第5話 当然の疑惑

 残りの女性達も最初の人と同じように、縄を切って解放すると何も言わずに外へと出ていった。縄を切った時に少し戸惑った様子を見せたり、悲鳴を上げて逃げたり、一人一人に反応の差が多少はあったが、それだけだ。レプト達に礼を言おうという人間はそこにはいなかった。


「……はぁ」


 五人目の女性が逃げていく背を見送って、レプトは小さくため息を吐く。残るは部屋の隅に座っている六人目だけだ。レプトは鈍い色をした目をその最後の一人に向ける。


「……ん?」


 最後の一人は部屋の隅に座っていた。だが、その彼女に目を向けた時、レプトは思わず首を傾げた。それは、その女がこれまでここに拘束されていた女達とは少し様子が違かったからだ。

 その女は子供だったのだ。レプトと同じほどの小さい体を丸め、体育座りをしている少女だった。顔を俯けていて顔をうかがうことはできないが、先ほどまでの女達とは年が違う。華奢で小さい。加えて、他の女達とは違った服装をしている。少女が着ていたのは、同じものを何年も着て布の質が落ちているような服ではなく、手入れを習慣的に行っていただろう整った服だ。

 そして何よりその少女が他と違っていたのは、両手を鉄製の手錠で拘束されていたことだ。少女の細く白い両手首は、銀に光る手錠で縛られていた。


(何でこいつだけ……)


 他と多く違う点を持つその少女を怪訝に思いながらも、レプトは彼女のすぐ近くにまで歩み寄り、剣を握りなおして言う。


「手を出してくれよ。引っ込まれたままだと切れない」


 レプトは少し屈んで少女に声をかける。

 その時だ。バキン、という鈍い金属音がレプト達のいる部屋に響く。


「ん?」


 音がしたのは手錠で拘束されている少女の手元の方だった。レプトが反射的にそこへ目を向けると、驚くことが彼の目に飛び込んでくる。


「えっ……」


 少女の手を拘束していた手錠が、二つに分かれていたのだ。先ほどの金属音は、手錠の二つの鉄の輪をつなぐチェーンの部分が分かれる音だったようだ。

 先ほどまでつながっていたはずの手錠が突如として分かれたことにレプトは目を見はる。手錠が勝手に切れたのだから驚愕するのも無理はない。彼の思考は一瞬その手錠に関する疑問に埋め尽くされる。

 その数秒の間、彼の意識を置き去りにして状況が転がっていく。まず、拘束されていた少女が何も言わずにぬっと立ち上がった。そしてその少女は立ち上がると、一切の迷いを見せずに次の行動をとる。

 その次の行動が、レプトにとって一番驚くべきものだっただろう。だが、予想外の事態を前にした彼の思考は数秒前に置き去りにされたままだ。少女の想定外の行動に反応をすることができなかった。

 驚くべき少女のその行動とは、右の拳を固く握り、足を深く前に踏み込み、腰をひねって全体重を右腕に乗せ、その拳でフード奥のレプトの顔面を殴ることだ。


「おらぁッ!!」


 とても年頃の少女が出すとは思えない声を発しながら、少女はレプトの顔面に思い切り拳を食い込ませ、振り抜いた。彼女の拳の威力はすさまじく、顔を殴ったレプトの体を浮かし、部屋の端から端まで吹っ飛ばすほどだった。そのまま彼の体は階段がある方の壁にたたきつけられる。


「かはっ……」


 悲鳴を上げることなく、嗚咽を漏らしてレプトはその場に倒れた。気絶はしていないが、思考がショートしている。しばらくレプトは起き上がれないだろう。

 そんな彼より早く、目の前で自分の仲間が殴られたという状況になったジンが冷静になり、声を上げる。


「レプト! ……お前、一体なんのつもりだ!」


 状況を俯瞰していたため、レプトより思考を整えるのに時間がかからなかったのだろう。ジンはレプトのことを殴った少女の方へ向かい、怒声に近い声で彼女に問う。

 質問されると、少女は長い紫の髪をいじりながら応える。


「自分を誘拐しようとした相手から逃げるのよ」


 平然と彼女はそう言った。だが、ジン達からしてみればその言葉は想定外、というよりも意味不明な内容だ。ジンは怒るというより疑問で眉を寄せ、再び問う。


「なに……? 別に恩に着せるつもりはない。だが、少なくともお前達は、俺達に助けられたはずだ。お前は一体何を言っている?」

「ああ? 助けたんじゃないでしょ」


 ジンの言葉に、少女は自分が全く間違っていないという自信のある表情で続ける。


「アンタ達は、今アンタ達が追い払った人攫いの連中と同業者なんでしょ? 別のグループがいい感じに人を集めてたから、競争相手を潰すついでに品物だと思って私達をかっさらおうとしてた。違う?」


 いわれのない疑いを向けられたジンは、少女の言っていることを理解しきると嘲笑するように彼女に言葉を返す。


「一体何を根拠にそんなことを言っているんだ? さっきまでのやりとりを全く見ていなかったようだな。俺達がお前達を助けに来たということは、少し考えればわかりそうなものだが」


 ジンの言ったことは至極当然のことだ。レプト達の先ほどまでの行動や言動を見ればそれは理解できるはずだ。

 だが、ジンの言葉に少女は全く自分の考えを揺るがすことなく、自信満々に言う。


「根拠ならあるわ。アンタ達が人攫いしそうな連中だって思う理由」


 少女はジンと、倒れているレプトの方をチラリと見て言う。問い詰められ、どもったり動揺したりする様子は全くない。


「……話してみろ」


 ジンは少女に自分達を疑う理由を話してみるよう促す。それを受けると、少女は改めてレプトとジンの方を見る。そして、彼らの姿を頭からつま先まで見直した後、その根拠を話す。


「見た目よ、見た目。どこに部屋の中でまでフード被ってる奴がいんのよ。どう考えてもやましいことがある人間のすることでしょうが」

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