第4話 善行の結果
レプトの後を追い、人攫い達が溜まる建物にジンが現れた。彼はフードの奥の表情を見ずとも分かるほどダルそうに肩を落とし、やれやれと言うように首を振って言葉を漏らす。
「お前のせいでしなくてもいい苦労とリスクを背負った。まったく」
「……それでも来たのか。ふん、優しいじゃねえか」
レプトはジンがこの場に来たのに全く驚きはしていないようだったが、少し嬉しそうに笑って言う。
「なんだこいつ、新手か?」
人攫いの内の一人がレプトから視線を外し、ジンに敵意を持った目を向ける。
「テメエ、こいつの仲間だな」
「…………」
自分に投げかけられた人攫いの問いをジンは無視し、囲まれたままのレプトへ目を向ける。そして、再びしんどそうに息をついて言う。
「さっさと済ませるぞ。騒ぎを聞きつけて人が集まってくるかもしれん」
「へっ……オーケー」
ジンの言葉にレプトは頷き、再会で緩んでいた態勢を引き締め、身構える。
そんな二人のやり取りを見ていた人攫い達は、おちょくられたような気になったのだろう。彼らの内の一人が、眉間に深くしわを寄せた怒りの表情で怒声を上げる。
「済ませる、だぁ? 調子乗りやがって……お前ら、やっちまうぞ!!」
その一人の声が合図になって、人攫いの男達は自分達の士気を上げるようにうなり声を上げながらレプトとジンに向かっていく。囚われていた女性達が悲鳴を上げ始め、それをBGMに戦闘が再開された。
ジンの方に向かってきたのは三人。人攫いの男達は一様に直線的な動きでジンに突っ込み、各々の手に持ったナイフの刃を振り下ろしに来た。ジンはそれを、冷静に一つずつ見切って滑らかに避ける。そして三人の攻撃を全て避け切った後、ごく間近にいた男の服を掴んで自分の方に凄まじい勢いで引っ張る。
「うおぁっ!」
そのまま、体勢を崩した男の軸足を自分の足で引っ掛け、その体を一気に地面に打ち付ける。背中から大きな音を立てて投げられた男は、一瞬で意識を刈り取られた。
続いて向かってくる残った二人は首と腹にそれぞれ拳で一撃ずつ加え、同じように気を失わせる。ジンの攻撃は弱点を突いていることに加え、一撃で人間の意識を奪うほどの強さであった。
自分の方に向かってきた三人を処理し終えたジンは、一息つく間もなくレプトの方へ目を向ける。
「レプト」
仲間であるレプトを心配して声を上げたのだろうが、ジンと全く変わらず彼の方も向かってきた二人を無事に倒していた。一仕事済んだ、というように息をついているレプトにジンは声をかける。
「無傷でよかった」
「こんな奴ら相手に俺が傷を負う訳ねえだろ」
「適度な自信はいいが自惚れるな。それに、戦わないで済むならそれが一番いい。今回は運がよかっただけかもしれん」
「お、おう」
「傷を負っていた可能性だってある。俺がここに来なかったら敵は五人、一気にかかられたらお前でも……」
「はいはい! 分かったよ、悪かったって。今回みたいな無茶はこれで終わりにするさ」
ジンの長い叱責をレプトは大声を上げて無理矢理遮り、雑に謝る。それを見たジンは未だ不服そうな表情はしながらも、それでいいと短く応え、部屋に他の危険がないか周囲を見回して確認し始める。そんな彼の背を見ながら、レプトは彼に聞こえない小さい声で愚痴を呟くのだった。
「ん、おいレプト」
レプトが俯いてブツブツ言っていると、後ろの方でジンが何かに気付いたように顔を上げ、レプトに問いを投げる。
「ここにいた人攫い共は何人だった?」
「ああ? え~……八人だけど」
「一人足りないな」
ジンは床に転がっている気絶した男達の数と、最初からここにいた男達の人数が合わないことを疑問に思っているらしかった。そんな彼の疑問に対し、レプトは何でもないという風に答える。
「ああ、最後の一人は窓から外に投げたから」
「外に……? おい、ここ二階だぞ。頭から落としてないだろうな」
「大丈夫だって。そこんとこは気を付けてる」
「……ならいい。じゃあ、さっさと彼女達の縄を切ってやってくれ。俺は外を見てる」
疑問を解消すると、ジンは速やかに窓の方に走り寄って外の通りを眺める。見張りのためだろう。レプトはそんなジンに「ああ」と適当に返した後、部屋の隅の女性達の方へ剣を鞘から抜いて向かった。自分達を誘拐した男達が倒れても未だに恐れの表情を顔に残す女性達に歩み寄りながら、レプトは安心させるように彼女達に声をかけた。
「何かしようってわけじゃない、逃がそうとしてるだけだ」
一番手近な女性に近付いて、その女の手を縛っている縄を剣でスッと切断する。続いて足を縛っている縄も切断した。その女性はレプトの助けによって完全に自由になる。
ここまでして、ようやく人を助けることができたという実感をレプトは得る。その感覚にレプトは口元に少しの笑みを浮かべ、女性に緊張のない柔らかい声をかけて安心させようとする。
「さあ、これで……」
だが、レプトが言い終えるよりも前、突如女性は立ち上がって駆け出した。レプトは半分その女に突き飛ばされるように後ろに下がる。突然起こった予想外な出来事に、レプトは一瞬驚きで目をしばたたいた。
「は……?」
冷静さを取り戻すと、彼は急に駆け出した女性の背を目で追う。どうやら彼女は建物の外に出ようとしているようだった。レプトは反射的にその女へ制止の声をかけようとする。
「おい、待っ……」
「放っとけ」
レプトの言葉はジンに遮られる。一体なんだ、全く分からない、と言うような表情でレプトは窓のすぐそばにいたジンに目線を向けた。すると、彼は窓の外の様子をうかがいながら言う。
「外に危険はない。このまま逃げて問題ないだろう」
「いやっ、そういうことじゃ……」
「レプト。お前は別に礼が欲しくてこうした訳じゃないんだろう?」
「それは……」
ジンの言葉にレプトは黙り込んでしまう。理にはかなっているが、礼すら言わずに外に飛び出されたのでは、助けた側からしてみれば何とも言えない気分になるのは致し方ないことだ。しかし、ジンはそんなことに構うなと言った。
彼は続けて言う。
「彼女の判断は間違っていない。ここにいれば、人攫いの連中がまたどこからかやってくるかもしれない。ゆっくりしている余裕はないだろう。さあ、残りもさっさと解放してやるんだ」
ジンは淡泊にこう告げると、再び完全に窓の外に視線を戻すのだった。その背を、レプトは少しだけ恨めしそうに見た後、再び縛られた女性達の方に向かった。
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