第11話 投げやりな正義感
カスミが二人についていくことが決まり、少しの沈黙が流れる。それに合わせ、神妙な空気が広がって何を言い出すにも口を動かしづらい雰囲気が発生し始めた。そんな空気を、レプトが凝り固まった気を緩めるように大きく伸びをして破る。
「んぅ~っ……。決まりだな。これで、俺達は三人で旅をすることになったわけだ」
これまでの話をまとめ、カスミに向かう。そして、ちゃんとは行っていなかった自己紹介をする。
「じゃ、分かってると思うが改めて。俺はレプトだ。これからよろしくな」
「ジンだ。よろしく頼む」
ジンもレプトの言葉を聞いて彼の後に続く。カスミは二人の簡素な挨拶を聞いて、彼女からも言葉を返す。
「よろしく」
そんな時だ。カスミは何かを思い出したように、ああ、と声を上げて一言で終えるはずだった挨拶に続けて言う。
「よろしくついでに、さ。さっそくアンタ達の助けになれることがあるわ」
カスミの言葉に二人は顔を見合わせて何かと問う。すると、彼女はここに来るまでのことを思い出しながら話す。
「アンタ達、あの人攫いの連中から私達を助けに来たってことは、そういうことも目的に含まれているのよね」
「そういうこと、って言うとなんだ?」
「……慈善活動みたいな?」
カスミは、二人が自分達のように攫われていた者達を助けていたことから、彼らの旅には人助けも含まれていると考えたらしい。自信満々に自分の考えを披露してきた。
だが、ジンは彼女のその言葉を即刻否定する。
「違う。そんなことは絶対ないぞ」
ジンは首を振り、断固として間違いだと宣言する。そんな彼の反応に予想が違ったのかとカスミは首を傾げるが、ジンの言葉に構わずレプトは彼女に話を続けるように促した。
「まあまあ。で、役に立てるっていうのは何のことなんだ?」
「ああ……。攫われてる間にあいつらの話を聞いてたんだけどね。その話の中で、私達の他に別の場所でも誘拐してきた人を集めているみたいで……んで、その場所はこの街にあって、位置も分かってるの」
助けに行こう、そう言っているようにも聞こえる。レプトはカスミの話を聞くと、腕を組んで何か納得したような声を上げる。
「なるほど……」
「おい何を考えている。許さんぞ」
レプトの様子に何も言わずとも何かを感じ取ったらしいジンは、すぐさま彼に釘を刺すような言葉を投げかける。だが、レプトはそれに全く構うことなくカスミの方へ向かった。
「でも、その場所には連中がいるかもしれないな」
「そうね。というより、さっきの場所よりも多く攫った人を集めている場所らしいから、もっと相手の人数は多いかも」
「おい、何勝手に進めてる。俺のさっきの話を聞いていなかったのか。それにレプト、目立つのはまずいと言ってるだろ」
ジンは既に攫われた者達を助けに行くという前提で話している子供二人に制止の言葉をかける。が、二人は全く聞かない。そのまま話を続ける。
「そんなになのか? 流石に俺とジンだけじゃまずいかもな」
「それなら、私も戦うから大丈夫よ。三人なら何とかなるでしょ」
「戦うって……ああ。馬鹿みたいに力が強かったな。っていうか、あれってどうなってるんだ?」
二人の話題は流れでカスミの腕力のことに移っていく。レプトにどうやってあんな馬鹿力を出しているのかと問われた彼女は、何でもないと言うように問いに応える。
「あれは……別に理由とか方法とかないわ。物心ついた時からできただけ。こんな風に……」
カスミは自分の手首をレプトの目の前に差し出した。すると、彼女の手首にまだ残っていた手錠がジャラリという金属音を立てる。先ほどは二つの鉄輪の接合部である鎖を引き離されただけで、手錠の本体は無事だったようだ。
自分の手首の状態をレプトに示すと、彼女は左の手首にかけられている手錠を右の手で握る。最初は軽く握る程度だったが、彼女は徐々に手錠を握る力を強めていく。次第に鉄が悲鳴を上げるような高い音が周囲に響き始め、ついには手錠の輪が千切れた。カスミは表情を変えることなく、そのまま鉄の線を捻じ曲げて手錠を手首から離した。
手品の下準備などする暇はなかっただろう。確かなカスミの力の強さを見たレプトは感嘆の声を上げる。
