミ? 貴方メグミっていうの?」

「へ? あの、何か?」

「いえ、何でも……うっ、ただの偶然で……」



 ごく些細な刺激が、固くフタをした私の記憶を解き放ってしまいました。



『ちょっと、メチャ子。いきなり何を泣かせているんです?』

「ええ!? ただ自己紹介しただけだよぉ?」

『どうやら仕事の件は後回し、詳しく話を聞いてみる必要がありそうですね』



 まさか配達員の少女が亡くなった娘と同じ名前だなんて。

 たったそれだけで心に築いたせきが瞬く間に決壊してしまいました。

 嗚咽がとめどなく口からあふれだしました。


 傷口はとうに塞がったと思っていたけれど、思いがけぬ切っ掛けで痛みがぶり返してしまうものです。PTSDに近いものでしょうか。

 どうにか落ち着きを取り戻すと、メグミは私の手を握り励ましの目線を無言で送っていました。こんな年下の子を相手に何てことを……恥ずかしい限りでした。


「ごめんなさいね、もう大丈夫」

「何か辛いことがあったのですか?」

「実は、貴方と同じ名の娘を交通事故で亡くしてしまって……」


『ダウンロード完了。こちらの方も異世界転移者ですね。サンジェルマン・グループのデータベースに履歴がありました。身寄りもなく、取り寄せたい品の要望もなし、そのせいでメチャ子にお声がかからなかったようです』

「旦那には娘の死後、愛想を尽かされました。両親は他界しているし、向こうの世界には未練なんて何も……いえ、仕事の話をしましょう。今日はどういったご用件で?」



 メグミが運んできた骨壺には、日本で人間国宝と呼ばれた陶芸家の亡骸が収められていました。不幸な事件に巻き込まれて志半ばに亡くなったそのご老人を、異世界で生き返らせようというのがサンジェルマン・グループの一大計画なのでした。

 勿論、地球では既に葬儀があげられているので蘇ったとしても帰還は不可能。こちらの異世界で余生を過ごし、思う存分焼き物に注力してもらおうという考えなのでした。


 あくまで芸術の発展に寄与する為のプロジェクト。

 その無欲さが功を奏したのでしょうか。もしくは……。



『メチャ子は縁起の良い龍なんです。存在そのものが瑞兆ずいちょうという。この子が酷使されるのも、それが理由ですね』



 ハグロトンボ曰く、メグミが晴れ女でラッキーガールだから。

 彼女が関わった仕事は殆どが上手くいくとの説明でした。なるほど、人間国宝は見事に生き返り、文字通りのセカンドライフを異世界にて過ごす事となりました。何でもこのプロジェクトはこれからも続けられる見通しで、死ぬのには惜しい優れた政治家や発明家などを、メグミに運んでもらう予定という話でした。


 希望あふれる未来図に私はすっかりいたたまれなくなって、神殿の裏手でメソメソと涙を拭うのでした。ずるい、あんまりだ、そう感じずにはいられませんでした。

 そこへ、そっとしておいてくれれば良いのに、メグミとハグロが追いかけてきたのだからたまりません。私はつい要らぬ感情をぶちまけてしまいました。



「あの、私の娘も運んでもらえないでしょうか? 同じメグミのよしみで、是非! 埋葬された墓の場所を教えますから」

「え? 亡くなった娘さんの骨を? 墓あらし? そ、それはちょっと」

「どうしてです? 人間国宝が生き返れるなら、私の娘だって!」


『娘さんが亡くなったのは三年前。気の毒ですが時が経ちすぎましたよ、お母さん』



 そんなの言われるまでもなく判っていました。

 この蘇生屋で生き返れるのは、死んで一年以内の新鮮な死体だけだって。


 知っていたけど。でも、それでも。

 私はただガン泣きすることしか出来ませんでした。

 世の中はいつもアホみたいに不条理で不公平でした。

 もう全てが砕けてしまえば良いのに。


 私が世界を呪いかけたその時、不意にメグミがはにかんだ調子で口を開きました。



「あのさ、メグミちゃんは貴方の事を何て呼んでいたのかな? お母さん? それともママ?」

「えっ、おかあさんって」

「じゃあ、おかあさん。アタシのことメグミちゃんだと思って良いからさ。同じメグミのよしみで仮想親子になりましょう。この蘇生屋にアタシが来た時だけでも。これからも ちょくちょくお邪魔することになりそうだし」

「いや、それはいくら何でも……貴方には本当の母親が居るのでしょう?」


『この子も母が現在行方不明でして。何だかんだ言って寂しいんですよね』


 そ、それなら……良いのだろうか?

 甘えてしまっても。



「これから宜しくね、おかあさん」



 朗らかな笑顔で握手されると、意地を張る気も失せてしまいました。

 本当にダメな眼鏡だ、私ったら。

 こうして私とメグミの奇妙な疑似親子体験が始まったのです。




 【 疑似親娘 】



 メグミは予告通りちょくちょく蘇生屋へと足を運ぶようになりました。

 運んでくるのは著名人の骨壺だけではなく、私宛の荷物ということもありました。


 地球にはもう、私の行方を知る者なんて居ないはずなのに?

