第13話 成敗開始

「ぶっ殺せ!」


 頭目の言葉は単純明快にまとめられていた。その言葉は、既に得物を手に持っていた気性の荒い男達の精神的な枷を外した。同時に、彼らは雄叫びを上げてレプト達の方へ走って向かってくる。

 しかし、彼らが持つ熱とは全く反し、レプト達は平然としていた。


「おいおい、俺達何も言ってないのにあいつら血気盛んだなぁ」


 目の前にどんどんと迫ってくる危険の大群を見て、レプトは呆れたように首をすくめる。恐れはないようだ。カスミとジンも同じらしい。ただ、怖がっているという風ではないが、カスミだけは今の状況に少し動揺しているようで、二人に不安そうな声をかける。


「あんな風に入ってきた時点で喧嘩売ってるようなものでしょ。ねえ、やっぱり蹴り開けるなんてやめて、忍び込んだ方がよかったんじゃ……」

「どっちでもやることは変わらん。だが、この程度を乗り越えられないのなら、俺達の力になるなんて無理だな」

「……っ。分かったわよ」


 軽い挑発の言葉をかけられたカスミは、不安に侵食されつつあった感情を奮起に転換していく。その感情に従い、彼女は指の骨から物騒なバキボキという音を鳴らして拳を握り、戦う姿勢を整える。彼女の準備が整ったと見たジンは、同じように彼の武器である腰の剣を抜いて迫ってくる男達に向けた。


「殺さなければ何でもいい、すぐに片付けるぞ。俺に続け!」


 剣を片手に態勢を低くし、群れをなして向かってくる男達に一人で切り込んでいく。


「危ないと思ったらすぐ呼べよ」


 先を行くジンの背を見たレプトは彼と同様に剣を抜き、カスミを一瞥してすぐ敵に向かっていった。返事を聞くつもりはなかったのだろう。カスミはそんな彼の背に、聞こえないだろうと分かっていながらも言葉を返す。


「そっちこそ」


 短く言葉を切ると、カスミは何も手に持たないまま二人に続く。三人と男達の集団はすぐにもぶつかり合い、金属のぶつかり合う高い音、肉が肉を打つ乾いた音が断続的に倉庫に響き始めた。

 レプト達は戦いが始まると、手近な敵を一人ずつ相手にするよう立ち回る。彼らはできるだけ複数対一になることがないよう敵を遠ざけつつ、相手にした敵は確実に仕留めていく。

 ぶつかり合った瞬間からしばらく経つと、次第に二者の間の戦力差が視覚的にも分かるようになってくる。レプト達の気勢は衰えるところを見せないのに対し、男達の一部が倒れ始めたのだ。一人ずつ相手にするという戦い方をしているため状況が進むのは緩やかだが、確実に差が開きつつある。加えて、レプト達の相手を殺さないように武器を扱う態度も男達に威圧を与えていた。レプトとジンは剣を専ら防御に用い、攻撃に用いる時は刃を使わずハンマーのように打撃のみ与えるようにしている。加減されてこの状況、というのを戦いながら感じ始めた男達はどんどんと勢いを削がれていく。怒声を上げて攻撃を続け、その程を抑えようとはしているが長くはもたないだろう。

 そんな様子を、人攫いの頭目は少し離れた所から見ていた。そして、すぐに自分達ではレプト達を真っ向からでは倒せないだろうということに気付く。


(報告にあったよりも強い。こりゃ普通にやってちゃ無理だな……)


 ただ、彼にとってもそう簡単に退くわけにはいかない。どうにかして三人に勝つ方法はないか、彼はそれを考え始め、周囲を見渡す。そして、彼はすぐに手段を見出した。


(これだ)


 彼が目に留めたのは、自分達が攫って拘束している女達だった。彼はすぐに思いついたことを実行しようと女達の元へと走り寄り、適当に一人の襟首を掴んで立ち上がらせ、左腕を首に回す。女性は悲鳴を上げるが、それを黙らせるように頭目は右手に持っていたナイフの刃を彼女の白い首にあてがい、建物中に響き渡る大声を上げた。


「止まりやがれ!」


 彼の声はレプト達と男達の両方の動きを止め、全員の注目を集める。そして、彼はレプト達の目線が自分に間違いなく集中していることを確認すると、左腕で拘束している女の首元に、周囲から見えやすいよう再び刃を突きつけた。同時に、建物内に緊張が広がる。


「動くなよ。勝手なことをすると、こいつを殺す」


 男達の頭目がとった策は、人質でレプト達の動きを封じるというものだった。単純な作戦だったが、それはすぐにも状況を変える。元から女性達を助けたいという気持ちで動いていたレプト達は、動きを止めて頭目の方へ完全に注意を寄せたのだ。

 それを見止めた頭目は、口元に笑みを浮かべる。


「お前達の目的は知らねえが、今こうして動きを止めたってことは、少なくともこの女共を死なせたくはねえってことだな」


 頭目は状況が好転したことに安心して一つ息を吐いた。そして、次はレプト達に指示を出していく。


「武器を置け」


 レプトとジンは頭目の指示に従い、黙ったまま手に持っていた剣を捨てる。


「よし、それでいい。じゃあ、そのまま……」


 二人が剣を捨てるのを見届けた後で、再度指示を出そうと頭目は口を開こうとする。

 だが、それを遮って誰かが声を上げた。


「ちょっと待って」


 倉庫内の全員が声のした方向へ目を向ける。声を上げたのは、カスミだった。

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