第12話 やかましい突入
レプト、カスミ、ジンがいる街のとある場所に、今は本来の用途では使われていない倉庫があった。ボロボロの木の壁に錆び付いた鉄の骨組みをしていて大分老朽化が進んでいるようだが、広さは四方数十メートルと申し分ない。人気がないところにひっそりと建っているのに加え、使用されていない倉庫ということで、目的もなく立ち寄る人間はほぼいない。
そんな人の寄り付かない場所を、進んで拠点にする者達がいた。
明かりがついていない薄暗い倉庫の中には、ざっと見ても二十人は超える数の男達がいる。彼らは倉庫の端の方に適当な家具を集めて屯(たむろ)していた。そして、男達のすぐそばには手足を縛られ布を噛まされた状態の女性達が床の上に直で座っている。
そんな倉庫の広い空間に、男の野太い声が響く。
「例のフードの二人組ってのはまだ見つからねえのか?」
声を上げたのは大きめのソファに余分なスペースを残して悠々と座っている巨躯の男だ。彼は顎の髭をいじりながら不愉快そうに別の男達に問いかけた。すると、その場に集まっていた男達は姿勢を正して彼の方へ体を向ける。そして、その内の一人がソファの男の言葉に答える。
「申し訳ありません、まだです。ですが、当たりはついてます。連中はこの街じゃ見かけない格好だったんで、恐らくウチと争う連中でも、女共の身内でもない余所者でしょう。ですから今は宿に人を張らせ、泊まれそうな場所を片っ端から調べてます」
問われたことに対し、状況から現在の対処まで男は細かく丁寧な口調でソファに座っている男に説明する。彼は部下らしき男の説明を聞くと、舌打ちをして不愉快そうに低い声を上げる。
「まだ見つかってねえのかよ。見つけ次第、ぶっ飛ばしてここに連れて来いよ」
言い切ると、髭の男は背もたれに寄りかかって深いため息を吐く。彼は苛立たしげに貧乏ゆすりをし、忙しく顎の髭をいじっている。その様子を見た部下の男達の間に緊張した空気が広がる。彼らの内の何人かは咄嗟に立ち上がり、頭目の気を静めるべく事態の収拾に自分達も動こうとし始める。
そんな時だ。倉庫内の嫌な沈黙に、外から緊張感のない声が入り込んでくる。
「おい、どうやって中に入るよ?」
「もうテキトーでいい。カスミ、扉を蹴り開けろ」
「えぇ? そんなんでいいの?」
「流石に隠れたりした方がよくねえか?」
「いいんだよ。隠れてウダウダやる方が時間がかかる。もう俺は早く終わらせて休みたいんだ。お前達みたいに若くないからな」
若い少年と少女の声と、ある程度の年齢であろう男の声が倉庫の入り口の方から聞こえてくる。彼らの声は決して大音量という訳ではないが全く隠す気のない音量で、通常するような会話をしているかのようだ。そのため倉庫内に入ってこようとする者が複数人いるということは、中にいる人攫い達には筒抜けだった。だが、あまりにも外にいる人間達が無警戒なため、逆に男達は戸惑い、顔を見合わせて自分達が耳にした言葉が事実かを確認し合う。
だが、男達が動揺している間に事は起きる。彼らが屯している位置とは正反対の壁にある倉庫の入り口、その鉄扉の板が勢いよく内側に吹っ飛んできたのだ。鉄の板が突如として空中に舞ったのを目撃した倉庫内の男達は自分の目を疑い、まずは鉄板をその目で追う。
大きな音を立てて倉庫内に転がった鉄板は、厚さが数センチはある大きい扉だったものだ。その扉は倉庫の壁や骨組みと同じように劣化して錆び付いていたが、それで軽くなったわけではない。動かす、それも空中に吹っ飛ばすには凄まじい力が必要だろう。
ならば、そんなことをしたのはどんな人間か。倉庫内にいた者達が次に目線を向けたのは扉があった場所だ。そこには、特徴的な見た目をした三人の人間がいた。フードをかぶった大小の人物と、その二人に挟まれることで逆に変に見える見た目は普通の少女。
つまり、レプトとカスミ、ジンの三人だ。扉を破ったのは彼らで間違いないだろう。
男達は侵入者の姿を目に入れるとすぐにその全員が立ち上がり、敵意のこもった視線を三人に向ける。扉が急に舞い上がったことへの動揺から動作が遅れはしたが、そのまま彼らは怒声を張り上げてレプト達を威圧する。
「テメエらどこの何者だ!?」
「ここをどこだと思ってやがる!!」
十人を超える男達が野太い声で大方このような内容のことを叫ぶ。だが、レプト達はそれに全く構うことなく倉庫内に入っていく。先頭を歩く背の高いフードの男、ジンは人攫いの男達を見据え、歩きながら後ろの二人に言う。
「手早く済ませるぞ。三十人近くいるから、俺達三人で五分以上ってところか」
その言葉を受けると、後ろの二人は少し驚いたようにジンの背を見る。
「流石に見積もりが甘くねえか?」
「大丈夫だ。カスミの力は多分お前と同じくらいだろう。なら無理な話じゃない」
「そんな私に期待されても……」
「いや期待してない。寧ろさっきの必要のない提案で失望した」
「えぇ……そんなこと言うかしら普通?」
ジンの明らかに不愉快そうな声色にカスミは驚きの声を上げる。子供二人の正義感に振り回されたのがジンには相当効いているようだ。レプトは彼のそんな心中を察し、ジンの背に言い返そうとするカスミに耳打ちする。
「言い返さないほうがいいぜ。結構イラついてるからな」
「……いつぐらいまでああなのよ」
「一回寝りゃ治まる。それまでの辛抱だ……っと」
そこまで言って、何かに気付いたようにレプトは正面の方に目線を戻す。カスミがそれにつられて同じように前方へ目を向けると、先ほどまでは手に何も持っていなかった人攫いの男達がそれぞれ手に得物を持っていた。
そんな男達の内の何人かが、レプト達の姿を見て頭目に言う。
「あいつら、さっき話してた連中ですよ。間違いねえ、フードをかぶった二人組なんてそういるもんじゃねえからな」
「それに、あの女はちょっと前にウチが別の同業者からパクってきたガキだ。後生大事に守ってやがったから、何かあると思ってましたが……」
男達にはレプト達全員の情報があるらしい。その男達の言葉を横聞きしたジンは、カスミについての話を聞いて興味深そうに眉を寄せた。
(なるほど。俺達がカスミを助ける時、異常に警戒心を持っていたのは既にそういう経験があったからか)
ジンはカスミが最初に自分達に向けてきた強い警戒心の理由を男達の言葉に見つける。ただ、男達の言葉の中には別に引っかかるものがあった。
(しかし、後生大事に守っていた、というのは……)
ジンはカスミの警戒心についての答えを得た後、続いてその点について考え始める。
だが、ジンのその思考は外部からの声によって遮られる。
「もういい」
野太いその声を上げたのは、先ほどまでソファに座っていた人攫いの男達の頭目だ。彼は大きい体に見合う刃の長いナイフを持って、それをレプト達の方へ向けた。
「ウチに損害かけた時点で死刑なのは確定だ。下らねえ事情なんざ議論してもしょうがねえ、んなもん後からでもできる。今はとにかく……」
頭目はレプト達のことを絶対に死なせると宣言した上で、声を張り上げる。
「ぶっ殺せ!」
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