 中身は流行りのスイーツとか、各地の名産物。

 八ッ橋、栗どら焼き、クレープ、ソーキそば……。

 最初はメグミが気を効かせて用意したお土産かと思っていたのだけど。


 しかし、そうではありませんでした。送り主の名は「伏せて欲しい」との希望が出ているので どうしても教えられないと彼女はトボけるばかり。


 いつも私一人では食べきれない量が入っているので、職場の皆様に配ったり、メグミと一緒に頂いたりしました。そう、不思議なことに私あての荷物は時間指定が成されており、私の休憩時間を狙ったかのようなタイミングで届けられるのでした。

 出来過ぎた贈り物にちょっと疑念を抱いたこともありました。

 けれど、メグミと肩を寄せてベンチに座っていると、今は今だけはその厚意に甘えさせてほしくて……すぐにどうでもよくなってしまうのでした。



「美味しいよね、おかあさん! パイの中に干し芋を入れるなんて誰が考えたんだろ。これ最高!」

「ええ、そうね。パイ生地のサクサク感と、おいものしっとり感がよくあって」



 それはある日のこと。

 私達は並んで茨城名産のスイーツを頂いていました。

 神殿の裏手には滝があり、瀑布の流れ落ちるせせらぎと鳥の鳴き声が最高のBGMを奏でてくれています。

 ああ、美味しいって事は生きているって事なんですね。


 ベンチに腰掛けたメグミが足をブラブラさせているだけで、愛おしさを感じている私はちょっとヤバい人なのかもしれません。

 でもよいのです、それで幸せなのですから。


 そんな私達の幸せ時空に複数のお邪魔虫が紛れ込んだのはその時でした。

 神殿の前に一台の馬車が止まり、仲から真紅の軍服に身を包んだ男性が出てきたではありませんか。


 年齢は四十ほどでしょうか。

 精悍な顔つきとアゴヒゲが印象的な男性で、白髪交じりの赤髪を目にしてもなお老いを感じさせぬ活力に満ちた目をしていました。

 その男性はこちらを一瞥すると、アゴをいじりながら歩み寄ってきました。



「おやおや、誰かと思えば満更知らん顔でもなさそうだ。もしや、サンジェルマン・グループの音速配達員とは君のことかな?」

「アンタ、そのメダルは……」



 メグミはすっかり男性が胸につけた黄金のメダルに目を奪われていました。

 そこには、尻尾をくわえた蛇の文様が刻まれていたのです。

 ハグロの警告が周囲の空気を一変させ、メグミは野良猫みたいに全身の毛を逆立たせた様子でした。



『ウロボロス・コーポレーションとの接触を確認。注意されたし』


「はっはっは、酷い言われ様だな。正に蛇蝎だかつのごとしというわけか」

「それだけの事をしてきたクセに。よくもヌケヌケと。オーバーテクノロジーを持ち込んで他所の文化を蹂躙じゅうりんする連中が!」

「ふん、君たちサンジェルマンはそれをしないと言うのかね? そのトンボはなんだ? 最近のエッジナでは寿司が人気だというが、それも文化の侵略では?」

「ふっざけんなー! 寿司が人を殺すか! 職人さんは職人さん同士、敬意を払っているんだ。世界が異なれど、そこにはリスペクトがあるんだよ。フェニックス運送は有限会社、人としての一線は越えない、越えやしない。アタシはお前らが死の商人だからキレてるんだよ!」


『冒険者連中がアルデント・エクスプローラーの科学力では作り得ぬ兵器を所持していた事例が多数あります。魔王軍四天王が用いていた光学武器も同様。科学の進んだ宇宙からそれを持ち込めるのは、我々か、貴方がただけ。貴方たちウロボロスは人間と魔族の両方に兵器を供給することで戦争を長引かせているのでは?』


「はっはっは! 下らん吹聴ふいちょうだ。夢と冒険のとんだ舞台裏というわけか! 永遠に終わらぬ戦い。勇者を夢見る若者たちに感謝してもらいたいくらいだな」

「アホか! くらいはクライでも泣く方でしょ」

「ロマンチックな筋書だが、生憎と私は忙しいのだ。君たちの妄想に付き合っておれんよ。これでも子育ての真っ最中でね。考える事は多いのさ」

「あっ、こら待て!」

「何かな? ドンパチやらかすというのかね? ここは中立地帯ということで穏便に済ませないか? そこに居る女性を巻き込みたくはあるまい?」



 高笑いを上げながら、男性はクルリと背を向けました。

 馬車から出てきた黒服の護衛たちがその後に続きました。


 私ときたら、メグミの荒々しい面を目の当たりにして面食らうばかりでした。

 いや、私もメグミと居ない時はヤサグレて別人みたいだってよく言われるけど……人は誰しも多面性を有しているものだなと思うのでした。

 少し怖いけど、訊かずには居られませんでした。



「今の人は……?」

『カシモンド・バルバリッサ。多次元籍企業ウロボロス・コーポレーションの重役と目されている男です。しかし、そんな男が何をしに此処へ来たのか?』

「おかあ……いや、加奈子さん。奴らには気を付けてね、どうせウロボロスが関わるとロクなことにならないんだから……ん?」



 何か気配を感じたのか、メグミが振り返ると馬車の扉が半開きになっており、そこの隙間からこちらを覗き見している人影がありました。


 カシモンドと同じ赤髪をツインテールに束ね、ゴシック風のドレスで着飾った少女。少女はオドオドと挙動不審な態度を見せてから、すっかり観念したのか扉の陰から出てきて一礼しました。



