第3話 幼い正義感
レプトは表の通りから離れ、薄暗い路地裏を駆けて先ほどの人攫いが入っていったコンクリートの建物の前へと辿り着く。
「ここだな」
レプトは入り口の塗装があちこち剥げているドアをゆっくりと、音を立てないように開いた。
ドアを開き切ると彼はすぐに中を見回して状況を確認した。一階には何もない。四方が十メートルほどある大きい部屋だが、そこには色の薄い床が広がるのみで何もない。ただ、右の奥の方に木製の階段がある。
加えて、耳を澄ませずとも上方から音が聞こえてきた。その音は複数人の男の声であり、どうやら彼らは何かに荒々しく怒鳴り声を上げているようだった。それは、人が暴力を振るい始める直前ほどの時に上げる声色だ。
(ヤバそうか? 急がねえと)
上から聞こえる声を聞くと、すぐにレプトは階段へ走った。彼は二段飛ばしで階段を駆け上がり、二階の床にダンッという大きな音と共に着地する。そして、
「よぉッ!!」
という大声を上げ、二階にいる人間達全員の注意を引いた。元から建物にいた者達は全く想定外の部外者であるレプトの方に目を向け、数秒思考を奪われてしまう。その間で、レプトは状況を把握しようと忙しく目を動かした。
二階は、一階と同じように壁のないシンプルな大部屋だった。その部屋に男が十人弱ほど。そして、外でレプト達が見た女性と同じような恰好をした女性が六人、部屋の奥に固まって座っていた。その中には外でフードを被った男に担がれていた女性もいる。そして全員が全員、体が自由に動かせないよう拘束されていた。
(一人じゃなかったのか)
数秒でレプトは二階の状況を大方把握し終える。そして、それとほとんど同じタイミングで男達の驚愕による思考停止が収まった。
「……おい、テメエ。一体どこのどいつだ?」
頭に冴えを取り戻した男達の内の一人が、低く脅すような声でレプトに問う。レプトは男のその言葉に対し、首をすくめてテキトーな言葉を吐く。
「いやぁ、この街ってすげえ空気悪いよな。ピリピリしてるっつーか、どんよりしてるっていうか……」
思いつくことをそのまま口にしながら、レプトは男達をチラリと雑に観察する。人攫いの男達は、レプトの正面にいる一人を除いてナイフなどの得物を手に取り始めていた。レプトを敵とみなして排除しようとしているようだ。
(よし、確信犯だな)
レプトは男達が自分を攻撃するつもりだと知ると、体の脇の手を握り締めて拳を作る。そうとは知らずに、レプトの正面にいる男は問いかけ続けた。
「おい小僧。俺が聞いてんのはお前がどこの誰かってことで……」
瞬間、レプトは拳を振り上げる。そして正面にいた自分よりも背が十センチ以上大きい男の顔面に右の拳を叩き込んだ。言葉の最中で攻撃されると思っていなかった人攫いの男は、レプトの拳を百パーセントの力でもろに受け、鼻血を流しながら後ろに吹っ飛ぶ。
「ぶふぁっ……」
「なっ……テメエ、ガキが何しやがんだ!?」
倒された一人を見ると別の男達は動揺し、すぐさまレプトの方へ視線と敵意を向ける。部屋の端の方に固まって座っている女性達もざわめき、何事かと彼の方を見た。
一部屋中の注目を受けた彼は、拳についた血を振り払いながら言う。
「奇異の目で見られるのは慣れてっけど、こういうのは新鮮だな」
そしておまけに、挑発するように鼻で笑った。
ただでさえ子供に一人仲間をやられて気が立っていた男達は、そのレプトの言葉によって弾かれたように駆け出す。荒々しい怒声を上げながら得物を振り上げて自分の方へ向かってくる男達を前に、レプトは顔を引き締めて身構える。フードの影に隠れる彼の眼が黄色く光った。
「このガキがッ!」
「ぶっ飛ばしてやる!」
まず二人、暴言を吐きながらレプトに飛び掛かってくる。男の一方が前に出て、怒りに身を任せてナイフを大きく振り上げる。だが、レプトはその男が振り上げた腕を自分に振り下ろされるより前に掴み、素早く捻りあげた。
「うぐぁっ……」
腕を背中の方にまで捻られ、関節の痛みによって腕の力が緩んだ男はその手からナイフを落とす。それをレプトは床に落ちる前にキャッチした。その後、男の腕から手を放し、解放されたと思い気を緩めた彼の背中の中心に前蹴りを放つ。その力は凄まじく、男の体を数メートルも吹っ飛ばすほどであった。
その後にすぐさま姿勢を立て直したレプトは、次いで自分に攻撃を仕掛けてくる男に先ほど奪ったナイフを投げる。レプトが投擲したナイフは空を切るヒュンという音を鳴らしながら、男の肩に深く突き刺さった。
「ぐぉっ……」
男は肩に刺さったナイフが生む痛みと熱に動きを止める。その隙を突いて、レプトはその男の首元に横から蹴りを食らわせた。上半身を傾かせ、体重を乗せたレプトの蹴りは男の意識を刈り取る。
「ふぅ……」
ここまでを終えると、レプトは一息ついて足をゆっくりと床に戻す。気付けば、残った五人の男達が自分を円の形を作るように取り囲んでいる。先の二人がレプトの気を引いている最中に取り囲んだのだろう。
「腕に覚えがあるようだが、ここまでだ」
「この人数相手じゃどうしようもあるまい」
男達は多対一という人数有利と取り囲むという位置的優位を取ったことで勝ちを確信したように笑みを浮かべる。そして、レプトを囲む円をジワジワと狭めていく。普通に行けば、実力差があるとはいえこの人数の差を埋めることはできないだろう。
「ああ……」
だが、レプトは余裕ありげに周囲をゆったりと見回した後、ハッとかるく笑った。そして、先ほどの蹴りで浅くなってしまったフードを深くかぶり直し、宣言する。
「お前らなんて俺一人で充分だ。かかってこいよ」
レプトは堂々とそう口にした。ハッタリという様子はない。今のレプトの言葉が嘘偽りのない本心であることを彼の声色で男達は何となく感じ、動揺する。それほどの揺ぎ無さがレプトにはあった。
だが、男達に選択肢はない。レプトがどういう人間であれ、自分達の領域に入り込んで好き勝手する者をそのままにしておくわけにもいかない。
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ、ガキが!」
レプトの背後にいる男が右手に持つナイフを振り上げて怒鳴った。
その時だ。
「一人じゃない」
二階に声が響く。人攫いの男達の怒声でも、女性達の動揺した声でもない。大人の声で、その声は一階につながる階段の方からした。その場にいた者達が声のした方へ目を向けると、そこにはフードを被った長身の男がいた。レプトはその男を見ると、フッと力を抜くように笑った。
部屋の入口に立っていたのは、ジンだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます