第5話 ベルガモット伯爵邸、来訪
どんよりとした曇天の空を駆けるよろず屋の店主アリエスと吸血令嬢エリーを乗せた馬車は、喋ることもなく、空気の重い、暗い雰囲気に包まれていた。
そんな地獄のような馬車の旅もようやく終わりを迎える。どうやらエリーの家に着いたようだ。
先にエリーが馬車から降り、続いてアリエスが馬車から降りる。
長時間座っていたせいか少々ふらつきながらもアリエスが馬車から外に出ると、そこには見たこともないような不思議な光景が広がっていた。
ーーまだ時間帯は昼だというのに、空は星々が煌めく幻想的な夜空になっていたのだ。
夢の中にでも迷い込んでしまったような光景に目をパチパチさせるが、景色は変わらず綺麗な夜空が広がっている。
アリエスが周りの景色に戸惑っていると、いつの間にか目の前に綺麗な金髪のメイドさんが立っていた。
「ようこそお越しくださいました。お嬢様よりお話は伺っております、こちらにどうぞ」
メイドさんは丁寧な挨拶と共にエリーの家?というか、お城に案内してくれる。
アリエスは遅れまいとメイドさんの後ろについて行く。かなり大きめのお城なので迷子にでもなりそうだ。
メイドさんに案内されるお城の道中には、動き出しそうな鉄の甲冑、不思議な魅力を漂わせる絵画など、不思議なものがたくさん見受けられた。
そして大きなお城の中を長々と進んでいくと、ある一枚の立派な扉の前で金髪のメイドさんは止まる。
扉の前からでも感じるほどの強大な魔力、恐らくここが当主の部屋なのだろう。
ーーつまり、ここがエリーのお父さん、伯爵の執務室。
「旦那様、失礼します。お客様をお連れしました」
「入ってくれ」
メイドさんに扉を開けて貰い、声の人物とついに対面する。
アリエスは緊張で手のひらから、ジワっと汗が滲み出る。
部屋の中に入ってまず目に入ったのは、執務机に何かを記入しながら立派な革の椅子に座る銀髪の若い男性。
部屋はスッキリとしており、余計に銀髪の男性の存在が強調される。
「旦那様、こちらはエリーお嬢様がお連れになったお客様のアリエス様です」
「は、はじめまして! エリーさんから依頼を受けさせてもらいましたアリエスと申します」
「……アリエス? 私はフィリップに依頼を出したと思うのだが」
伯爵の端正な顔立ちが少し歪む。
疑問に思う伯爵に急いでアリエスは、前の店主フィリップのお爺さんが引退した事、自分が店を受け継いで代わりに依頼を受けた事を伝える。
「そうか、あいつも引退か……」
そう言うと静かに目を瞑り、何かを考えるように椅子にもたれかかる。
その様子を緊張した面でアリエスは見つめ続ける。
もしや今回の依頼、僕が受けてはダメだっただろうか? 今からでも変えて貰った方がいいのではないか?
そんな思考がアリエスの頭によぎる。
見つめ過ぎたのか、何かに気づいたような伯爵は目を開ける。
「あぁ、すまない。少し考え込んでしまった」
素直に謝罪できる人はいい人だと聞いたことがある。アリエスがそんなことを考えていると、グレイ伯爵が続けて話し出す。
「そういえば名を言い忘れていたな。私の名はグレイ・ベルガモットだ。よろしく頼むよ」
グレイ・ベルガモットさん、この人がエリーさんのお父さん……確か伯爵だって言ってた。つまり、吸血鬼の中で上から数えた方が早いくらい強い人。僕なんか吹けば一瞬で吹き飛びそうだ。
「よ、よろしくお願いします!」
緊張からアリエスが大きめの声で返事を返す。
「そんなに緊張しなくても構わないよ。君は一応お客さまだからね。獲って食ったりはしないよ」
伯爵って言うからもっと怖いのかと思っていたら案外優しい人なんだ。ん? つまり、客じゃなかったら食べられるのか……
ーーこの時、アリエスが初めて戦慄を覚えた瞬間だった。
アリエスは話を逸らすため、ここにきた目的をグレイ伯爵に話す。
「は、はい! そ、それで依頼の方なんですけど……その〜僕でよろしいのですか?」
「エリーが連れてきたのだから構わないのだけど……ふむ、特殊な魔力の色をしているね」
グレイさんの眼が赤く光ったかと思うと、突然そんな事を言い出した。魔力の色? そんなものがあるのだろうか?
「不思議そうな顔だね? 私の眼は魔眼と言って、魔力の色を見る事ができるのだが……人の間ではあまり見ないのかな?」
魔眼? 聞いたことないな。吸血鬼固有の能力なのだろうか? それともグレイさん自身の固有能力なのだろうか?
「そうですね……あまり見ないです」
「そうなのか……まぁ、いい。それで、君は何ができるのかな?」
キタッ! ここでしっかり自己アピールしておかないと、折角来たのに依頼を受けれない! それに、もし役に立たないと思われたら……た、食べられるかも!!
ここはしっかり説明しておかないと。
しっかりと深呼吸した後、アリエスの魔法について語り始めた。
「僕の魔法は特殊でして。夢に潜り込んだり、心の不安をなくす事ができる、夢に関する魔法です! 今、領内で起きている事件を解決するのにピッタリだと思うんですけど……どうですか?」
「夢魔法か……それは何か、行方不明になった人の夢を探れるというかな?」
「そうです! 寝ている間に行方不明になった人なら何か痕跡が残っていると思うんです。それなら、僕が調べて原因を探れると思うんですけど……」
……どうだろうか? 一応今回の依頼にぴったりの魔法だと説明したんだけど。
アリエスの説明を聞いたグレイ伯爵は、深く考えるためか眼を閉じる。表情から今回の件をアリエスに任せるかどうか悩んでいるようだ。
そして、考えが纏まったのかついに結論を出す。
「エリーが連れてきたと思ったらそういう理由が……よし分かった! 今回の依頼、君に頼むとしよう!」
「……っ!! あ、ありがとうございます!!」
はぁー、良かった。もしダメだったら、血を吸い取られるところだった。それに、これが僕の記念すべき初の依頼、絶対に失敗はしないように頑張らないと!
アリエスは安堵から体の力が抜け、座り込みそうになりながらもなんとか最後まで踏ん張る。
「アリエスくんには、そうだな。人が寝静まるのは夜までだから、それまではこの屋敷に滞在して貰おうか。チェルシー、この方を客室の方へ」
「かしこまりました。アリエス様、こちらにどうぞ」
いつの間にかそばに控えていた先ほどの金髪メイドさんがアリエスを案内する。
「あっ、はい」
突然の事に曖昧な返事になってしまう。
チェルシーという金髪のメイドさんに案内され部屋から出ようとすると、後ろからグレイ伯爵がアリエスを呼び止める。
「あっ、そうだ! 言い忘れていた。さっきの食べるというのは冗談だから、そんなに怯えなくても大丈夫だよ」
なんとグレイ伯爵、いやこのイケおじは、緊張するアリエスにとんでもないイタズラを仕掛けていたのだ。
吸血鬼のことを詳しく調べていればそうはならなかったのだが、アリエスが読んだ吸血鬼に関する書物には吸血鬼の食性について書いていなかったため、アリエスは本気と捉えてしまっていたのだ。
それに前世の映画で観た、吸血鬼に全身の血を吸い取られるというシーンが記憶に残っていたのも原因のひとつかもしれない。
しかし、アリエスが知らなかったとはいえ意地が悪い。
「えぇ!? そうなんですか! はっ! すいません、いきなり大きな声を」
アリエスは驚きのあまり大きな声で驚いてしまう。そして、一応まだ伯爵の前だ。
いきなり大声をあげるのは失礼と思い頭を下げ謝罪する。
「構わないよ。こちらも脅かすようなことを言ってしまったからね」
初めの頃とは全く違う表情、ニヤニヤとした意地悪な顔でグレイ伯爵はこちらを見ていた。
そんなやり取りをそばで見ていたメイドのチェルシーさんがタイミングを見計らってくれたのか、グレイ伯爵に一礼した後、アリエスを連れて部屋を出てくれる。
この時の彼女は髪の色も相まってアリエスには天使に見えたーー吸血鬼だが。
「こちらが客室でございます。お夕食の時間になりましたらお伺いしますので、それまでお寛ぎください」
チェルシーさんに案内された部屋は、アリエスの道中の疲れを考慮したのか落ち着いた雰囲気のリラックスできる空間だった。
ここまでの気遣いを出来るのなら
読んでくださりありがとうござました。
少しでも面白いと思われましたら、評価のほどよろしくお願いします。
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