「ご機嫌麗しゅう、皆々さま。お父様への無礼な物言いは下々の者にありがちな失言として許しましょう。お父様も庶民には寛大さを示せとおっしゃっているので」

「それはドーモね。んで、アンタは?」

「あっ、御免なさい。バルバリッサ家の娘ケイトと申します……」



 尊大なのか、臆病なのか、よく判らない娘でした。

 きっと人見知りなのでしょう。亡くなったウチの娘もそうでした。

 そう言えば、メグミを漢字で書くと恵。

 それを音読みすればケイではありませんか。ケイトはまるで……。


 いえいえ、何でも関連付けてしまうのは心の弱さの顕れでしかありません。


 私が頭から邪念を振り払っていると、ケイトは勇気を振り絞ってコチラに話しかけてきました。



「……少しお伺いしたい事があるのですが」

「絶対に駄目です」

『まあまあ、メチャ子。邪見にしないで。子どもに罪はありませんよ』

「そうそう。うかがいますよ、いったい何でしょう?」


「この施設は何をする所なのでしょうか? お父様からは単に観光としか聞いていないのですが。どうにも胸騒ぎがするのです」



 何かが引っかかりました。

 ですが、内緒にしておく理由など何もないはずでした。



「死者蘇生の儀式を行う神殿ですよ」

「な、なんですって!」



 答えを聞いたケイトの形相。

 影が差す少女の顔に浮かんだ表情は鬼かと見紛う程に険しいものでした。

 ですが、それも刹那のこと。


 ケイトはすぐに激情を抑え込み、平静さを取り繕うのでした。



「そうですか。教えて下さり、ありがとうございました。ちなみにその蘇生というのは、死後に何年も経過した状態でも叶うものなのでしょうか?」

「いえ、それは……まず無理。でも、亡くなった方の保存状態にもよりますが」

「状態? つまり死体が冷凍保存されていれば、助かるかもしれない?」

「見込みはあります。可能性は低いですけれど」

「そうだったのね……ああ、感謝申し上げます」


「大丈夫? 貴方、酷い顔色じゃない。よかったらここに座ってお菓子でも……」

「お菓子? それは何でしょう?」

「イモをパイで包んだものよ」

「イモ! 貧しき者の食べ物と聞いてます。食べたフリも好きではありませんので。もう結構、用は済みました。これにてケイトは失礼させて頂きます。それでは、ご機嫌よう」



 高飛車な態度で弱さを誤魔化すと、ケイトは馬車に戻りバタンと扉を閉めてしまいました。一方のメグミときたら肩をすくめながら舌を出していました。

 こういう所は見た目以上に子ども、私はつい失笑してしまうのでした。



「あのね、おかあさん。笑いごとじゃないの。ウロボロスの奴らは本当にヤバいんだから。そうだ、この携帯を渡しておきます。サンジェルマン・グループ製で、これならこちらの世界でも使えますから。もし、カシモンドが蘇生の儀式を頼むようならその日時をアタシに教えてくれないかな?」

「でも、守秘義務が」

「命と義務を天秤にかけて。アタシはおかあさんの方がずっと大事なんだけど」

「判ったわ、メグミ!(即答)」


『やれやれ備品を勝手に……見なかったことにしますよ』

「サンキュー、ハグロ。じゃあ、お母さんは連絡お願いね。本部にチェックされてもバレないよう暗号を決めておこうか。非常事態を告げる食べ物、何がいいかな? よし、台風コロッケにしよう」

「はは、懐かしい話。なんで台風の時にコロッケを食べるのかしらね。それじゃ、日時が判り次第、コロッケを届けてもらう依頼が入ったとでも流しておくわ。いかにも業務連絡っぽく」

「うん、お願いね!」



 何だかオバサンもスパイになった気分でした。

 メグミたちと別れて、その日の晩。

 私は残業のフリをして書類に目を通すのでした。


 すると、件の「申し込み書」にはこう書かれていました。


 名前:カシモンド・バルバリッサ

 依頼内容:復活の儀式(娘の復活)


 ケイト以外にも娘が居た? 妹か、姉が?

 しかし、その直後。

 数行下の書き込みを目にし、私は絶句してしまいました。

 驚くべきことに、そこにはこう書かれていたのですから。



 蘇生者氏名:ケイト・バルバリッサ



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