「すげえ。前世はドーピングしたゴリラだな」
「は? 今なんて言った?」
「いやなんでも。なんでそんなことが起こるんだろうなって」
鋭い眼光で睨んでくるカスミからレプトは顔を背け、失言に追及されるのを防いだ。そんな二人の間に、ジンが真面目な言葉で入ってくる。
「恐らくカスミは“シンギュラー”なのだろう」
「「シンギュラー?」」
「ああ、生まれつき特殊な能力を持っている人間のことだ。カスミは単純に腕力を強化する能力だろう。他にも様々な能力があって、触ったものを浮かせることができる者や、目で見ただけで他人の思考を呼んだりできる者もいる」
ジンの話を二人は興味深そうに頷きながら聞いていた。それを見た彼は少しだけ得意げになり、再び説明を始めようとする。
「それと、シンギュラーには遺伝が関係していて、能力が発生するのは約十人の内……って、そうじゃない」
だが、本格的に説明を始める直前で彼は首を振り、自分がしようとしていたことを思い出して二人に向き直る。
「攫われた女達を助けに行くのは絶対に許さないからな」
「えっ、なんでよ」
ジンの制止にカスミは素直な疑問の言葉で問いかける。先ほどカスミ達を助けに行く前にレプトには言ったことだったが、重ねてジンは言う。
「言っただろう、追われていると。目立つのは追手に手がかりを与えているのも同然だ。ただでさえ目立つ見た目だっていうのに、足取りを辿られるようなことは避けたいんだ」
わけを説明した後で、それに、とジンは話を続ける。
「女達は恐らく死ぬことはないだろう。攫うってことは、何かしら目的があってだろうからな。だが、俺達は違う。リスクを伴うんだ。命を失うかもしれないほどのリスクだ。彼女達のことは別の、警察か何かに任せるべきことだ。俺達が必要以上の危険を追う必要はない。分かるな?」
リスクを避けたいという、旅を監督する大人ならではの考えをジンは長々と説明した。レプトは始めの方から彼がどういう話をするのか分かっていたらしく、頭の後ろに手を組んで話を右から左に聞き流していた。
カスミはというと、彼女はジンの言葉に多少の怒りを感じたらしい。眉間にしわを寄せ、半ば睨むように、背丈に大きく差のあるジンを見上げて言い放つ。
「じゃあジン。攫われた人達に、アンタの大切な人もいたらどうすんのよ。死ぬことなくても最悪な気分をするってことが分かりきってて、でも自分が危険だから助けなくてもいいって考えるの?」
一度切って、彼女はレプトの方を振り返る。
「レプトがそうなってもアンタは助けないのね」
カスミは吐き捨てるようにそう告げた。
その言葉を受けたジンは、明らかに気分を害したらしい。大きい舌打ちをし、カスミの方へ向き直って地を這うような低い声ですごむ。
「好き勝手言ってるんじゃないぞ、ガキが」
ジンはまるで、手を出す直前まで頭に来ている人間が出すような声を、自分より頭何個分も小さい少女にかける。だが、カスミは全く臆することなくフード奥のジンの顔を真っ直ぐと見続けた。二人の間に、触れれば爆発しそうなほどに張り詰めた空気が漂う。
そんな危ない空気の匂いを感じ取ったレプトは、焦ったような高い声で二人の間に入って場を和ませようとする。
「お、おいおいやめろよカスミ。さっきの引き合いに俺を出されると、なあ。俺とジンがデキてるみたいな、ねえ? やめろよ。それにジンもそんなマジになるなって……どっちに転ぶにせよ、喧嘩は必要ねえんじゃねえかなぁ……はは」
レプトは必死に二人の間に介入して緩衝材となろうとするが、二人は睨み合うのをやめない。保冷材のように冷える冗談では溶岩のような熱を持った二人の感情を抑えることができないらしい。元は二人を落ち着けようとしていたレプトも、場の空気に押し黙ってしまう。
しばらく、肌に熱を持って触れてくるような過激な沈黙が漂い続ける。その沈黙を破ったのは、意外なジンの言葉だった。
「……さっさとその場所に案内しろ」
「「……へ?」」
「助けに行くと言っているんだ」
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