第10話 エボルブ
「ついてくるのは危険だ。ひどい怪我を負う、あるいは死ぬ可能性まであるくらいにな」
ジンは真剣な顔でそう言う。あまりにも突飛な話だったが、この状況で急にそんな冗談を言うことはないだろう。だが、それでも一息に信じ切ることは難しい話だ。
カスミは眉を寄せてジンに問う。
「どうして? アンタ達についていくと、どうしてそんなことになるっていうの?」
「俺達を追う人間達がいる。奴らは巨大で、強力だ。さっきの連中みたく、すぐに対処して終わりということにはならない相手だ」
「……その、相手っていうのは何なの?」
カスミに問われ、ジンは少し黙る。問いに答えるのをためらっているようだった。だが、彼が応じずにいると、隣にいるレプトがじれったいと言うように口を開き、カスミの問いに答えた。
「“エボルブ”っていう研究組織だ」
「エボルブ? それって、どんな連中なの?」
レプトは腕を組みながら説明を返した。
「人の進歩と繁栄のためなら手段を選ばない奴らさ。そのためなら、平気で人を実験に使ったりしやがる。実験対象になった奴らはみんなひどい目に遭うのさ」
「しかし、実際に大きな利益を上げている。そのため国はエボルブのやっていることを秘匿し、援助すらしている。一介の研究機関だというのに、国の軍を顎で使う時すらある。つまり、俺達を追う者達はそういう奴らだ」
カスミはその二人の話を黙って真剣に聞いていた。しかし、二人の話はあまりに突飛過ぎる。カスミは二人の言うことが信じ切れず、詰まらせた息を吐き出して首を振る。
「いや……流石に今の話は、その、信じられないわよ。疑ってるってわけじゃないんだけど」
カスミは当初と違い二人に疑いを向けてはいないが、彼らの話が現実味を帯びていないために信じようとしても信じ切ることができずにいた。
戸惑うカスミに、ジンが彼女の惑いを晴らすように言う。
「信じられないのも無理はない。信じる必要もない。ただ、この一点だけ気に留めておけばいい。俺達は別の目的もあるが、追手から逃げる危険な旅をしている、と」
その上で、とジンは最後に言い添えてカスミに改めて向かい合う。そして、最初の議題に戻った。
「お前は危険を承知で、俺達についてくるか?」
カスミは彼の問いに、眉間にしわを寄せて目をつむり、真剣に考え始める。彼女にとってこの判断は、人生と命に関わる大きな岐路だ。レプトとジンもそれを理解し、静かに彼女の決断を待つ。しばらくカスミは一人で口を閉ざして悩んでいた。
しかし、彼女は何を思ったのか、唐突に素っ頓狂なことを言い出す。
「いや、そんな悩むことじゃないわね」
この重大事を前にあまりに不似合いな軽い調子の声でカスミはそう言った。レプトとジンは同時に、え、と口から同じ音を出す。そんな二人に、カスミは結論を告げた。
「ついてくわ。アンタ達の旅に」
カスミは全く迷いが無かったかのようにそう言った。
その言葉を聞いて驚いたのは決断を迫られていたわけでもないジンとレプトの方だ。
「お、おい。そんなに簡単に決めてもいいのか?」
あまりにもすぐ決断が下ったことについて、まずジンが問う。それに対し、カスミは一考もせずに答えた。
「だって、ついてかなかったらここに残されるんでしょ? この街で一人生きていくのは私にとって多分すごく難しいわ。死ぬ……まではいかないかもしれないけど、家に帰るなんて何年単位で出来なくなると思う。いや、もしかしたら一生できないかも。一生家族に会えないなんて嫌。だったら、頼りにできる人がいる内に行動を起こした方がいいと思った、それだけよ」
カスミの言葉と考えは充分理にかなっていた。それを聞いたレプトは納得したように頷く。
「なるほど。家族に会うため……か。充分な理由だし、断る理由はないよな」
「だが……」
ジンは未だにカスミの決断に戸惑っているようだった。自分より年の大きく離れた子供が命に関わる決断をすんなりと済ませてしまっているのを見れば、誰でもそうなるだろう。だが、カスミはジンの動揺に反して軽い調子でいる。
「大丈夫よ。それに、この街で食いぶちを探すより、悪い奴らと戦う方が私には向いてる。あと……」
そこまで言って、カスミは一度言葉を切る。そして、一息溜めてジンとレプトの方に向き直った。
「助けになるわ。二人には助けられたし、本当にひどいことをした……。だから、私が家に帰るまでの間だけでも助けになりたい。それに、これからも多分大きい迷惑をかけるだろうから……」
ジンはカスミの真剣な言葉を聞くと、腕を組んで唸る。彼にとっては他人の運命を左右するほどの決断をゆだねられているのだから、迷うのは当然だろう。
しばらく悩んだ結果、ジンは答えを出す。彼は二人に背を向け、一息で答えを出した。
「できるだけ早く、お前を居るべき場所に帰せるように努力する」
カスミはジンのその言葉を聞き、一瞬だけ表情を緩めた後、二人に改めて小さく頭を下げた。
「……ありがとう」
彼女のその頭を下げる仕草は丁寧ではなく質素なものだったが、感謝の心を表すには充分な誠意さがある。レプトとジンは、それを黙って受け入れるのだった。
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